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「これが仕事?」
「そ、仕事」
城に招かれたコレットはいつの間にか騎士装束に着替えさせられていた。式典用の騎士装束なので、鎧もなく軽くて良いのだが、その分きっちりと締められている詰め襟が窮屈だ。
全体的に赤と白で彩られたその装束はかつてコレットが着ていたものと同じもの。ただ一つ違う点を上げるとするならば、ソレは女性ものではなく、男性ものだということだろう。
「なんか、間違ってるとか。失礼とか思わない?」
「まったく」
コレットが男性ものの装束にそう文句を付けると、清々しい笑顔でヴィクトルは首を振った。そして、コレットの後ろに回ると彼女の髪の毛を手で掬った。
「髪の毛は触っても平気?」
「へ、平気だけど、なにする気よ……」
いつ触れられるかわからない恐怖でコレットは身を縮ませる。そんな彼女を後目にヴィクトルはコレットの髪の毛を綺麗に結い上げると、満足そうに一つ頷いた。
「よし。これで完璧だ」
「……この姿でなにをやらせる気なのよ」
コレットは不信感丸出しの声を出しながら、鏡の中の自分を眺める。その鏡の中にいたのは、どこからどう見ても小柄な騎士だった。
男性に見えるように薄く化粧で化かしてもらっているのも大きいだろう。どこにでもいる町娘・コレットの姿はもう見る影も無い。
「俺は今から、君にある人を紹介する。コレットはその姿で彼女に、自分の国に帰るよう進言して欲しいんだ」
「今から会う人ってどうせ貴族様でしょ? 私の言うことなんか聞いてくれるの?」
コレットのもっともな問いに、ヴィクトルは困ったように笑いながら顎をさする。
「うーん。どうかな。多分、俺よりは耳を貸してくれるんじゃないかと思うんだけど……」
ヴィクトルがそう苦笑しながら紹介してくれた女性は、なんと、コレットも知る人物だった。
「貴女!」
「あの時は、命を助けていただいてありがとうございます。騎士様!」
鈴の鳴るような声を出しながら、銀髪の彼女は掛けていたソファーから立ち上がり、ほぉっと頬を赤らめた。細められた赤紫色の瞳はまるでガーネットのよう。桃色に染まった頬を引き上げながら彼女はコレットのもとに駆け寄ってくる。
そんな銀髪の少女の後ろに立つのは、茶色い髪の毛と大きな眼鏡が特徴の線の細い女性だ。年齢はコレットと同じぐらいか少し上だろう。
そう、彼女たちは二日前、コレットが燃え盛る馬車から助けた者たちだった。
ヴィクトルは銀髪を揺らす少女の横に立つ。
「コレット、紹介するよ。彼女は隣国グラヴィエ帝国のステラ・ローレ・グラヴィエ皇女だ。現皇帝、七人目のご息女にあたる」
「はぁあぁぁ!?」
コレットが驚くのも無理はなかった。グラヴィエ帝国というのはつい二年前まで、プロスロク王国と戦争をしていた隣国である。
そう、コレットが活躍した、かの戦争だ。
結局、戦争はプロスロク王国の優勢的な和解という形で決着が付いたが、今もなお、その二つの国の溝は深いまま。
そのグラヴィエ帝国の皇女である彼女は、ドレスの裾をつまみ上げて優雅に淑女の礼をとった。そして、自身の胸に手を当て凜とした声色を出す。
「驚くのも無理はありませんわ。戦争は終わりましたが、今もなお、両国の間には深い溝が横たわっています。私はそんな両国友好の礎となればと思い、ここに来たのです!」
「ヴィクトル。ちょっと……」
皇女の宣言にたじたじになりながら、コレットはヴィクトルを部屋の隅に呼んだ。そして、彼にしか聞こえない声を出す。
「なに考えてんの!? なんでこんな敵地に堂々と乗り込んじゃってるの? あのお姫様!?」
「どうやら、現皇帝である彼女の父親に言われて、ここに来たらしい。うちの人質になりたいんだそうだ」
「ひ、人質!?」
コレットの叫びにヴィクトルも疲れた顔で一つ頷く。
「戦争終結時に、プロスロク王国はグラヴィエ帝国に土地も金銭も要求しなかったんだ。もちろん、関税や外交上有益になるようなことはいくつも押し通したんだけどね。どうやら彼女はその時の金銭の代わりらしい」
「はぁ!?」
意味がわからないとばかりにコレットがそう声を上げる。
普通、戦争終結となれば、敗戦国から勝戦国に戦争賠償金という名の金銭が渡る。もし、敗戦国の財政が厳しかった場合でも、土地を渡したりして賠償をする。
しかし、勝戦国にもかかわらず、プロスロク王国はそれをしていないというのだ。
「うちも戦争で相当疲弊していたからね。土地を貰っても管理できない、するお金がない。金銭を貰おうにも、相手はぼろぼろで払えないって感じでね。それに、当時は穏健派である父が国を動かしていた。今は半分ぐらいアルベール兄上が動かしている感じだけれどね」
ヴィクトルは困ったように頭を掻く。そして、コレットに視線を投げた。
「それで、俺は君に彼女の説得をお願いしたいんだ。国に帰るように言ってくれ。俺が『人質は不要だ』と何度言っても帰ってくれない。正直困っていたんだ」
コレットはその言葉に首を振った。その勢いは首が飛んでいってしまわんばかりだ。
「む、無理よ! アンタで無理なら、私が出来るわけないでしょう! なに考えてるのよ!」
「まぁ、ものは試しだから、一度やってみてくれないか?」
「あの……お二人とも。どうかいたしましたか?」
伺うような声に振り向けば、銀髪の少女は不安そうに二人を見つめている。
ヴィクトルはいつもの輝く笑顔を浮かべると、ステラに近づいた。
「すみません、ステラ様。うちの騎士は恥ずかしがり屋なもので、ステラ様の美しさに参っていたみたいです」
「まぁ!」
ヴィクトルの言葉にステラは嬉しそうに声を上げる。頬も桃色だ。
コレットは散々辺りを見回した後、呆けた顔で自分を指さした。
「ねぇ、ヴィクトル。その騎士って私……」
「コレット、黙って」
「……はい」
顔は笑顔だし、声も涼やかなのだが、その威圧感に屈してしまう。コレットが冷や汗を掻きながら視線を逸らしていると、ヴィクトルがコレットのことを手で指した。
「
「コレット様。まぁ、とても素敵なお名前ですのね。その少し女性のような響きも、大変美しいと思いますわ」
瞳を輝かせながらステラは胸に手を当てた。その瞳はどこか潤んでいて、先ほどの凜とした立ち振る舞いを全く感じさせない。
コレットはそんなステラの勢いに身を引きながらも、彼女の勘違いを正そうと声を上げた。
「あの、私一応、女せ……」
「コレット!」
鋭い響きで制されて、コレットは恐る恐るヴィクトルに振り向いた。彼は懐から一枚の紙を出し、コレットに黒く微笑んでいる。
コレットはその笑顔に寒気を覚え、身を震わせた。
(もう、やだ、ヴィクトル怖い!)
そんな震えるコレットに気付いていないのか、ステラはうっとりと染めた桃色の頬を両手で押さえながら、まるで恥ずかしがるように腰をくねらせた。
「あ、あの……。私、コレット様の勇敢な姿が忘れられませんの。ぜひお茶会にお誘いしてもよろしいでしょうか」
コレットはその問いに、一つ首肯した。
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