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「で、ヴィクトルはここに何を買いに来たの? ステラへのお土産とか?」
男性物など売ってなさそうな店内を見渡して、コレットは首を傾げた。そんな彼女にヴィクトルは頭を振る。
「ステラ様に買うわけではないよ。俺があのお姫様に何かを買って帰ったら、余計な話が持ち上がってくるかもしれないからね」
「余計な話……?」
「敵国同士の王子と皇女が仲良くしていたら、結婚話が持ち上がってきてもおかしくない。それこそこちらは、戦争が終わって和平ムードが高まっている時なんだ。国同士を繋げるのに王族同士の結婚は定石だろう?」
「ステラはまだ十歳なのに!?」
「あと五、六年もすれば問題はなくなるよ」
さらりとそんなことを言ってのけると、ヴィクトルは品物を手に取り、品定めを始めた。どうやら本当にここで何かを買って帰るらしい。
彼は視線をコレットに向けないまま話を続ける。
「まぁ、幸いなことに俺には弟がいて、もしステラ様がこちらに輿入れをするという話が持ち上がってきても、弟に流れるだろうけどね。第三王子がいるのに、敵国の姫を第二王子の后に据えようとはいくらなんでもしないだろうから。年齢的にもルトラスの方がステラ様と近いしね」
「はぁ……」
なんだか難しい話になってきた気がして、コレットは口を半開きにしたまま一つ頷いた。
この辺の常識はやはり平民であるコレットとヴィクトルでは大きく離れているように感じられた。少なくともコレットの常識では十歳の少女と二十代半ばの青年が結婚するなんてあり得ない。
「じゃぁさ、誰のものを買いに来たの? ヴィクトルがこういうの好きなわけじゃないでしょう?」
ヴィクトルが身につけている物や持ち歩いている物は大体シンプルな物が多い。装飾といっても、金が少しあしらってある程度だ。執務室だって、王子様という割には全体的にさっぱりとしている。
それら全部が彼の趣味とはいわないが、店の中の商品のように色とりどりのキラキラとしたものが彼の好みということはないだろう。
コレットの問いにヴィクトルは何も答えない。
まるで試すかのような視線は送ってくるが、それだけだ。
「女の人への贈り物ってことよね? ……それって、私の知ってる人?」
何故か怖々とコレットはそう聞いてしまう。別にヴィクトルが誰に何を贈ろうが勝手だと思っている。しかし、なんとなく納得が出来ないのも事実だ。
コレットの問いにヴィクトルは意地の悪い笑みを浮かべた。
「もしかして、コレットは気にかけてくれてるのかな? それってヤキモ……」
「違うわよ!」
ヴィクトルの冗談めかした声に、コレットはそう吠えた。彼は頬を染めながら睨みつけてくる彼女を楽しそうに見下ろしている。
「安心して。俺はコレットを悲しませるようなことはしないつもりだから!」
「だから、そういうんじゃないって言ってるでしょ!」
ますます頬を赤く染めて、コレットはそう否定する。
どれだけ怒鳴られても当の本人はどこ吹く風といった感じで、品物を手に色々考えを巡らせているようだった。
「実は、身近な人に贈ろうと思っててね」
小物入れを手に取りながら、ヴィクトルはそう言った。
その言葉に、コレットは柏手を打つ。
「あっ! もしかして、ヴィクトルって女の兄弟がいるの?」
「いや。兄弟は皆男ばかりかな」
「それなら、お母さんとか?」
「あの人は、こういうものは嫌うだろうね」
「そうなのね」
コレットは降参とばかりに頭を振った。これ以上、ない頭で考えていてもしょうがない。それに、コレットが知らない女性という可能性も多いにある。
ヴィクトルとは知り合ってまだ間がないのだ。コレットは彼の人間関係を把握しているわけではない。
コレットは胸に残るもやもやを振り切るように、わざと明るい声を出した。
「こういう小物があまり好きじゃないって、ヴィクトルのお母さんって、ヴィクトルと好みが似ているのね」
「いや、好みが似ているわけではないと思うよ。母は高価であればなんでも喜ぶような人だから。単純に、こういう店の物が嫌いってだけだよ。……まぁ、仮に母がこういう物が好きでも、今はなかなか渡せないだろうけどね」
「なんで?」
「幽閉されてるから、かな」
ヴィクトルの笑顔にコレットは青くなった。そういえば、どこぞの公爵との言い合いでそんな話が出ていた気がする。
『ご自分のせいで母親が幽閉されているというのに……』
脳裏に蘇ってきたリッチモンド公爵の声にコレットは視線を彷徨わせた。
(わ、忘れてた……っ! 完全に忘れてた!!)
青い顔をするコレットとは対照的にヴィクトルは笑顔のままである。コレットはすかさず頭を下げた。
「や、ご、ごめん! 忘れてて! 聞くつもりはなかったの! ヴィクトルにとっては言いたくない話よね! 本当にごめん!!」
「あぁ。別に気をつかわなくても良いよ。皆知ってることだしね」
本当になんてことない表情のまま、ヴィクトルはコレットの顔を上げた。そうして、安心させるようにふんわりと微笑んでみせる。
「幽閉っていっても、母は王の側室だからね。部屋から出られないだけで酷いことをされているわけじゃないし、結構気楽なものだよ。ただ、こういうのを差し入れようと思ったら、色々申請をしないといけなくてね。俺からといったら、きっと申請も通らないんじゃないかな」
「なんで……って、聞いてもいいやつ?」
窺うようにコレットがそう聞くと、ヴィクトルは持っていたガラスの置物を棚に戻した。そして、先ほどよりも少し声色を落とした。
コレットはその声を聞き逃すまいとヴィクトルに身を寄せる。
「母が捕まったのは、俺と共謀してアルベール兄上を王太子から引きずり降ろそうとした……」
「え!?」
「っていう嫌疑がかけられたから。結局は証拠不十分ってことになったんだけど、首謀者の疑いが掛けられた母は『精神疾患の治療』という名目で囚われの身になったってわけ。まぁ、母も疑われるような性格はしていたしね。権力に固執していたのも本当だし、俺が《神の加護》を持って生まれていたら王太子になっていたのは俺の方だと常々豪語するような人だったから……」
ヴィクトルの口調はどこか懐かしむようだが、話している内容は殺伐としてる。
「けど、実際は二人ともそういうことはしていないんでしょう?」
「信じてくれるんだ?」
コレットの言葉にヴィクトルは嬉しそうな反応をする。間近でその笑顔を見たコレットは気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「疑う理由がないだけよ」
「……そうだね。少なくとも俺はその時、何も考えてはいなかったよ」
「お父さん……国王様はなんとかしてくれなかったの?」
ヴィクトルと話す国王はとても『いいお父さん』に見えた。彼の母との関係はわからないが、あの国王がヴィクトルのためにと尽力してくれても不思議ではない。
そんな想いを否定するかのようにヴィクトルはゆっくりと頭を振った。
「父は父である前に国王だからね。議会の決定には逆らわなかったよ。それに、二人は愛し合って結婚したわけじゃないから、情も薄かったんだろうね」
「そんな、家族なのに」
「家族、ね」
思わず漏れたコレットの言葉に、ヴィクトルはその時初めて切なそうな声を出した。しかしそれも一瞬のことで、彼は瞬く間にいつもの微笑みを浮かべた。
「まぁ、多少の情はあるだろうけど、王族だからね。その辺は普通の家庭に比べたら乾いてるかな。血のつながりなんかなくても、コレット達の方がよっぽど家族らしいよ。正直、少し羨ましいぐらいだ」
からりと笑うヴィクトルは少しも無理をしているようには見えない。
だけど、それがいっそう切なかった。
「子供たちに会うの、楽しみだね」
ヴィクトルの言葉に何と返していいのかわからず、コレットは「そうね」とだけ返した。
彼は孤児院の子供たちと一緒にいるとき、本当に優しかったし、楽しそうだった。
子供たちもそんな彼にとても甘えていた。
コレットと同じように貴族のことをあまり好きではない子たちでさえも、彼の足にまとわりついて離れなかった。
その様子はまるで本当の家族のよう。ヴィクトルが孤児院の出身だといわれたら、きっと何も知らない人は信じてしまっただろう。
もしかしたら、ヴィクトルは証拠を見つけたいわけでも、コレットとデートをしたいわけでもなく、子供たちに会いたかったのかもしれない。
そう思ったら、いつも何を考えているのかわからない腹の中が真っ黒な彼が、少しだけ可愛く思えてくる。
「それなら急ぐわよ! 子供たちもヴィクトルのこと待ってると思うし!」
笑みを浮かべながらそう言えば、ヴィクトルも一つ頷いた。
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