放課後アフタートーク
act.白鐘
思春期という戦争の真ん中で俺は何の武器も持っていない。俺が持っているのは、未練と好奇心と気持ちの悪い執着心だけだ。
寮生活というのは俺のような人間にはいささかハードルが高い。だが、そのハードルは飛んで越えなくてもいい。倒して走りぬいても、ましてや下をくぐってでもゴールさえしたらいいのだ。
ゴールに答えがあって、それを知れた後に何も残らなくてもいいと、考えているような俺にはこの寮という箱はちょうどいい。
星が丘高校の寮は男子寮だけで、私立高校だから業者でも入れているのだろう。レンガ造りの寮はそこそこ綺麗であった。三階建ての寮の開けられている窓からは騒がしい声が漏れている。
知らない人がたくさんいるところに今から乗り込まなくていけないのかと思うと、少し頭が痛くなってきた。
だが、ここで引き返すとまた家具の何もない寒い家で寂しく過ごさなければならないのかと思うと、ぞっとする。
寮の扉は案外重たく少し力を入れて押すと、ギイギイと年期の入った音をあげて鳴いていた。
「ようこそ、ハーレム王!!」
バンバンとか、ぱんぱんとか高い音を立ててその次にカラフルな紐が上から落ちてくる。声を上げようとして、息を吸い込んだがそんな暇もなく次々と、カラフルな色彩が落ちてくる。
「驚いた!?驚いたよな!」
「す、おうくん」
「久しぶりだねー!どう?なかなかの歓迎だったでしょ?」
キラキラと輝く金髪と自身に満ち溢れたまっすぐな瞳で俺を見つめてくるのは、食堂であったことある青年、周防晶だ。
両手には発射されたあとのクラッカーをたくさん持ち、嬉しそうにこちらに見せびらかすようにしている。少し焦げたような匂いがあたりに満ちている。
「こんばんは」
「うわ」
自己主張の強い周防の隣にいた青年に、俺は声をかけられるまで気づくことができなかった。
それくらいそこにいることを主張しない青年だった。全体的に黒く、長い前髪の隙間から同じく暗い色の瞳がのぞく。印象に残らないのが印象という感じだ。
「いや~城鐘くんが寮生だったとはな~嬉しいなあ!こっちは僕のルームメイトの凪。奥の食堂に同級生集めてあっからよ!いこうぜ!」
「え、ああ。よろしくお願いします。周防くんも寮生なんだね」
「そーそ!あ、僕のことは晶でいいって!凪も凪でいいよな!」
「うん。篠宮凪です。よろしく」
はきはきと流れるように話す晶とは違い、淡々と必要な単語だけを話すだけという印象が凪からはあった。
俺の混乱なんてものは気にもしない晶は、ずんずんと奥の方に進んでいく。凪も黙ってそれについていく。
なんというか、ホラーゲームとかではぐれて死にそうな二人だなあと思った。何となくだけど。
食堂は私服の青年たちであふれていて、それぞれが好き勝手に話をしていてまとまりがないという印象だった。
テーブルとパイプいすがセットになっているところもあれば、ソファで机を囲んである飲食店のような印象のスペースもあった。
ソファのスペースには全体的に柄の悪そうな青年たちがたむろしていて、正直こういうとこにもそういう階級的なものってあるんだろうなあという印象を受ける。
なるべく近づかないようにしようと、そこを避けて通ろうとした時だった。
「城鐘くん、どこ行くの?こっちだよ」
楽しそうに晶が何となく予想していたことを俺に冷酷に無慈悲に伝えてくる。
重たいため息が口からするりと出ていきそうなのを必死に息をのんで止めて、ソファのほうへと足を運ぶ。
「城鐘君大丈夫だよ。俺もいるし」
横を歩いていた凪が俺の表情から全てを察したのであろうささやくようにそう告げる。
その時俺はこの存在感のない青年から得体のしれない安心感を感じた。同類のような匂いを感じた。
男子たちとの交流会は晶の見事な司会進行企画力で人見知りする暇もなく、圧倒的情報量を俺に与えながら進行していった。
学校のへんなルールや教員の話、部活の話。それらは新入りの俺に教えるという論点が定まっているからだろうか信じがたいほどに止まることもなく、話を進めていく。
「でもさ~いいよな!城鐘2-7だぜ?真咲ちゃんと同じクラスだぜ?ほんといいよな~」
「だよなあ!七瀬ちゃんと同じクラスとかいい匂いするよなあ」
「まだ全然しゃべってないし、顔と名前一致しないけどな」
「それでもいいだろ!これから仲良くなるんだからよ!!俺にも何人か紹介してくれよ」
「やめとけ、やめとけ。お前じゃ城鐘の顔に泥塗るだけだぜ」
つがれたジュースを飲みながら、目の前をどんどんと流れていく話に耳を傾ける。
七瀬と姫川はやはり人気なのだろう。玉砕した話で何人もが共感しながら話している。
姫川の努力は誰かに確かに評価されていることを何となくだが、嬉しく思った。
「やっぱり一番の高嶺の花はさ~灰村だよな。いろんな意味で手が届かなくなったけど」
「だよな~あ、灰村の話知ってる?」
灰村、灰村百合子のことだったらここにいる誰よりも知っていると思いながらそれには蓋をして、首を横に振る。
途端に何人もの男子の目が輝いて我先にと話し出す。
「灰村百合子めっちゃ美人でさ~まあそのぶん、そっけなくてつんけんしてて性格はあんまり評判良くなくてさ」
「その灰村がさ、去年の12月くらいに学校で死んだんだよ。死体発見したの2-7の誰かだったよな」
「新聞とかにはさ~飛び降りって書いてあったみたいだけど実際はよ」
「おい、そのへんにしとけ」
晶が焦ったように話を遮ろうとする。邪魔をするなよという感情を込めて、晶の方を睨みつけると一瞬、たじろいだように晶の瞳が揺れる。
邪魔をしないでほしい、俺が知りたいのはこの先のもっと下世話で救いようのない話なのだから。
ここにきたのは外から見たあのクラスを知るためなのだから。
「実際は教室で花に囲まれて生首だけで見つかったらしいぜ!胴体は花壇のへんにぐちゃぐちゃになってたって!結局何が原因だかはわかんなかったけど、気味悪すぎてみんなしばらくしずんでたよな」
「いじめとかじゃないの?あれ、犯人捕まったんだっけ」
俺の言葉に何人かがそうなんじゃないかとか、結局証拠がとか曖昧な意見を次々と宙に浮かべていく。
俺が知りたいのはこんなことではない。
もっと核心に迫るこの高校にいた者しかわからないようなことだ。俺が知りたいのはー…
「いじめはないよ。灰村さんは連続殺人犯の犠牲になっただけ。運が悪かったんだ…かわいそうにね」
そう告げたのは俺の正面にいつの間にか座っていた凪だった。
その声は俺だけに向けたものだった。他の連中には届いていないのか、まだ好き勝手に言の葉を散らしている。
そう告げた凪の言葉には、敵意が入念に混ぜ込まれていた。
「いや~悪かったな。いろいろ急に話しちまって。城鐘くんの部屋は僕たちの横の202号室。ラッキーなことに1人部屋」
「俺もいろいろしてもらってありがたかった。ありがとう」
「今日は疲れたでしょ。夜はまだ冷えるから暖房入れとくといいよ」
凪の穏やかな言葉に思わず、ほっとする。さっきのは何だったのだろうかとおもうほど、穏やかにそう話す凪の表情は相変わらず俺には読み取れなかった。
「あれ、もしかしてもう歓迎会終わったのか?」
奥の201号室の扉から上半身裸の青年が出てくる。
手にトレーナーをかけていることから、今からそれを着ようとしていることが読み取れた。白くて薄っぺらい青年は髪の毛も白く、何もかもが雪のようだった。日本人ではないのだろう。ひょろりと長い手足からはどこか雪国のような雰囲気を感じる。
「お?真理愛ちゃん。演劇部今終わったの?」
「ちゃん付けするな気持ち悪い。星見 真理愛(まりあ)。こんな名前となりだが、日本育ちの男だ。一応、演劇部。よかったら見学に来てくれ」
「2-7城鐘です。部屋となりみたいだし、よろしく」
「あ、そうだ。マリアちゃんに報告せねば。こちら、城鐘君の隣の席の女子は」
「え?」
「神崎ちゃんです」
凪と晶が楽しそうに笑いながら俺の肩に手を置く。さっきまで涼しげだった星見の顔は、見る見るうちに青ざめていって、元々白い肌はもはや青に近くなっていった。
「し、城鐘」
「は、はい?」
「君とは仲良くできん!!絶対に」
そういって星見は大きい音を立てて、何かに躓きながら、自分の部屋に引き込まれていく。俺の後ろで二人は腹を抱えてわらっている。もはや笑い死んでている。
なんだかまためんどくさいことになりそうだと思うと、頭が痛くなってきてとりあえず笑いころげている晶に一発、蹴りをいれてみる。
なんというか、こういう男友達というのは随分と久しぶりだった。
この学校には俺の知らないことが多すぎる。
数週間前まで狭い自分の世界に生きていた俺にはそれが少し嬉しくて、それと同時にこれがあいつの失ってしまった世界なのだと思うと目の前が少しまた色を失った。
「よっ」
夜の22時を回った頃、訪れた来訪者は相変わらず明るい色合いで、俺とは違い光っているようにもみえた。
「さっきはどうも」
1時間か、2時間か。そのくらいぶりの再会できる俺はどうしていいのかわからずに、予測変換で出てきそうな言葉を選ぶ。晶は少し言いにくそうに、視線を俺からそらすと、また俺をみつめる。
「クラスはどう?もう慣れた?」
「…慣れはしないけど…なんだその母親みたいなテンション…」
「いや、どうなのかなあーと。男一人だし?いろいろあるじゃん?あー…その去年もいろいろあったからさ…」
晶の困ったような笑い方に少し、驚く。底抜けに明るいようなこの少年にも触れたくないような、わざとしまっておきたいようなことがあるのかもしれない。そういうのを俺は見るためにここにきたのだけど。
「去年いろいろあったのはニュースとかで知ってる。だから大丈夫だよ」
「あー…うん。そうだよな。お前は僕達なんかよりもよっぽど知ってるよな」
晶はまっすぐに俺を見つめて、それからまた視線をそらす。俺が言葉の意味を追いかけてる間にも、晶は自分の部屋のように歩いて行く。
「あ、おい!今のどういう…」
「僕たちって似てないよな。当たり前だけど」
晶はそう言って、扉に吸い込まれるように入って行く。彼の言葉にどんな意味が込められていたのかを、俺はまだ知ることはできない。
閉ざされた扉の奥で彼がどんな顔をしているのかを、誰も知らなかった。
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