第61話俺がダンジョンでソロならばっ!

 サツキを仲間にしてから数週間後、俺は一人で、ダンジョンに潜っていた。洞窟型のダンジョンだ。

 何故かと言うと、実はティアとメアとは別行動をしているのだ。おおよそ幼女には見せたくない光景が広がることが想像に難くないからだ。教育に良くないと思うし。


 ということで俺はアンデッドが多いと言われるマイケルというダンジョンに潜っている。名付けた人がマイケル・ジャンクションという名前だからだそうだ。

 ここ最近発見されたダンジョンで、元は本当に普通の洞窟だったらしい。ニーアにそんなことがあるのかと聞くとあまり事例がないことらしく、ギルドが調査のために冒険者を度々派遣しているらしい。

 しかし、攻略は難しいようだった。数多くのアンデッドは打たれ強く、頭を一気に潰さなければ直ぐに再生するらしい。ギルドもその打たれ強さと数の暴力で二の足を踏んでいる。ただ、死んだ冒険者がいないのが奇跡だと言っていた。


 あ、一応言っておくと、別に奥から『ポウッ!!』とかは聞こえないから安心してほしい。あの人はきっと天国で幸せにしてます。


 まあ、ここに来た理由はあれだ。ここを攻略すれば大量のお金が貰えるということもあるが、それ以上にこの前サツキを倒そうとしたときとかに、油断してしまったことだ。確かに女だからという理由もあるが、それよりも人型の魔物、魔族を殴る勇気がなくて、気絶させるに至らなかったのだ。

 またサツキに操られかけたように油断してしまっては、俺はともかくティアやメアに危険が及ぶかもしれない。それだけは避けたい。

 その為に人型かつ、日本でも『バイ○ハザード』で殺し慣れているゾンビで特訓しに来たんだ。


「ヴァァ…アァ………」


 とか考えていると目の前の土からおぞましい声とリアルな質感のゾンビが出てきた。


「うわグロい…てか臭いっ!?」


 思った以上に見た目はかなりグロい。所々体の肉が削げていて骨が覗いている。ゲームとかでは感じられない質感だ。

 それに体から血ともヘドロともとれないようなドロドロとしたものが流れ落ちてる。あれが臭いの原因か…腐乱臭の臭いだ。


「ア…ヴァ……ヴァァ……」


 近付くと、此方に気付いて歩いてくる。走れないのかゆっくりとした足取りで近付いてくる。


「ゾンビはここを狙えば終わりだろっ!」


 俺は素早く近寄って頭を叩く。籠手から伝わる感触は、グチャリと頭蓋骨を壊したとは思えないほどの柔らかさ。嫌な感触だ…多分腐っているから脆いんだろう。


「ァ……ァ…ア」


 頭を潰した筈のゾンビがまだ地面でもがいている。聞いていた通りの打たれ強さだ。しばらくすれば死ぬだろうが見ていたい光景ではない。


「うぅ…気持ち悪い……」


 そのあまりにも現実離れした視覚情報に頭がクラクラする。やばい、何か込み上げてくるものがあるぞ…


「は…はぁぁぁ…!」


 朝ごはんが胃から逆流してくるような錯覚を覚えながら、遠くから聞こえる声に気が付く。

 今のは俺の声ではない。多分奥に誰かがいるな。


 俺はゾンビたちのあのヘドロのようなもので少しぬかるんだ地面を駆ける。かなり遠いところから聞こえた。いつのまにか耳も良くなってるみたいだ。ステータスのお陰か?今度見てみないとな……





「うぅ……はぁ……はぁ……なぜ私はこんな魔法しか……」


 声の主の側まで行き、近くの岩影から覗くと、何故かゴスロリチックな服装をしている女の子が立ち尽くしていた。

 悲しげな雰囲気を纏い、ここからではその表情は伺えない。


「でも…私には、これしかないから……!『死霊召喚(ネクロマンス) 屍鬼(グール)』!!」


 少女が呟くと地面に魔法陣が現れて、少女の周りからボコボコと土からゾンビが出てくる。それはゲームですら見たことないような光景だった。

 可憐な少女が見るのも憚(はばか)られるような死体に囲まれている様子はホラー映画のワンシーンを思い出させる。


 しかし、現実はホラー映画とは違う。映画ならばゾンビたちは少女を襲うだろうが、ゾンビは目の前の獲物少女には目もくれずに、宛もなく周りをさまよう。


「『死霊使いネクロマンサー』…?」


 死霊使いネクロマンサーは、確かゾンビなどを召喚して使役する悪魔だ。もしかしてあの少女がこの洞窟をダンジョンに変えたのか?


「誰!?」

「…ッ!」


 さっきの呟きが聞こえてしまったらしい。少女はこちらへ振り向いて叫ぶ。俺は息を潜めて何もないフリをする。


「誰か…いるのか…?」


 周りのゾンビが此方へ近付いてくる。ゾンビに指示が出来るのか?やっぱり死霊使いか。

 急な展開に心臓がドクンドクンと早鐘を鳴らすように脈打つ。


「出てきたら危害は加えないから…出てこい」


 明らかな嘘を少女は呟く。

 ふむ…


「悪い、盗み見るつもりはなかったんだ。」


 俺は諦め、両手を上げて立ち上がる。別にゾンビたちを倒すことが出来ないわけではないが、無駄な戦闘は避けられるのなら避けたい。こんな大勢のゾンビに囲まれるのは勘弁願いたいね。


「なんだ、人間か。怖かった…幽霊かと思った」

「ゾンビを召喚してるくせによく言うぜ」

「む、これはゾンビではない。屍鬼(グール)だ。」

「屍鬼?ゾンビとは違うのか?」

「当たり前だ。ゾンビよりも頭がいいのだ。ゾンビは指示しても聞かないからな。屍鬼は言うことを聞いてくれる」


 少女はすこし腹を立てたようにして言う。周りのゾンビ…じゃない、屍鬼はその場で立ったまま動いていない。本当に指示が出来るらしい。


「そうか、屍鬼か。で、俺はどうなるんだ?このまま殺されるのか?」

「殺す?ははは!」


 少女は想像もしてなかったと言わんばかりに笑う。


「私は人を殺したことなんてないぞ。そんな勇気もないしな!」

「でも俺みたいな冒険者達がたくさん負傷を負っているぞ?」

「なに!?それは本当か!?」


 驚愕の表情を浮かべて確認をしてくる。


「嘘をつくメリットがないだろう。まさか故意じゃないのか?」

「当たり前だろう!人を傷付けるなんて罪じゃないか!」

「じゃあなんで負傷した奴が出てくるんだよ」

「ぐ…確かに…ちょ、ちょっと待ってくれ」


 少女は焦った表情で俺から目を離して近くの屍鬼に話しかける。

 え?なんで話しかけてんの?そんなの話が通じるわけが……




「なぁグーちゃん、もしかして冒険者を傷付けた?」

「ヴァァ……ァ……アア」

「本当か!?何故だ?」

「ヴァァ……ヴ……ァ」

「襲ってきたから?それでそれで?」

「アァ……ァ……アァアア」

「そんなことが!?それは確かに…」

「ヴァァッ!ヴァッヴァッ!」

「わ、分かった!分かったから落ち着け!」

「ヴァァ……」

「よし、ある程度分かった。ありがとう」

「ヴァ?」

「よし、そこの冒険者。話は分かった、すまなかったな、こちらの不手際だったみたいだ」







「いや分かんねえよッッ!?何一つわかんねぇよッッ!!!なんでそのゾンビは言葉通じてんだよ!あと最後絶対疑問形だったよな!?本当に話が通じてるのかっっ!?」


 色々とびっくりだよ!!ずっと意味のわからない会話を続けやがって!日本語でよろしくお願いします!!


「な、なんでそんなに君が怒っているのかは分からないが、落ち着いてくれ」

「あ、悪い、ちょっと感情が爆発しちまった」

「えっと、本題に戻るが、どうやら人間を襲ったのは本当のようだ、悪かった。ただ、こちらの言い分も聞いてくれ。この屍鬼たちには悪気はないんだ」

「どういうことだ?」

「うん、実はだな……」



 少し話が長くなったので省略して要点だけ説明すると……


「屍鬼に敵意はなく、むしろ人を見つけて興味を持ち、仲良くなろうと近付いたら何故か襲ってきたのでやむ無く応戦した。ただ絶対に殺さず、最低限の応戦をしただけだから許してほしいと。」

「ヴァァ」

「そういうことです……と言っている」



「分かるかぁッ!!」

「えぇ!?何故だ!確かにグーちゃんたちは少し人と違った容姿をしてるがこのはみ出ている目玉もよく見たら可愛く…」

「見えねえよ!ただおぞましいだけじゃねえか!?ていうかグーちゃんって誰だよ!可愛らしい名前じゃねぇか!」

「グーちゃんはグーちゃんだ!屍鬼(グール)のグーから取ってるんだ!」

「それは分かるわ!そういうことじゃないだろぉっ!」

「グーちゃんの何が悪い!なぁグーちゃん!!」

「ヴァ?」

「あ、すまない。君はグーちゃんじゃないな」

「お前も分かってねえんじゃねえか!?何がグーちゃんだよ!!」

「あぁもううるさいなぁ!!グーちゃんは私の大切な友達なんだぞ!バカにすると許さないからな!」

「あぁはいはい!そんな友達を間違えるなんてグーちゃんは可哀想だな!」

「ヴァ、ヴァァア(二人とも、落ち着いて)」

「「お前は黙ってろッ!」」

「ヴァっ!?(なんで!?)」


 俺たちの戦い醜い言い合いが終わるのに、あと十分は掛かったのだった。



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