23
結局、子供たちにお土産を買いたいと、コレットたちは先に街の方に来ていた。
大通り沿いは暗殺者を捕まえた時ほどの活気はないものの、全体的に賑やか。コレット的にはむしろ人通りが少なくなっている分、歩きやすく辺りも見渡しやすかった。
大蛇が暴れた辺りも、もう何事もなかったかのような様子になっていて、二人はぐるりと視線を巡らせたあと顔を見合わせた。
「何もなさそうね」
「まぁ、もう少し探してみよう。大蛇だけでなく、鷲の方も気になっていたからね」
あの日、大蛇の方は倒したが、逃げていく鷲の群れまでは追えなかった。ヴィクトルが撃ち落としたはずのものもなぜか居なくなっていたので、結局あの鷲が大蛇と同じものだったかどうかは確認できていない。
「あの鷲って、結構な数がいたわよね……」
「そうだね。二十羽以上はいたかな。……どうしたの?」
いきなり考え込んでしまったコレットに、ヴィクトルは不思議そうな顔をする。
「いや、あれがもし《神の加護》だとしたら、術者は相当疲れてるだろうなぁって思ったの。私もあんな無茶苦茶な使い方したことがないから、なんとも言えないんだけどね」
「疲れている?」
ヴィクトルの言葉にコレットは頷いた。
「ティフォンが言うには、《神の加護》って生命力みたいなものを糧にしているらしいの。私も使った後とかは結構ヘトヘトになっちゃうし、あんな力の使い方をしたら相当疲れてるはずだと思うんだけど……」
「生命力って……」
ヴィクトルはコレットの言葉に目を剥いた。
《神の加護》を使えば疲れるのだというのは知っていただろうが、それがまさか生命力を糧にするからだとは初めて聞いたようだった。
ヴィクトルの驚く顔にコレットはなんてことない笑みを浮かべる。
「心配しなくても大丈夫よ! 生命力っていっても、そんな大げさなものじゃなくて体力と同じようなものだし! 使いすぎたら倒れちゃうけど、寝てれば治るもの!」
コレットのその言葉にヴィクトルはあからさまにほっとした表情になった。それが自分のことを心配してくれたからだとわかって、コレットは笑顔を滲ませる。
しかし、すぐに先ほどまでの真剣な表情に変わった。
「でも、あんな風な使い方してたら、回復する前に生命力の方が枯渇しちゃいそうだなぁって思ってね……」
「先に枯渇したらどうなるの?」
「それは……どうなるんだろう。そこまではティフォンに聞いてなかったわ。でも、普通はその前に倒れちゃうから、そういうことにはならないのかな……」
コレットの呟きにヴィクトルは口元に手を当ててなにかを考えているようだった。
それから、二人は大蛇が暴れた所を手分けして見て回った。
しかし、結局その場所では何も見つかることはなかった。成果といえばコレットの話だけだが、それが今後にどう影響を及ぼしてくるかどうかはわからない。
結果、二人は諦めて子供たちへのお土産を買うことにした。
「いや、ヴィクトル。これまで買ってもらうのはさすがに悪い気がするんだけど……」
精肉店で干し肉を包んでもらいながら、コレットはそう困ったように言った。
ヴィクトルはそんな彼女を後目にさっさと会計を終わらせると、椅子の上に置いていた荷物を持ち上げる。
二人の両手はすでに大きな袋で占められており、その中には、お菓子におもちゃ。勉強用の小さな黒板数個に、紙とペン。足りてなかった服も何着か入っていた。
なので、先ほど購入した干し肉は届けてもらうよう約束を取り付けてある。
「気にしないで。コレットをこき使っているお詫びみたいなものだからさ」
「こき使っている自覚はあったのね……」
「まぁ、ほどほどには?」
キラキラの王子様スマイルを浮かべながらそう言うヴィクトルに、コレットは難しい顔つきになった。やはり、色々買ってもらったのを悪いと思っているらしい。
「やっぱり、少しは払うわよ。一応、仕事ってことでお金も貰ってるんだし……」
「大丈夫だよ。しっかり働いて返してもらおうと思ってるから」
財布を出そうとした手をやんわりと押し戻して、ヴィクトルは笑った。そうして、抱え込んでいる紙袋を抱えなおすと視線を巡らせる。
「それよりも、コレットは何も買わなくていいの? 自分のためには何も買ってないようだけど。せっかく色々あるところに来たんだし、お金もあるなら自分の物のために使ったらいいんじゃないかな?」
その言葉にコレットもヴィクトルと同じように視線を巡らせる。目につくのは女性をターゲットにした煌びやかなお店だ。ドレスを売っているような高級衣装店から、可愛らしい小物を売っている雑貨屋まで、種類は様々である。
「私はいいわよ。別に欲しいものがあるわけじゃないし」
「それなら、とりあえず見て回ってみたらいいんじゃないかな? 掘り出し物があるかもしれないよ」
ヴィクトルのその言葉にコレットは首を振った。
「いいわよ。時間がもったいなし、見たら欲しくなっちゃうもの。こういうのは目に入れないのが一番なのよ! 節約! 節約!」
「本当にいいの?」
「いいの!」
強い口調にヴィクトルは肩を竦めた。
「コレットがそう言うのなら、いいか。……それじゃ、今度は俺の買い物に付き合ってくれる?」
ヴィクトルが入った店は女性ものの小物や化粧品が売っているような雑貨屋だった。広い店内はキラキラと輝いていて目が痛くなるほど。香水だって何種類あるのかわからないぐらいだ。
かわいらしいデザインの物から、きれいめのデザインのものまで。コレットから見て、そこは宝箱のようなお店だった。
「わぁ! かわいい!!」
感嘆の声を上げながら、コレットは小さなクマの人形に駆け寄った。
目を輝かせる彼女にヴィクトルはふっと表情を緩める。
「コレットってこういう女の子らしいもの好きなんだね」
「なによ。似合わないって言いたいの? わかってるわよ! 騎士団時代にさんざん馬鹿にされたわ!」
苦々しい思い出にコレットは鼻筋を窪ませる。そうして、クマに向かって伸ばそうとしていた腕をさっとひっこめた。
ちなみに山のような荷物は店員が預かっていてくれている。
「誰に言われたの?」
「同僚たちに。たまたま一緒にここら辺歩いててね。『演習ではあんなにおっかないのに、本人はこんな可愛らしいものが好きなんだもんなぁ』って大爆笑よ」
アクセサリーや口紅に視線を滑らせながらコレットは口をとがらせる。
「まぁ、良いんだけどね。こういうの高いし……。似合わないのなら諦めもつくしね」
「じゃぁ、こういうのも買ったことがない感じかな?」
手近にあった頬紅を手に取りながらヴィクトルは首を傾げた。なんだか、ヴィクトルの買い物ではなくて、コレットの買い物をしているような気分である。
「頬紅じゃないけど、戦争が終わった後の報奨金で口紅だけは買ったわ。……私も頑張ったし、これぐらいならいいかなって……」
「……口紅?」
「そうだけど……。別にいいでしょ、口紅ぐらい! 入れ物が可愛かったし、私だってちょっとだけだけど化粧とかに興味はあるんだから!」
ヴィクトルの表情をどうとったのか、コレットは口を尖らせたままそっぽを向いた。恥ずかしいのか、目尻は真っ赤に染まっている。
「馬鹿にしたければすればいいじゃない。口紅だってもうすぐなくなっちゃうけど、次は買うつもりはないから安心して!」
「馬鹿にはしないよ。女の子が可愛らしいものを好きなのは普通のことだろう?」
「内心では、『こんなキツくて、いかつい女が⁉』とか思ってるんでしょう。別に隠さなくてもいいわよ」
「思ってないって」
拗ねたように顔を背けるコレットにヴィクトルは優しく声をかける。
「それに、むしろ可愛いものは似合うと思うんだど」
その言葉にコレットはヴィクトルの方を向いた。その頬は少し桃色に染まってる。
「お世辞でも嬉しいわ。ありがとう」
そうはにかみながら彼女は笑った。
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