10

 ステラとのお茶会を午後に控え、コレットとヴィクトルの二人はやけに豪奢な一室でのんびりと過ごしていた。

 優雅にソファーに腰掛けるヴィクトルとは対照的に、コレットは緊張で身を固めながら、むくれたように頬を膨らましていた。

「男として会って欲しいなら、最初からそう言いなさいよ。おかげで変な態度とっちゃったじゃない」

「すまない。ああいう格好になったのだから察してくれるものだとばかり思っていたよ。君にそこまで求めるのは酷だったね。君はおつむまで可愛らしいみたいだから」

「……もしかして、馬鹿にしてる?」

「あぁ、それぐらいはわかるんだね。よかった」

 キラキラの王子様スマイルでそう言われて、コレットの額には青筋が立った。

 本当にいけ好かないというか、腹の底が読めない男である。

 ヴィクトルは睨みつけるコレットを後目に、優雅に足を組み替える。

「だけど、君がこの仕事を請け負ってくれて助かったよ。あのお姫様には、俺の言葉が全く通じなくてね。むしろ態度が硬化していくばかりだから、本当に困っていたんだ」

「まぁ、成功するかどうかはわからないけど、出来るだけのことはやってみるわよ」

 政治に関して疎いコレットでも、グラヴィエ帝国の皇女がプロスロク王国にいるという状況があまり良くないものだというのはわかる。

 しかも人質というのは、その身が保証されているときは、相手国へ抑止力として働くのだが、万が一にでもその人質の身が脅かされた場合、逆に戦争の火種になってしまう可能性がある。

 いうなれば、諸刃の剣なのだ。

 もし、ステラがこのプロスロク国内で殺されてしまった場合、犯人はプロスロク国内の人間ということにされ、帝国はまた戦争を仕掛けてくるだろう。そして、近隣諸国からも理由なく人質を殺した国として白い目で見られることになる。

 そもそも、人質をとる国だと思われるだけでも大変なマイナスなのだ。

 笑顔を浮かべるその奥で、そんな気苦労を背負い込んでいるのだろう。ヴィクトルは長い息をつきながらソファーの背もたれに身体を埋めた。

「実は、彼女はこれまでに二度、殺されかけている」

「え? どういうこと?」

 ひっくり返った声を出すコレットに、ヴィクトルは笑顔を収めて急に真剣な表情になった。

「一度目は、君も知っているとおりに、あの馬車でのことだ。彼女達を助け出した後すぐ専門のものに調べさせたんだが、あの場所から燃え残った火薬が見つかった。あれは彼女を狙った人為的な爆発だ」

 その言葉にコレットは息を飲む。

 ヴィクトルはそんな彼女を目の端に止めて、言葉を続けた。

「そして、二度目は昨日。俺の名を騙った差し入れの中に毒が仕込まれていた。差し入れがあった直後に俺が彼女のところを尋ねたから発見することが出来たが、少しでもタイミングが遅れていたと思うとぞっとするよ」

 背筋を駆け抜けた悪寒に、コレットも身を震わせる。

 戦争がまた始まってしまうのはもちろん嫌だが、それ以上にあんな幼い子供の命が狙われているという事実に背筋が凍った。

「つまり、この城の中にステラ様の命を狙っている人がいるってこと?」

 慎重にそう聞けば、ヴィクトルは一つ首肯した。

「まぁ、そういうことになるね。グラヴィエ帝国は元々戦争を好む国だ。あの広大な領土も他国への侵略を繰り返して得た土地だしね。ステラ様を害するために間者を仕込んでいてもなんら不思議ではない。まぁ、このプロスロク王国側で戦争を起こしたいと思っている人間がいないとも限らないから、一概にそうだとは言えないけどね」

 つまり、彼女は自分の父親に殺されそうになっているかもしれないのだ。命を狙われているだけでも辛い事実なのに、その主犯格が本人の父親かもしれないということに、コレットは苦虫を噛みつぶしたような表情になる。

「だから、国に帰って欲しいとお願いしているのに、彼女は全く聞き入れてくれないんだ。自分がこの国に留まることが何より和平に繋がると考えているみたいでね。国の方に直接書状を送ってみたりもしたけれど、返事はなし。正直、どうするべきか対応に困ってるところだったんだ」

 ヴィクトルはそう言いながら、いつの間にか寄っていた眉間の皺を揉む。

「それなら、今、この間も危険なんじゃないの? 彼女の護衛は?」

「今は信用のおける兵士達に護衛を頼んでいる。食事もあのポーラという侍女が毒味をするようだから、まぁ、安心だろう。……化け物でも出れば話は別だがな」

「そう……」

 コレットがヴィクトルの言葉に、一つ頷いたその時だった。廊下の先から甲高い叫び声が聞こえてきた。続いて、何かの咆哮。

 城の中では決してするはずのないその音に二人は瞬く間に廊下に出ると、声のした方向に走り出した。


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