19

「はぁ!? 捕まえた人たちが死んだ!?」

 足早に前を行くヴィクトルを追いかけながら、コレットは城の廊下でそう声を荒げた。

 彼の眉間には珍しく皺が寄っていて、後ろから駆け足でついてくるコレットを一瞥もすることなく、前を見据えながら焦ったように歩を進めている。

「ラビが持ってきた報告書では『隠し持っていたナイフで、互いが互いを殺し合っての自決』となっているが、真相は何者かによる口封じだろう。そもそも、持ち物の検査はちゃんと行っているし、ナイフを持ち込めるような隙はなかった!」

 口早に喋る彼には、いつもの冗談めかした雰囲気は感じられない。

 それもそうだろう。捕まえた暗殺者たちを殺されたということは、持っていた手がかりのほとんどをなくしたと同義なのだから。

 もし、暗殺者から『皇帝に頼まれた』という情報を上手く聞き出せたら、それをネタにステラを帝国に帰すことも出来たはずだ。

 しかし、殺されてしまっては元も子もない。

 死人に口なし。

 まさに、その通りである。

「でも、牢屋の前に警備の人とか居たんじゃないの? 普通居るわよね?」

 コレットはヴィクトルを駆け足で追いかけながら、狼狽えたようにそう聞く。

「それが、昨晩警備についた者達は今朝になってみんな居なくなっているんだ。恐らくこっちも失踪に見せかけて殺されているんだと思う。まぁ、こっちは失踪に見せかけてるから、死体は上がってこないだろうけどね」

「そんな……」

 つまり、昨日の夜から今朝にかけて城に何者かが侵入したとなる。城の堅牢な警備をくぐり抜けられるほどの敵となれば、相手はよほどの手練れだろう。

 そこで、コレットははたと思考を止めた。

 城の堅牢な警備なら、もうとっくの昔にくぐり抜けられているのではないか、と。

 一番最初の暗殺未遂はここに来る前だから違うだろうが、二番目の暗殺未遂は城の中で起こっている。ヴィクトルからの差し入れといって毒の入った茶菓子が送られてきたのだ。三番目も同様に城の中。

 つまり、もうとっくの昔に城の中には暗殺者が潜んでいたということである。

 そして、捕まえた者達は城に出入りなどしたことがない連中ばかりだった。

 コレットはその事実に顔が青くなる。

「ねぇ、ヴィクトル。私ちょっと気がついちゃったんだけど、もしかして内部犯……」

「そうだよ。もしかして気がついてなかった? 俺たちが本当に上げなければならないのは、そっちの方だ。だから彼らに吐かせたかったのに……」

 コレットが気付くぐらいのことは当然ヴィクトルも気付いていたようで、彼は悔しさを滲ませながらそう吐き捨てた。

「正確に言えば、城の中に侵入した者と外部の者とが連携をとっているんだろうね。ステラ様がこちらに来ることは結構前から決まっていたことだろうから、その間に最初の人物を城に潜入させて、後でアイツらを送り込んだ。……そんな感じだろう」

「じゃぁ、ポーラも怪しいんじゃ……」

「当然、彼女は最初に調べているよ。でも何も出なかった。あの狼から出てきた札なんかが彼女の持ち物から出てきたら一発だったんだけどね。もちろん警戒を解いているわけじゃないから、ステラ様の近くには常に人を置くようにしてるよ」

 コレットは混乱し始めた頭を抱える。

 一体、誰を信用して誰を信用すれば良いのだろうか。ヴィクトルの話だと、かなり長期で練られている暗殺計画かもしれないということだから、戦争が終わってから城に勤めた者は全員怪しいということになる。

 そんなコレットの頭の中を読んだのか、ヴィクトルが助け船を出してくれる。

「少なくとも、ステラ様の警備につかせている者達は信用してもいいよ。もう何十年と城に勤めてくれている者達だから。それと、ラビも」

「……それ以外は?」

「俺とコレットだけ。それ以外は全員敵だと思ってくれて構わない。……もちろんステラ様も」

 その言葉にくらくらした。警護対象が敵というのは今までになかった事例だ。

 しかも、ヴィクトルの言葉が本当なら実質動けるのは、彼とコレット、それとラビとかいう従者だけだ。他はステラの警護やそれ以外の仕事もあるだろうし、自由にというわけにはいかない。

「本当に他にいないの? 戦争前と後で城の中が総取っ替えになったわけじゃないんだし! ほら、お偉いさんとかは、ずっとこの城に勤めてるんでしょう? その人達なら……」

「どうだろうね。大臣達の間に戦争賛成派がいないとも限らない。帝国と通じて悪巧み……はあまり考えたくない事態だけどね。とりあえず、信用する人間は限っておくに限るよ」

 コレットの悲痛な叫びにヴィクトルは冷静にそう返す。

 なんだか大がかりめいた内政事情に巻き込まれている気がしないでもないが、コレットはすぐさま頭を切り換えた。

 というより、難しいことを考えるのをやめた。

 頭脳労働は昔からそんなに得意ではないのだ。

 戦争の時だって、指示通りに切った張ったをしていただけだ。彼女は確かに常人では考えられないほどの戦闘能力を有していたが、作戦を考えるものはまた別にいた。

 良く言って、適材適所である。

「わかったわ。とりあえず信用するのはさっき言われた人たちだけにしとく。それで、今から私達はどうしたらいいの?」

「今までと変わらないよ。ステラ様を守りつつ、彼女を殺そうとする人を一掃するだけ。それで、ステラ様を帝国に返せたら全てが丸く収まる」

「わかった」

 コレットはヴィクトルの言葉に一つ頷いた。

「とにかく、俺は地下牢の様子を見に行ってくる。死体が片付けられた後じゃ何もわからなくなるからね。コレットはステラ様の側についていて!」

 ヴィクトルの声にコレットは首肯した。そして、踵を返そうとしたところで、ねっとりとした粘着質な声が耳朶を打った。

「これはこれは、ご機嫌麗しく、ヴィクトル様」

「リッチモンド公……」

 そこには口元に白い髭を蓄えた老人がいた。

 彼はヴィクトルの行く手を阻むように立ち、その目を細めている。

 その後ろには数人の文官が付き従っていた。

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