13

 謁見だといって通された部屋は、だだっ広い王座の間などではなく、こぢんまりとした一室だった。こぢんまりとしているといっても、コレットの住んでいる孤児院の食堂よりは大きいし、内装もキラキラと光って目が痛くなるほどの部屋だ。

 コレットはそのままの男装姿で謁見するわけにもいかず、ヴィクトルが急遽用意した淡いオレンジ色のドレスを身に着けている。

 ドレスといっても、派手なものは着たくないというコレットの意向により、ワンピースのような飾りもあまりついていない簡素なドレスだ。

 コレット達はその部屋の中で頭を伏せながら、王の登場を待っていた。

『国王と俺の言葉には『はい』。宰相の言葉には『いいえ』で答えてね。父とは違って宰相は疑り深い人だから。それ以外の人が謁見に現れたら、挨拶だけして、後は何を聞かれても話さなくても良いから。後は俺がなんとかする』

 いつになく頼もしい様子でそう言われたのは、この部屋に入る直前のことだ。

(罰金も独房も嫌だから、ちゃんとやらないと!)

 コレットはヴィクトルの言葉を思い出しながら、確認するかのように一つ頷いた。

 その時だ。奥側の扉が開かれ、ゆっくりとした足取りで国王がその姿を現した。

 背中の丸まった王の手を引くのは金髪の青年。そして、その後ろに宰相と思われる白髪の男性が付き従っていた。

 そして、王は用意されていた中央の椅子に腰掛ける。

「戦姫よ。久しいな! よくぞもう一度城を尋ねてくれた! ヴィクトルも息災か? 二人とも顔を上げて、ゆるりとしてくれ」

 温和なその声にヴィクトルもコレットも身体を起こし、立ち上がった。

 そして、たった二年で様変わりした国王の姿に、コレットは息を飲んだ。

 戦争が終わったばかりの頃、彼はがっしりとした体つきに威厳のある姿をしていた。なでつけられた金髪は輝いていて、青い瞳もまるで刃物のように鋭利に光っていた。歳はそれなりに重ねていたけれど、まだまだ英気に満ちた姿に圧倒された記憶しかない。

 なのに、今目の前にいる彼の姿はどこかくたびれていた。威厳がないとまではいわないが、見るからに身体は弱っていて、かつてのような威圧感は微塵も感じられない。

 王は目の前に立つ二人を眺め見て、低い重厚感のある声を響かせた。

「戦姫よ。そなたはこの城の中で《神の加護》を使い、グラヴィエ帝国のステラ皇女を、化け物よりお守りした。そうだな?」

「はい」

 最初の問いに、コレットはヴィクトルに言われた通り、そう答えた。今からどうなってしまうのか想像も出来ないまま、彼女は背中に冷や汗を滑らせる。

 しかし、そんな緊張したコレットを嘲笑うかのように、国王は嬉しそうに頬を引き上げた。

「そうか。よくぞ、某国の皇女を守ってくれた! ありがたく思うぞ!」

「は、い?」

 国王の予想だにしない言葉にコレットは首を捻った。どうやら思っていた方向とは違った流れになっているようだ。 国王は続ける。

「二年前の戦争は両国共に失ったものが多かった。かつての過ちは決して繰り返してはならぬ。そこで、戦姫よ。もう一度力を貸してくれないか? 某国の皇女がこの国を去るまでの間、彼女を守って欲しい!」

「え……」

 その言葉にどう返して良いのかわからない。

 ステラが命を狙われるのも、また戦争が始まってしまうことも嫌なコレットからしてみれば、協力することは全く構わない。しかし、本当にここで頷いてしまって良いものなのだろうか。

 コレットが、まるで助けを求めるようにヴィクトルを見れば、彼はそんなコレットを一瞥した後、にこりと笑って一つ首肯した。

(『はい』で良いってことかな?)

 ヴィクトルの頷きに頷きで返したコレットは、また視線を王の元へと返した。

「えっと……『はい』」

「おぉ! それは頼もしい答えだ! それでは君の処遇のことなのだが……」

 『処遇』と言う言葉に背筋がしゃんと伸びる。きっとここから、あの誓約書違反について、色々問われるのだろう。

 コレットは生唾を飲んだ。

 その時、ヴィクトルがコレットより一歩前に歩み出た。

「国王様、彼女のことは私にお任せいただけませんか? 彼女と私は浅くない縁で繋がっております。必ずや、協力してステラ様を無事、帝国へとお返しいたします」

「確かに、お前が事態の先を読んで戦姫をこの城に招いていなかったら、大変なことになっていたのだからな」

 ヴィクトルの言葉に、国王は考えるように口元に手を置いた。

 いつの間にかコレットが来た理由が『皇女を説得するため』ではなく『皇女を守るため』にすり替わっているし、全てがヴィクトルの計画通り、みたいな流れになっているが、コレットにはそんなものどうでもよかった。

 事態が今どういう流れになっているのかよくわからないが、恐らくヴィクトルに任せるという判断になればコレットは無事なのだろう。それだけはわかる。

「良かろう、それでは、第二王子の専属の騎士として……」

「待ってください! ……こういった場で発表することではないかもしれませんが、私は、彼女に結婚を申し込みました。ね? コレット」

「はぃいぃぃ!?」

 『はい』は『はい』でも、違う意味の『はい』が、口をついて出た。

 コレットは眦を決しながら、ヴィクトルの方を睨みつける。

 そんな彼女を無視して、ヴィクトルは更に続けた。

「ですので、私付きの騎士という立場ではなく、自由に動ける権限を彼女に。私も婚約者・・・に身を守って貰うというのは少々気が――」

「え、ちょっと! ヴィクトル!!」

 婚約者という言葉の響きに一気に冷や汗が吹き出る。腕を引きながら、彼の言葉を制すれば、目の前の王が嬉しそうに声を上げた。

「おぉ。『ヴィクトル』と! もう互いをそんな風に呼び合う仲に……」

「ち、ちが……!」

「照れないで、コレット」

 甘ったるいが有無を言わせないその声色に、コレットは何も言えなくなってしまう。

「そうか、わかった。……よかろう。この件に関してはヴィクトルの思うようにしていい。戦姫の件もお前に一任する。よろしく頼むぞ!」

「はい。ありがとうございます」

「え、あ、あの……」

 コレットを置き去りにしたまま進んでいく事態に彼女は情けない声を出した。

 すると、先ほどまでだんまりを決め込んでいた宰相がやっと口を開いた。

「戦姫よ。何か異論はあるか?」

「え……『いいえ』?」


◆◇◆


「なぁんで! 気がついたら私とアンタが結婚する流れが出来ちゃってるのよ!!」

「こういうのを『外堀を埋める』と言うんだ。覚えておいた方が良いよ?」

「鬼! 悪魔!」

 二人はそんな言い合いをしながら部屋に帰ってきた。部屋の中ではなにやら侍女達がバタバタと準備をしている。

 その様子を後目にコレットはヴィクトルを壁際まで追い詰める。

「しかも、国王様全く怒ってなかったじゃない!」

「それはそうだろう? ステラ様を守ったんだ。咎めるより、褒められるって最初からわからなかったのかい? 処遇というのも、最初から咎めるものではなく、君の身の置き場所のことを指していたんだ。まぁ、君の力に関しては箝口令が引かれるだろうし、君もおおっぴらで力は使えないけどね」

 ぺらぺらとネタばらしをされて、コレットは地団駄を踏んだ。本気でこの男の手のひらで転がされている気しかしない。

「でも、俺のおかげで城の中でも自由に動けるようになったし、君が力を使ってももう誰も咎めないよ?」

「そうだけど! でも、なんで結婚するみたいな流れにするかなぁ!? 私頷かないわよ! 絶対承諾しない!!」

「そんなこと言いつつも、いつかするんだからいいじゃないか」

「しないって言っているでしょうが!」

 ニコニコと笑う目の前の男にコレットは気炎を上げる。そして、彼の鼻先に指を突きつけた。

「それなら、協力するから約束して! ステラ様を帝国にちゃんと戻せたら、国王様には『破談になりました』ってアンタから説明すること! わかった?」

「……しょうがないな。わかったよ」

 渋々ながらに頷くヴィクトルを見て、コレットは荒い息を吐きながら彼から身を引いた。そして、窓の外を見る。

 今日は色々あったせいで食事もろくにしていないのに、もう空は夕焼け色になってしまっている。コレットはそんな外の様子にがっくりと肩を落とすと、踵を返した。

「んじゃ、帰るわ。明日また来るわね」

「帰るって、どこに?」

「孤児院に!」

 目を怒らせながらそう言うと、ヴィクトルは笑顔のまま首を折った。

「ステラ様が夜中に狙われるかもしれないのに? 孤児院に帰るの?」

「ぐ……」

 確かにそれはそうだ。コレットが暗殺者なら、ターゲットを狙う時、昼間ではなく夜を狙う。もちろん、それは他の者も重々承知しているだろうから、警備の数も夜の方が多いだろう。しかし、昼間のように、コレットにしか対処が出来ない敵が現れたりしたら、どんなに警備がいてもステラは殺されてしまうだろう。

 コレットが苦々しそうな顔をしていると、ヴィクトルがにっこりと笑ったまま柏手を打つ。

「そういう顔をすると思って、部屋を用意させたんだ」

「……どこよ?」

「この部屋」

 その言葉にコレットは辺りを見渡した。そして、周りで侍女達が忙しなく動いていた理由を知る。

 彼女たちはコレットがここへ泊まる準備をしていたのだ。

 あまりの用意の良さにコレットはこめかみを押さえてしまう。

(もしかして、このドレスもあらかじめ用意して……)

 自分の着ているドレスのつまむ。言われてみれば、国王が会いたいと言ってからヴィクトルがこのドレスを用意するまで三十分もかかっていない。

 お城の中の普通が分からないが、これはあまりにも早すぎないだろうか。

 あらかじめコレットをここに留める予定で色々と用意していたと考える方が自然である。

 このままでは本当に彼の思うがまま転がされてしまうかもしれない。

 そう思いながら青い顔をするコレットにヴィクトルはまた爆弾を落とした。

「ちなみに、ここはコレットを迎える時のために用意していた部屋だから、自由に使って構わないからね」

「それなら、でてけー!!」

 そう叫びながら、コレットはヴィクトルにクッションを投げつけた。

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