8.直接対決

 午後六時〇一分。江田処刑場、中央広場。


 本来ならば、緊張感で満ちていたはずの室内には、なんとも微妙な空気が漂っていた。

 広場の中心には一人の少年と男が居る。少年は床の上で膝立ちしており、そこから二、三歩離れた所で、男が呆気に取られた顔で立っていた。 

 少年の唇が震える。複雑な表情をしていた。怒っているのか、泣いているのか、その口は何かを言いたげにハクハクと開く。


(なに、やってるんだよ……馬鹿野郎)


 二人の視線の先にはもう一人、窓際に黒ずくめの男が立っていた。黒いフードに黒いズボン、バッシュ、そして手袋。右手に握られたエアガンも黒い。

 今にも闇に溶け込んでしまいそうなその格好は、異質な顔によって引き留められていた。とても目立つ顔、否、仮面だった。それもそうだろう。あの顔は「歴代もっとも、インパクトのあるキャラだらけの話」として知られる、昔の漫画から来ているのだ。際立って見えるのは当然のこと。

 だが、問題はそこではない。

 この漫画は随分と昔、それこそ九十年以上も前の物だった。今ではそれを知る者は昔人だけで、他にはいないはずだ。いるとすれば、それは少年――草地以外に、あと、一人だけ。


(金城……)


 誠の阿呆である。幾ら顔を隠すためとはいえ、その面は些か目立ちすぎていた。

 ふざけているのか、と草地は僅かな苛立ちを覚えた。そもそも何故、彼奴は此処にいるのだと顔をひきつらせる。

 だがそんな草地の気持ちなど露知らず、金城は左手に握る鉄パイプを掲げた。目を凝らしてみると、それには導火線が付いており、爆弾のように見える。草地の側に立つ男――玖叉は、その鉄パイプと床に散らばる硝子の破片を交互に見て理解した。なるほど、どうやらアレと同じ爆弾ものを利用して、窓を破壊したらしい。

 じゃり。破片を踏みしめる音が室内に響く。仮面越しに、金城が口を開いた。


『――その男をこちらに渡せ。さもなくば、コレを爆発させる』


 変声期を使っているのだろうか、機械的なその声は本気のようで、右手には小さなエアガンの他に、火の点いたライターを握っていた。どうやら脅しているようだ。


「……自分も、死んでも良いってかぁ?」

『今、此処で目的を果たせなければ死んだも同然だ。変わらない』

「ほう……?」


 狂気的な笑みが玖叉の顔を飾る。


「なるほど、完全にわけだ……わかった」


 両手を上げて降参の意を示す玖叉に、不覚にも金城の気がホッと緩るんだ。それがいけなかった。

 一瞬だ。たった一瞬で玖叉は金城の目の前まで迫り、拳を振り上げた。

 風圧を感じて思わず横へと金城がよろけたその瞬間、轟音と共に後ろの壁が吹き飛ぶ。そこは、金城が先ほどまで立っていた場所だ。

 穴の開いた壁、パラパラと落ちるコンクリートの破片、その残骸を見て金城と草地は唖然とした。

 壁を殴ったにも関わらず、玖叉の拳は多少の擦り傷がついた程度で、その傷も次の瞬間、見る見る内に消えてゆく。ゴクリと、金城の喉が鳴った。


(どんな、力……いや、手ぇしてんだよ)


 頬に、一筋の汗が伝い落ちる。やはり、この男は化け物だ。 

 じりじりと後退して、なるべく玖叉から距離を取る金城。奴から目を離すことは絶対に出来ない。あの脚力なら、一瞬でここまで攻め入られるからだ。

 気を限界まで張り詰めながら、エアガンの引き金に指を伸ばす。


「おいおい、まさか、その玩具で俺とやりあうつもりじゃねーだろーな?」


 そのまさかだ。金城には最初から玩具しかない。こんな大事件を起こしてはいるが、奴は一般人だ。本物の武器など持っているはずがないのだ。

 素早く玖叉に照準を合わせて引き金を引く。五ミリ程のプラスチック弾が連射された。玖叉が顔を庇うように腕を翳す。その隙に、金城は壁際の柱へと走り出した。


「ああ……?」


 訝し気に唸る玖叉の声が聞こえた。

 だが、気にせず素早く柱の後ろへと回り込み、息を吐く。くそ、と金城は思わず舌打ちしたくなった。


(まじで化け物かよ。草地から、ますます遠くなっちまった)


 あのまま草地を連れて外へと逃げ出してもよかったのだが、生憎と金城にはそんな余裕は無かった。

 二人で逃げようとしても、背を向けたその瞬間、あの壁のように体に風穴を開けられるのがオチだ。想像した途端に、焦りと恐怖心が再び込みあげてきた。


(どうすればいい、どうすればいい? 脅しが効かなければこんな玩具も効くわけが無い……いや、幾つかの凶器はあるが……駄目だ。俺の運動神経じゃ奴に届かない)


 正に、前門の虎、後門の狼。

 此処まで侵入する策を立ち上げることは出来たが、どうしても玖叉に対抗する手段が思い浮かばなかった。己の不甲斐なさに、金城は唇を噛んだ。

 そろり、と柱の後ろから顔を出して現状を確認した。二人とも、先ほどの位置から一歩も動いていなかった。


「おいおい、隠れてどうすんだよ。そんなんじゃ目的果たすどころか、此処からも出れねーぞ。Idiot」


(余計なお世話だよちくしょう。お前があっち行ってくれれば、こっちはすんなりといけんだよ!)


 なかば八つ当たりのように、金城は毒吐いた。


(とりあえずこのままじゃ、あっさり見つかって捕まっちまう。他の柱に移ろう)


 幸い、柱は何本も並ぶように立っており、敵を錯乱するには丁度良かった。こそこそと、音の鳴らないバッシュで床を踏みながら、柱の後ろを移動する。玖叉は其れに気付いていないのか、一向に、先ほどまで金城が潜伏していた柱から視線を外さなかった。


「……移動してんのか」


(――ぎっくうぅ!)


 実際にそんな音がしたわけではないが、金城は思わず心の中でそんな擬音語を発してしまった。


(っどんだけ鋭いんだよ!? 野生の獣かテメーは! ……いや、あながち間違ってはいないか)


 切羽詰まった状況に居るくせに、随分と余裕のある思考だ。だが、実際には足が震えていた。金城の心中に走る言葉は全て虚勢でしかない。

 それでもやるしかないんだと、金城は再びエアガンを構えた。柱の後ろから、もう一度男に照準を合わせる。


「んなことしたって、意味ねーよ。良いからさっさと出てこいId――っ!」

「――ぁ!!」


(あ……)


 命中した。それも男の急所である――目に。

 その事実に、金城はなんとも形容しがたい感情を覚えた。


 玖叉は人間の急所の一部である眼球に小さな弾を撃ち込まれ、咄嗟に手で目元を覆い隠した。ポロリ、赤く染まった弾が男の指の隙間から零れ落ちた。片目を覆いながら前屈みになる奴を見て、草地も金城も、苦虫を嚙み潰したような顔を見せた。

 ――それは、草地を連れて逃げる大きなチャンスではあったのだが、金城にそうすることは出来なかった。……初めてだったのだ、誰かを傷つけたのは。

 急に手の中の玩具がズシリと重くなった気がして、金城の腕がだらりと、垂れ下がる。エアガンが、本物の銃の様に恐ろしく思えたのだ。

 初めての経験に、金城は戸惑った。

 草地も似たような気持ちでいるのか、それとも友達が自分のために引き金を引いてしまったのが辛いのか、悲痛の表情を浮かべていた。


「……やってくれたな、Idiot」


 静かな声が響く。そこに温度は無く、金城が使っている変声期よりも無機質に聞こえた。

 ゆらりと、男が仰け反る。あらわになった顔を見て――金城たちは、驚愕した。

 潰れたと思った眼球に、なんの異常も見当たらなかったのだ。血も、傷も、何も無かった。金城たちは、己の目を疑った。男は確かに目を怪我したはずだ、それなのに、なぜ


(……まさか、)


『――ESPみたいな物だよ』


 篠田の言葉が、草地の耳奥で蘇った。そして頭が、瞬時に理解をする。


(再生能力ってやつ、か)


 まだ、信じられない気持ちではいるが、既に現実として見ているのだ。受け入れるしかない。玖叉は異常な再生能力を有している。草地の背にじわりと嫌な汗が滲んだ。対して金城は困惑していた。だが、やはり馬鹿なのか、


(もしかして当たってなかった? いや、でも。うん……化け物だし、うん。ありえるよね、なーんて)


 ――なんて、阿呆なことを考えていた。

 そんな二人の思索など知るはずもなく、玖叉は構わず拳を構えた。


「良いぜ。Carry on with your hide and seek《そのまま隠れんぼを続けてろ》」


 そんな流暢な英語が聞こえた。かと思えば、――奴の傍にあった柱が、見事なに、歪んだ。


「それはそれで面白ぇ。引きずり出してやるよ」


(……まじでか、)


 金城の顔から血の気が引いた。

 男は宣告通り、次から次へと柱を破壊していく。金城はなんとか逃げ惑うが、一分も経たないうちに見つかってしまった。

 目の前の柱が、歪な形へと変形する。


「よう。待ったか?」

(っなわけあるかぁぁぁぁあ!?)


 金城は叫びたい気持ちでいっぱいだった。仮面の下から、次から次へと汗が噴き出す。そのせいで顔は蒸れ始め、呼吸が荒くなった。

 だが、そんな金城の様子などお構いなしに、玖叉は拳を再び繰り出す。


(ちょっとまったぁあ!)


 ブオン。現実的にありえない風切り音が金城の耳元を横切った。次から次へと飛んでくる拳を金城は命からがら躱す。男の表情は楽しげだった。口は弧を描き、目がギラギラと輝いている。


(遊ばれてるのか!?)


 一撃一撃、拳を突き出す瞬間、一呼吸の間を置いているのが分かり、男がわざと自分に躱させていることに金城は気付いた。


(どういうつもりだ?)


 その意図を理解しようとした瞬間、鳩尾に打撃が入った。


「っ……」


 固いものが腹に減り込み、そのまま反動で後方へと吹き飛ばされる。体が宙を飛んだのが金城自身にも分かった。

 どさり、コンクリートに肩から叩き付けられ、そのままゴロゴロと壁際へと転がっていく。鳩尾に重い衝撃を食らったせいで、一瞬息が止まった。次に胃液が喉まで競り上がり、口から吐き出される。舌に酸味が広がった。息を吸い込もうとするが逆に咽てゴホゴホと咳き込む。

 ズキズキと腹や腕の肉が鈍く疼きだし、金城は苦痛で顔を歪めた。

 エアガンは手の届かないところまで、床の上を滑っていってしまった。


「よお、大丈夫かぁ?」


 気にかけるような言葉ではあったが、実際には、玖叉は笑っていた。笑う男の後ろでは、草地が焦ったような顔をしている。金城の元へと駆け寄ろうとするが、その前に横から飛び出した足によって転ばされて、前倒する。

 無様に倒れこんだ草地を無視して、玖叉は壁際に横たわる金城へと、ゆっくりと歩み寄った。

 苦痛に耐えながら金城は、背中のリュックから転がり出た冷却スプレーへと、手を伸ばす。そうして、男が半径一メートル圏内に入ると、ヨロヨロと立ち上がった。

 男の手が伸びる。金城は瞬時にスプレーを構えた。


「おいおい、そんな物で何をするつもりだ? 爆発でもさせる気か? そりゃ――!?」

「っ……」

 

 炎が、相手の顔を襲った。

 スプレーの中身を噴き出す瞬間、金城は手の内に隠し持っていたライターの火を、そのままスプレーの口に持っていくことで、大きな火を起こしたのだ。不意打ちの攻撃に玖叉の視界が眩む。炎が奴を焼き尽くすことはなかったが、火傷を負わせるくらいの威力はあった。

 鋭い熱がジリジリと肌を刺し、痛みに呻く。


「くっそ、何だ今のは!?」


 吹き出る炎に玖叉が目を白黒させているうちに、金城は後方の柱へと再び逃げ込み、そこから別の柱へと身を隠した。これで、状況は逆戻りしたわけだ。

 その事実に、玖叉は煩わしさを覚える。


「おい、Idiot。テメー正気か? また隠れんぼを始めようってか? あぁ?」


(……うるせぇ)


 金城の呼吸は乱れていた。心臓がバクバクと脈を打ち、身体がみっともなく震えている。

 痛む腹を押さえる。――骨は折れていないと思うが、


(……内臓を潰されたかと思った)


 おそらく男は、本気で自分を殴ってはいない。でなければ、今ごろ死んでいる。壁を破壊したあの腕力を直に受けて、無事で居られるはずがないのだ。


(……間違いなく、俺で遊んでやがる。まじでゲーム感覚ってわけかよ。やっぱっ……)


 可笑しいだろ、と金城は小さく吐き捨てた。

 少なくとも自分はこの戦いに命をかけている。だというのに、だ。あの男はこの状況を、まるで娯楽のように楽しんでいた。それに金城は怒りを覚えると同時に、恐怖を感じた。あんな化け物を相手に、どうやって勝てというのだ。

 どんなに頑張っても埋められない力の差――それは、正に弱肉強食の世界を体現していた。玩具の様に狩られる弱者自身の未来しか、金城には思い浮かべることが出来なかった。


(……どうすればいいんだよ)


 柱に背を預けて、瞳を固く閉じた。

 肌は栗立ち、足は竦み、手は震えていた。仮面のせいか、息苦しい。

 思考が行き詰って、歯軋りをする。


(……もう、このまま)

「なあ、Idiot。知ってるか? 腕を切断されるのと折られるの、どっちが痛いか?」

「っ……は、」


 突拍子のない言葉に、金城の反応が一瞬遅れた。


(今度は、腕をやるってか……?)


 はは、と金城の口から渇いた笑いが漏れる。

 さすがは強者、その言葉の端端からは自信と余裕が溢れ出ていた。次は、腕を折られるのか。そうか、そうか。

 金城は半ばやけくそ気味に、自嘲気味に、玖叉の次の行動を待った。

 そうして、次の瞬間――。


「教えてやるよ、答えは」

「えっ……?」


 ――ポキリ。

 プラスチックが折れるような音が、した。


「――っァ! う゛、あ、あ゛……!」

「やりかたによる、だ。ああ、でも一瞬でやるんなら、切断するほうがいてーかな」


 小さな音だった。それこそ、室内が静寂で満ちていなければ聞こえないほどの、小さな、小さなだ。


(いまの……)


 音につづいて聞こえた草地の呻き声に――嫌な予感がした。


 金城は柱の後ろから僅かに顔を覗かせた。

 視界の向こうでは男が悠々と、蹲る草地を見下ろしていた。男の視線の先を、そのまま辿る。すると、其処には――ありえない方向へと曲がっている、腕があった。


「……なん、で」


 時が止まったような気がした。

 頭が真っ白に染まり、視線を食い入るようにその腕へと向ける。

 見れば見るほど、その腕がありありと、可笑しなことになっているのが分かった。右の前腕がいつもと真逆の方向を向いているのだ。

 床の上に蹲る草地はその腕を抱えて、必死に痛みに耐えているようだった。見事に曲がった下腕から、骨が突き出ている様子はない。だが、二つに別れた骨がテントの様にその浅黒い肌の下で盛り上がっているのが分かった。異様な色に変色したその箇所は、普通に折れた腕より、より痛々しく映った。

 草地の額には脂汗が滲み、苦痛にもがく目と唇は固く閉ざされていた。眉間の皺が二重にも三重にも寄せられ、その顔の険しさを際立たせている。


 金城は、思考を放棄した。


「っ……あ?」


 柱から飛び出してそのまま男の元へと一直線に駆け出す。いつもより力強く踏み込む足は、気のせいか普段より数倍早く走っているように見えた。

 一秒にも満たなかったかもしれない。

 実際にその走りはそんなに早いものではなかったが、それでも玖叉には一瞬のように感じられた。

 一息で奴の懐へと潜り込むと、金城は拳を振るう。


「くはっ!」


 それを躱して、玖叉は笑った。

 飛んでくる拳はどれも奴にとっては軽いものだったが、少年から発せられる怒気が、不思議と奴の胸を高揚させたのだ。


(……良い)


 快感にも似たそれを感じて、玖叉は思わず足を出す。それは見事に金城の鳩尾に当たるが、それでも金城は止まらなかった。

 一瞬崩れ落ちそうになった体制を右足で踏ん張ることで立て直し、背中から鈍色に光る獲物を取り出す。


「お?」


 顔へと突き出された鋭利な先端をすんでのところで玖叉は避けて、視線をその獲物へと向けた。

 ――包丁だ。


 金城は息切れしながらも狂ったように包丁を振り回した。

 玖叉はそれを初めは愉快そうに眺めながら往なし続けていたが、しばらく続くと段々と飽きてきたのか、つまらなそうに眼を細めた。

 バチン、手首を軽く叩かれて金城が包丁を落とす。その次の瞬間、右から衝撃を感じて、気が付いたときには、金城は蹴飛ばされていた。

 床の上をまた転がりはしたが、嘔吐することは今度はなかった。どうやらまた手加減されたらしい、それもかなり。


「……つまんねぇな。テメー、それ以外に芸は無えのか? まさか本当に一般人かぁ?」


 玖叉のその言葉にピクリと反応したのは未だに床に蹲る草地だった。だが、玖叉はそれに気づくことなく、コツコツと靴底を鳴らしながら、随分遠くへ飛んだ金城へと歩み寄る。


「力も無ぇのになんでここに来た? 下らねぇ友情ごっこや家族愛か? それとホモかテメぇ?」

「……んなわけあるか」

「ああ?」


 もがきながら痛みで震える腕を支えに金城はもう一度立ち上がる。けれどやはりダメージは大きかったようだ。

 前屈みになって腹を抱える金城。腕を隠すように胴体の下へと手を伸ばす。

 蹲ったまま、金城は口を開いた。


「……草地そいつなんざのために動いた覚えなんぞ、これっぽっちもぇーよ」

「じゃあ、何でだ?」

「……決まってんだろ――」


 にやり。少年が――仮面の下で笑った。


「自分の為だよ!」


 丁度十メートル、草地と玖叉が、互いから離れた時、金城は袖の下に隠し持っていたある《物》を、玖叉に投げつけた。

 ――手作りの爆弾だ。

 導火線は既に点火しており、あと五ミリで火薬に届くところだった。

 赤い灯が白い紐を伝って、鈍色に光るパイプへと差し掛かる。

 玖叉の瞳に、はっきりとその光景が映った――その、瞬間。


 玖叉の眼前で、それは爆発した。


 そして、瞬きする暇もなく。中に詰められていた釘などの鋭い鉄物が、爆発で勢いよく拡散し、玖叉を襲った。


「がっ……」


 体中に異物が刺さるのが男には分かった。

 その衝撃で床へと崩れ落ち、揺れる視界の中、焦点を必死に合わせようとする。

 男に、大きな隙が出来た。

 金城は急いで草地の元へと駆け寄り、無事な方の腕を肩に担いで奴を立ち上がらせる。


「いくぞ!」

「……おまえ、」


 驚愕した顔でこちらを凝視する草地の様子などお構いなしに、金城はそのまま奴を移動させる。


「時間が無ぇ! 急げ!」


 自分が侵入してきた窓から出ようとするが、その道中に玖叉が居ることに気づき、何時また再生するか分からない奴に捕まらぬよう、自分たちの位置から、最も近い広場の扉へと走りだした。


 なんとか広場から脱出できた金城たち。だが彼らは今だに《籠の中》。

 ――『追いかけっこ』という名のデスゲームが、始まろうとしていた。




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