21

「結局、成果はこれだけってことね……」

 コレットは自室に置いてあるソファーに深く腰掛けながら、破れた札をひらひらと泳がせる。それは、今朝牢屋で発見されたものだった。

 札には見たことがない文字で何か書かれており、前に狼を倒した時に出てきたものにとてもよく似ている気がした。

 机の上には二枚の似通った札が並べられていた。

 狼から出てきたものに、大蛇から出てきたもの。コレットが持っている札を合わせたら合計三枚。

 コレットはその三枚を並べるようにしておくと、それぞれを見比べた。

 彼女の目の前にはヴィクトルとティフォンが並んで腰掛けており、その後ろではラビが眼鏡の奥からコレットをじっと睨みつけていた。

「その札。貴女の成果ではなくて、私とヴィクトル様の成果ですからね! 私がヴィクトル様の指示で、いち早く動いて証拠を確保したから、燃やされずにすんだんです! コレットさんは何もしていませんからね! 何も!」

「そんなことわかってるわよ」

 目を怒らせるラビにコレットは呆れ顔でそうかえす。

 そう、コレット達が牢屋に着いた時、もう証拠は何も残ってはいなかった。遺体はすでに燃やされており、牢屋も清掃の者が綺麗に清掃を終わらせていた。その様は元々その牢屋が使われてさえもいなかったかのような徹底ぶりで、コレットはそれを見ながら深く項垂れた。

 そんな時、ラビがこの札を持ってひょっこり顔を覗かせたのだ。どうやら、足止めを食らってしまうことを予見してヴィクトルが、あらかじめ彼に指示を出していたらしい。「もう何枚かありましたけどね。持ち出せたのは一枚だけで、後は全部燃やされてしまいました。すみません」

「いいや、十分な成果だ。ありがとう」

 ヴィクトルのねぎらいにラビは嬉しそうに頬を緩ませた。

「それで、この札のことなんだが、前にティフォンは《神の加護》に関係があるかもしれないと言っていたね?」

「うん。言ったねぇ」

 可愛らしい声で一つ頷きながら、ティフォンは足をぶらつかせる。

「それで、一つ質問なんだが《神の加護》は何かに移して持ち運べるものなのか? たとえばこの札に力を移して、誰でも使えるようにする、というような使い方は……」

「うーん。どうかなぁ。そういうのって各々の個性みたいなところがあるからね。そういうことが出来る子もいれば、出来ない子もいるし」

 顎に指先を当てるようにして、ティフォンはうーんと唸った。一概に《神の加護》といっても、それぞれに特徴があるようだ。それに、ティフォンが現在、存在する《神の加護》全てを知っているとは限らない。

 首を何度も傾げるティフォンに、ヴィクトルは聞き方を変えることにした。

「それなら、ティフォンはどうだ?」

「ボク? 出来るに決まってるでしょー! だってボクだよ! ティフォンちゃんだよ!」

 胸を反らしてティフォンは自信満々にそう言う。その言葉にいち早く反応したのは、質問したヴィクトルではなかった。

「え? ティフォン、そんなことも出来たの?」

 コレットは初めて知ったとばかりに目を大きく見開いて、驚愕の表情を浮かべていた。六年間一緒にいて、初めて知る真実である。

「能力を物に付与するって感じでしょ? うん。出来るよー! でも、その反動は全部コレットに帰って来ちゃうし、ボクやコレットが嫌だと思ったら能力も使わせてあげないけどねー! だから、正確には誰でも使えるわけじゃないんだけどー」

「そうか。つまり、術者が許せば素人でも《神の加護》を使うことが出来ると。そういうことか?」

「まぁ、そういうことかなー」

 ヴィクトルの問いに元気に答えて、ティフォンはソファーの座面に仰向けで寝転がった。そうして盛り上がった肘掛けを踵で蹴るように足をばたつかせる。

 ヴィクトルはその隣でなにやら考えている様子だった。

 その時、コレットの部屋の扉が控えめにノックされる。それと同時におっとりとした声がかかった。

「失礼します。コレット様、おられますか?」

「あ、はーい! ポーラ、どうしたの?」

 扉を開けるとそこには、ステラの侍女であるポーラがいた。彼女は薄く笑いながら部屋の中を見渡す。その顔は少し血の気が失せているような感じがした。

「ステラ様がコレット様と一緒にお茶会を開きたいとおっしゃっているのですが、いかがでしょうか?」

「お茶会?」

 コレットはまるでオウムのようにその言葉を繰り返し、頬を引きつらせた。

(お茶会って、私マナーとかよくわかんないんだけど、大丈夫かな。本当にお茶を飲むだけなら、行くのは全然構わないんだけど……)

 不安げに眉を寄せていると、ポーラの影からひょっこりと何かが顔を覗かせた。ステラだ。

 よく見ればポーラとステラの後ろに何人か兵士が見て取れる。

 ステラは輝く笑顔をコレットに向けると、その手を取って、自分に引き寄せた。

「コレット様! ご一緒にお茶会いたしましょう! よろしかったら皆様も! 祖国から美味しい茶菓子が届いたのです! 今回は形式張った物ではないので、コレット様でも気軽に参加できると思いますわ!」

 『気軽に』と『茶菓子』という単語に、コレットの肩は跳ね上がった。

「えっ、それなら行ってみたいかも……」

「本当ですか? まぁまぁまぁ! 嬉しいです! とっても嬉しいです!」

 今にも踊り出しそうなステラに、コレットの表情も緩む。こういうところは本当に、ただの十歳の女の子だ。

「帝国のお菓子も気になるし ……ステラ様、もしよろしかったら、ご一緒してもよろしいですか?」

 コレットが腰を折り、にこりと微笑めば、ステラの顔は真っ赤に染まった。

「もちろんですわ! もちろんです!! コレット様は男性なのに甘い物がお好きなのですね! とっても嬉しいです!!」

 興奮したようにそう言うステラの頭を撫でながら、コレットは振り返った。

「ヴィクトルはどうする? 一緒に行く?」

「お誘いはありがたいけど、また今度にしようかな。俺は少し考えたいこともあるしね」

「そう、わかったわ!」

「ヴィクトル様が行かれないのでしたら、私も遠慮させていただきます」

「……ラビさんは誘ってないでしょ?」

「なっ!!」

 コレットの思わぬ返しにラビは顔を赤らめて固まった。恥ずかしいやら怒りやらで身体を震わせるラビを見ながらコレットはくすくすと笑う。

「コレット。また今度、一緒にお茶会しようね。そんなにお菓子が好きなら、とっておきの用意してあげるから」

 お菓子よりも甘ったるくヴィクトルがそう笑えば、コレットはそれに満面の笑みを返した。

「ほんと!? 嬉しい! 楽しみにしてるわね!」

 無邪気に喜ぶ彼女を見ながら、ヴィクトルは目を細める。

「それでは、コレット様、行きましょう」

 ポーラが促すようにそう言うと、ステラがコレットの手を取った。手を繋ぐ二人は、どこからどう見ても仲の良い姉妹のようで、とても微笑ましかった。

「ちゃんと毒味役が食べてから、コレットも手をつけるんだよ?」

「はーい!」

 そう言いながら、彼女は手を振ったのだった。


◆◇◆


「コレットさんとずいぶん仲良くなったみたいですね」

 その声の主はラビだった。

 コレットの消えた部屋でヴィクトルはまだソファーに腰掛けたまま立っている彼を見上げる。

 コレットが消えると同時にティフォンも姿を消しており、二人はなんとも言えない沈黙の中で見つめ合っていた。

「そうかな? そう見えるのなら、頑張ってる甲斐があるかな」

 ヴィクトルはいつもの飄々とした笑みを顔に貼り付けたままそう答える。しかし、ラビはそんな主人を胡乱げな顔で見下ろした。

「貴方がご婦人をお茶会に誘うだなんて初めて見ましたよ」

「……そういえば、そうだな」

「……まさか本当にコレットさんのことが好きとか言い出しませんよね?」

 少しの沈黙の後、ヴィクトルはやはりいつもの感情の読めない笑顔を浮かべた。

「コレットのことは好きだよ。ああいう素直な女の子って可愛いよね」

「そういう好きじゃなくてですね……。まぁ、いいです! そろそろ執務室に戻ってください! 私は先に戻っていますからね!」

 ぴんと背筋を伸ばしてラビも部屋から出て行く。その背中を見送って、ヴィクトルはソファーの背に背中を預けた。

「どうなんだろうね……」

 そのヴィクトルの言葉は、珍しく歯切れが悪かった。

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