16

 プロスロク王国の王都、ジャルダン。

 そこは、プロスロク王国の経済の要にして、最大の都市。

 東には学者の都・サジェス、西には聖都・アンセートルを抱え、ジャルダンは色々な種類の人間が行き交う、交易の都として栄えていた。

 そんな交易の都市では現在、収穫祭が開催されていた。

 色々な人間が、色々な作物を金品に買えようとシャルダンに持ち込む。その活気に誘われるようにして、多くの大道芸人や剣闘士、学者や冒険家などがシャルダンを訪れていた。

 その熱気溢れる街の中を、ステラは四方を兵士に囲まれたまま歩いていた。

「まぁ、まぁ、まぁ、まぁ!! すごいですわ! 素晴らしいですわ! シャルダンは本当に活気が溢れていますのね! 我が国でも、このように活気がある街は少ないですわ!」

 彼女は興奮したようにそう言って、目を輝かせながら辺りを見て回る。

 その後ろを付いて歩くのは、ヴィクトルとポーラに変装したコレットだ。

 茶色のカツラを被り、侍女特有のエプロンドレスに着替えたコレットは、ヴィクトルの袖を引きながら疑わしそうな声を出す。

「ねぇ、本当にこれで上手くいくの?」

「どうかな? すごく古典的な手だけど、相手側からしたら、とても魅力的な条件だからね。引っかかってくれるんじゃないかな?」

 ヴィクトルは口元だけ笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。

「ステラ様は外に出ているし、コレットはいない。兵士の数はいつもと変わらないけど、辺りに人がいる分、暗殺する難易度はぐっと下がる。もし、コレットがポーラに変装しているって気がついても、相手はこの好機は逃したくないと思うはずだよ」

「そういうもの?」

「たぶんね」

 ヴィクトルのその言葉に、コレットは「ふーん」とだけ返した。

 そして、その興味がなさそうな顔で辺りに不審者がいないか確認する。

 暗殺者たちがこんな見え透いた手に引っかかるとはあまり思えないが、それでも確かに、城の中にいる彼女を狙うよりは遙かに難易度は低いだろう。

 もう三回も失敗している暗殺に相手が焦っているとするならば、罠だとわかっていても飛び込んでくる可能性は十二分にある。

「まぁ、これで仕掛けてこなかったら仕掛けてこなかったで、そこまでの奴らだっていう判断材料になるから、それはそれでいいんだけどね」

「そこまでの奴らって?」

「なりふり構ってないってこと。そういう奴らは、上を止めるか、利益より被る不利益の方が多いってわからせれば自然と引いていくよ。雇われた傭兵とか、プロの暗殺者とかがそうだね」

 ヴィクトルもコレットと同じように、視線を外に向けながら冷静な声を出した。

 一行はそのまま街の大通りを歩いて行く。

 大通りは馬車が三台横並びで通れるほどの広い道で、人通りも多い。それでも兵士が一人の女の子を囲いながらぞろぞろと歩いていれば目立つのだが、通り過ぎる人たちは一瞥するだけで、みんな興味は持たないようだった。

 なんというか、懐が深い街である。

「そろそろ、少しだけ人通りが少なくなるよ。高い建物も多いし、皆気をつけて……」

 ヴィクトルが、そう皆に忠告した時だった。

 コレットの後方から何かが飛んできた。

 その何かは彼女の頬を掠め、目の前のステラの腹に深々と突き刺さる。

 ステラは小さな悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちた。

 周りの人間が異変に気がついて、悲鳴を上げながらコレット達から距離をとる。

「――っ!!」

 コレットは背後を振り返った。

 背後に不審な人物はいない。

 視線を上げれば、建物の一室から弓矢を構えている人間が目に入る。

「あそこかっ!」

 コレットが駆け出そうとしたその時、正面を見据えていたヴィクトルが強く彼女の腕を引いた。

「コレット、上のは後まわしだ。あの付近には控えさせていた兵士もいる。今はこいつらを片付けるよ」

 その声に正面を向けば、顔を黒い布で隠した男達が目を血走らせ、にじり寄ってくる。

 人数は五人。

 そして、斜め後ろからもう五人出てきて、合計十人。

 こちらは兵士四人にコレットとヴィクトルの六人だ。

 六対十。

 人数だけでいうなら、そこそこ分は悪い。

 彼らはステラの命を確実に仕留めんと、それぞれにナイフや剣を構えている。

「気をつけて。またあの黒い化け物を出してくるかもしれない」

「わかってるわ」

 矢が刺さった場所を押さえながら倒れ込むステラを、ヴィクトルは守るように立つ。

 その二人より前にコレットが仁王立ちになった。

「アンタ達! 覚悟しなさいよ!」

 そう言って、コレットがカツラを取り放り投げる。

 それが開戦の合図だった。


 戦いといっても、勝負はほとんど一方的なものだった。

 そう、コレットの一方的な攻撃だ。

 彼女は剣を出さないまま、ティフォンの力で飛び上がり、蹴りや拳だけで相手を沈めていく。通常の蹴りや拳ではあり得ないほどの攻撃力に、黒い男達は反撃をすることも許されなかった。

 周りの兵士は唖然と見ているだけか、倒れた相手を捕まえるのに忙しく、ほとんど戦いに参加できていなかった。

 その様はまさに救国の戦姫。

 味方の兵士までも震え上がらせたその攻撃は、戦争から二年経った今でも健在だった。

 コレットは最後の一人を沈め終わると、頬についた泥を払いながらなんてことない表情でヴィクトルのところに帰ってきた。

「おわり」

「さすが俺のコレットだね!」

「誰がアンタのものになったのよ……」

 コレットは否定するのもめんどくさそうにそう返す。

 そして、髪の毛を掻き上げながら、地面に延びている男どもに視線を寄越した。

「こいつらどうするの?」

「うちの国の法律に則った方法で色々と吐かせようと思ってるよ」

 ヴィクトルは明るく言っているが、ようは拷問である。

 コレットは頬を引きつらせながら顔を青くした。

 その時だった。

 コレットの背後から黒い影が伸びる。

 慌てて振り返れば、そこにはまたもや黒い巨大な生き物がいた。

「――蛇!?」

「コレット!」

 ヴィクトルはとっさに彼女を抱えて、真横に飛んだ。

 そして、ステラの真上に巨大な丸太のような蛇の尻尾が振り下ろされた。

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