18
石畳を水滴が打つ音が聞こえる中で、彼らは怯えるように身を寄せ合っていた。顔を隠すための黒い布は取り払われていて、皆一様に青い顔をしている。
そこは城の裏手に作られた牢屋だった。床も壁も冷たい石で出来ているが、用を足す場所や布のような薄い毛布はちゃんと用意されてある。
捕らわれているのはステラ暗殺に失敗した十一人。
彼らは明日の朝から一人一人に事情を聞かれることになっていた。
その中の一人の男が声を上げる。
「しょ、正直に話したら許してくれるだろうか……」
「確かに、それなら命までは取られないんじゃないのか?」
「でも、どうするんだ! そうなったら、俺たちに返る国はなくなっちまうぞ!!」
「命がなきゃ国だって意味ねぇだろ!」
一人の男を皮切りに男達は次々と自分の思いを吐き出していく。中には身を震わせながら涙を流すものもいた。
家族の心配をする者。自分の未来を憂う者。声を出さずに震える者。態度は様々だったが、それぞれに命だけは助かりたいという想いを持っていた。
そのためには祖国を裏切っても構わないとさえ――
そんな時、不意に足音が聞こえてきた。
地下に作られたその牢屋に通じる階段の方からだ。カツン、カツン、と規則正しくその音は地下牢にまんべんなく反響する。
男達はその足音に注目した。
そして息を飲む。
現れたのは、一人の若い男だった。年の頃は二十代半ばだろう。輝く金髪に南国の海を思わせるような碧眼。真っ黒で薄汚れた牢屋に似つかわしくないほどの白い煌びやかな格好をしている。ブーツまで真っ白だ。
顔は穏やかな笑みを湛えており、その優しげな瞳に男達は息を飲んだ。
彼の特徴はプロスロクの王太子と合致している。
「王太子……」
誰かが呟くように言った。王太子と言われた彼はにこりと微笑んで一つ頷く。
「よく知っているね。私は王太子のアルベールだ。答えてくれたのは君かな?」
指された男は震えながら一つ頷いた。
プロスロク王国のアルベール王太子は、グラヴィエ帝国でも有名な人間だった。それは敵国の王太子だからということもあるのだが、それ以上に彼が優秀で寛大な心を持っているという噂が流れていたからだった。
戦争時、捕虜として捕らえた兵士達に一切の拷問を加えることなく祖国に送還したとか。両国共同で建設中の橋があるのだが、その事故で亡くなった帝国の人間に涙を流したとか。良い噂は後が絶えない。
情け深く、寛大で、優秀なアルベール王太子。
皇帝に聞かれては困るので表だっては言えないが、それは彼らの共通認識だった。
男達はアルベールの登場に困惑しながらも、彼の聞こえを思い出し、少しだけ気色ばんだ。
このまま彼に事実を伝えたら助かるのではないのかと考えたのだ。
王太子と彼を呼んだ男が立ち上がる。そして鉄格子を掴みながら必死に声を出した。
「あ、あのっ! 俺たち実は……――」
しかし、それ以上彼は何も発せられなくなった。
――首が落ちたからである。
男の首はころりと転がって壁に背を預けて座っていた仲間の元へとやってくる。次いで身体が崩れた。首があった場所からはシャワーのように血が噴き出している。
「ダメだよ。口を封じに来たのに、自ら喋るようなことをしたら」
唇を引き上げるように微笑んだアルベールの半身は、血で真っ赤に染まっている。
その瞬間、男達は叫び声を上げた。そして、アルベールから出来るだけ距離をとろうと必死に壁に背を付ける。
泣き叫び、助けを求める者達を見ながら、アルベールは心底楽しそうに笑う。
「無駄だよ。人払いはしてあるんだ。もっと広い場所を使えるなら鬼ごっこも楽しいんだろうけどね。でも、まぁ、それはまたの機会にとっておこうか」
アルベールは手を叩く。すると、彼の目の前に炎が現れた。
彼の《神の加護》だ。
それは暗い室内で彼らを、アルベールを照らす。
「焼き殺す気か――!」
「それも面白そうだけどね。でも、そうしちゃうとヴィクにきっと気付かれてしまうだろうから、……今日はこっちにするよ」
そう言って、アルベールがもう一度手を叩いたその時だ。
彼の影が揺らめいて立体になった。そして、それはアルベールの隣に立つ。
影の持ち主と全く同じ姿で、黒いアルベールはニヤリと笑った。その細められた瞳だけは血のように赤い。
「それは――……」
その瞬間、それを発した男は腹をナイフで刺された。その衝撃でせり上がった血液がごぽりと口から溢れる。
振り返れば、彼と同じ姿の黒い男がいた。手に持っているナイフだけが銀色に輝いている。
「自分たちで殺し合うと良いよ。私はここで観戦させてもらうから」
その言葉通りに次々と男達の影が膨れあがる。
そうして、叫び声が木霊した。
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