7

 コレットがここにいないはずの少年の名を叫んだ瞬間、まるで木々をなぎ倒すかのような突風が二人を襲った。その風は周りのものを舞い上げ、服をはためかせ、頬を張る。そうして集まった風達はコレットの前に集約すると、一つの小さなつむじ風になった。そして、そのつむじ風から一人の少年が現れる。

「はぁい! 皆の愛するティフォンちゃんだよ!」

「……」

 可愛らしくポーズを決めながら登場した少年の姿に、ヴィクトルは思わず固まった。そうして、まるで説明を求めるかのようにコレットを見る。

 しかし、彼女は彼の方を振り返らないまま、動きやすいように髪の毛を手早く一つに結び上げる。そして、ティフォンに話しかけた。

「ティフォン、あの火のところまで運んで! 森が焼けてるのかも! もしそうなら、早く消さないと大変なことになっちゃう!」

「おっけー! まかせといて! ……で、一人? 二人?」

 ティフォンがヴィクトルとコレットを交互に見ながら、にこりと笑う。その言葉に、コレットはヴィクトルの方を振り返り、少しだけ悩むように眉を寄せた後、声を張った。

「こんなところに残してもおけないし……二人で!」

「あいあいさー!」

 そう元気よく答えた後、ティフォンは柏手を打った。瞬間、二人の身体がふわりと浮き上がる。それはまるで、下からものすごい風に吹き上げられているようだった。しかし不思議なことに、皮膚にはさほど風の勢いは感じない。

「コレット、これは?」

「え? 《神の加護》でしょ?」

「この少年が?」

「そうよ」

 ヴィクトルの問いにコレットは不思議そうな顔をして答える。その顔には「どうして知らないの?」と書かれているようだった。

 不思議そうに辺りを見渡すヴィクトルをフォローするかのように、ティフォンが明るい声を出す。

「コレットー。僕らが皆、人型をとってるわけじゃないんだから、王族だろうがなんだろうが、初めての人にはわからないと思うよー」

「……そうなの?」

 コレットの疑問にヴィクトルは一つ頷く。

「あぁ、力を見たのは初めてではないが、力が人型をとっているのは初めて見た」

「正確には力は貸してるだけで、僕自身が力というわけじゃないんだけどねー。まぁ、王子様も言っているとおりに、僕みたいなのは珍しいタイプだよ!」

「そうなのね。他に加護を持ってる人と会うことがないから知らなかったわ」

 びっくりしたように目を瞬かせてコレットは一つ頷いた。

 コレットが知らなかったのも無理はない。王族以外で《神の加護》を持っているのはコレットだけなのだ。少なくとも、プロスロク王国内では、《神の加護》を扱える一般人はまだ見つかっていない。

 王族が人前でむやみやたらと力を使うことはないので、コレットは《神の加護》はこういうものだと思い込んでいたようだった。

 ティフォンは物珍しそうに視線を寄越してくるヴィクトルに向き合うと、元気な声で挨拶をした。

「はじめましてじゃないけど、はじめまして! はぐれもの・・・・・のティフォンだよ! 以後よろしくね!」

「あぁ、よろしく」

 ヴィクトルのたどたどしい返事に、ティフォンは満足げに頷いた。そうして、視線を外に向ける。

「さぁ、もうすぐつくよー!」

 僅か数分の間に三人は目的の場所まで辿り着いていた。その速さはそれこそ風のよう。

 眼前にあるのは煌々と燃える馬車だった。馬車の前方部ははじけ飛んでいて、その真下の地面には大穴が開いている。それは、まるで何かが爆発したあとようだった。

 前方部にいただろう馬はもうすでに事切れていて、馬を操っていた御者は見る影も無い。

 馬車の近くには二人の女性が倒れていた。一人は十歳前後の銀髪の少女。もう一人はコレットより少しだけ年上の茶色い髪の女性。

 コレットは近くにいた少女の方に駆け寄ると、彼女を揺さぶった。

「ちょっと、大丈夫!? 何があったの? 痛いところは?」

「ぅ……」

 女の子の目が薄く開く。その紫色の瞳はコレットを映して小さく揺れた。

「……ポーラは……?」

 掠れた声でそう言って、彼女は顔を巡らせる。そして、ヴィクトルが支え起こしている女性を見て、「ポーラ!」と声を上げた。

「ヴィクトル、彼女の様子は!?」

「問題ない。気を失っているだけだ。飛ばされたところが良かったのか、煙も吸っていない」

 コレットの問いにヴィクトルは簡潔にそう答える。そのやりとりを聞いて女の子は安心したように息をついた。

「よかった……」

「怖かったね」

 コレットは優しく彼女の額を撫でた。その温もりに彼女は頬を染める。そうして、安心したのか再び気を失ってしまった。

 そんな彼女を抱き上げながら、コレットは焦ったような声を出す。

「二人とも大丈夫そうなのは良いんだけど、……どうしよう。ここら辺病院なんてないわよね。孤児院に来てもらっても良いんだけど、布団あるかな……」

「……二人の身は俺が預かろう」

「いいの?」

 ヴィクトルからの思わぬ提案に、コレットの顔が跳ね上がる。

「あぁ。今から医者を探すより、うちの者に診てもらう方が早い。それに……」

「それに……?」

 彼女の問いにヴィクトルは「いや……」と言葉を濁した。そうして、切り替えるように顔を上げると、天を指さす。

「さっきので送ってくれると嬉しいんだが、四人はいけるか?」

「まっかせなさいよ!」

「また、コレットったら、無茶するー」

 コレットは意気揚々といった感じで胸を叩く。ティフォンのため息混じりの言葉も彼女の耳には届いていないようだった。

 そうして、コレットは三人を無事に城まで送り届け、長い、長い、一日を終えた。

 王子様からのプロポーズから始まり、少女を救った、本当に長い一日だ。


 しかし、物語はそこで終わりではなかった。


「コレット、結婚しよう」

「……なんで、アンタがここにいるのよ……」


 なぜならその二日後、コレットはまたヴィクトルから求婚を受けたからだ。

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