22
捕まえた暗殺者達が殺されてから二週間。
コレット達は比較的平和な日々を過ごしていた。
城の中に潜んでいるだろう暗殺者も動くことはなく、ステラの周りは平穏無事。
ヴィクトルの話だと、何度も暗殺に失敗したことから、慎重になっているのだろうということだった。
もしかしたら数ヶ月単位で動かないかもしれないらしい。
そんなぬるま湯の日々を謳歌していたコレットだったが、彼女はその日、ある頼み事をするためにヴィクトルの執務室に赴いていた。
「孤児院に帰りたい?」
「帰りたいっていうか、顔を見せたいって感じかな。もう一ヶ月以上もこっちにいるからどうなってるか気になってるし、色々と急だったから子供達も心配で……」
言いにくそうに視線を逸らしながら、コレットは胸の前で指先を合わせていた。
何度かラビ経由で孤児院と手紙のやりとりはしているものの、それでも実際に会うのと手紙とでは伝わるものが違う。
もちろんコレットだって、状況が切迫している時にこんなことは言い出さない。こうやって膠着状態が続いている今だからこそ言い出したのだ。
しかも、この状態があと何ヶ月続くかわからないというのだから尚更だ。
執務室で書類にペンを走らせていたヴィクトルはそんなコレットを見上げると、うーんと唸る。
「ステラ様の近くにはティフォンも置いておくつもりだし、何かあってもある程度は対処できると思うの。ダメかしら?」
いつになく殊勝な態度のコレットに、ヴィクトルは少し考えるようなそぶりを見せた後、手に持っていた羽ペンを置いた。そして、柔和な表情を浮かべる。
「うん、良いよ。思っていた以上に、長丁場になってきそうだしね。子供達が心配だっていうコレットの気持ちもわからなくもないし」
「ほんと!?」
「あぁ。何かあればティフォン経由ですぐわかるんだろう? それなら、明日にでも孤児院に顔を見せに行こうか」
断られることも覚悟していたのだろう。ヴィクトルのその言葉にコレットは嬉しそうに頬を引き上げた。
そして、次の日……
「で、なんであんたがここにいるのよ……」
「いやぁ。この機会にコレットとデートでも出来ないかなぁって思ってね」
悪びれる風もなくそう言って、ヴィクトルはコレットの手を取りにっこりと微笑んだ。もちろん指と指を絡ませるような手のつなぎ方である。
もうさすがに手を握られたぐらいでは蕁麻疹も出ないのだが、なんだか顔が火照ってくるような心地がして、コレットは彼のその手を振り払う。
そして腕を組み、胡乱げな顔で彼を見上げた。
「……ヴィクトル、本音は?」
「大蛇が現れたところが気になってね。もう一度調べてみるのも良いかと思って。何か手がかりも欲しいし」
「……そんなことだろうと思ったわよ」
肩の力を抜きながら息をつく。
いつも忙しそうにしているヴィクトルが、何の裏もなしにコレットとデートをするためだけに街に出るなんてありえない。彼女は短い付き合いの中でヴィクトルのことをそう理解していた。
軟派なところも、腹の中が読めないところもあるが、彼は基本的に真面目だ。
そして、そんな彼のことが前よりは好ましく思えるのだから不思議である。
コレットは組んでいた腕を解くと、そのまま彼の背中を優しく叩いた。
「それなら、手伝ってあげるわよ。もちろん、孤児院に顔を出してから、だけどね」
「ふふふ、コレットならそう言ってくれると思っていたよ」
最初からそれが目的だったと言わんばかりに、ヴィクトルは彼女の言葉に機嫌良く笑った。その瞬間、コレットは半眼になる。
彼女に対して『好き』だの『結婚して欲しい』だの言う割に、彼は相当に人(コレット)使いが荒い。コレットもヴィクトルの『好き』を真面目に取り合ってはいないのだが、彼の態度は、仮にもそういうことを言った相手に対するものではないと思うのだ。
呆れたような視線を向けるコレットに、ヴィクトルは微笑みながら彼女の頬にかかる髪をそっと掬って耳にかけた。
頬に当たる指先にコレットは少し身を固くした。
「でも、コレットと出かけたいというのも本当だよ? ほら、なんだかんだいって二人で出かけるのは初めてじゃないかな?」
「……まぁ、そうね」
「もう収穫祭は終わってしまっただろうけど、それでも大通りの辺りにはまだ余韻が残っていると思うし。コレットが嫌じゃなかったら一緒に見て回ろうよ。そのついでで、あの大蛇のことも調べてくれればうれしいかな」
「ヴィクトルって、そういうところは本当にちゃっかりしてるわよね」
「ほら、一人で調べるより、二人で調べたほうが効率もいいしね。……コレット、付き合ってくれるかな?」
「仕方ないわね」
困ったように笑いながら、コレットは一つ首肯した。
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