5.犯人の正体
草地は唖然としていた。
釘崎たちが車から降りている間に、ヒョッコリとドアの向こう側から現れた黒い物体。人型のそれはプラスチック製の《
草地はコレを何度か、デパートの玩具売り場で見たことがあった。
――《
今、最も流行っている人型のホビー用小型ロボット。
『スケルトン』と呼ばれる骨組みに、『アームプレート』と呼ばれる外装パーツを取り付けたもので――『スケルトン』には、バッテリーやモーター、コントロールメモリといった、ロボットを遠隔操作できるパーツが内蔵されている。
頭部の《眼》は視覚センサーが導入されており、コントロールメモリ同様、持ち主の《
『スケルトン』と『アームプレート』は、数えきれないほどの種類があり、これらをプラモデルのようにカスタマイズすることによって、《自分だけの機体》を組み立てることができる。簡単に、手軽に、作れて遊べ、子供たちの間では『バトル』が出来る大人気の玩具だった。
草地はじっ、とそのロボット、いや、ドールを凝視する。
十センチ程の背丈があるドールには、小型のケータイが背中に貼り付けられており、通話モードになっているのが見えた。デザインからして、百円均一で買えるケータイ、というよりは安物の通信機だ。最近子供がお互いに連絡を取り合うのに使っているやつだろう。
その通信機から、なぜか釘崎たちの声が、微かにだが聞こえてきた。
――まさか、この近くにもう一つ、ケータイがあるのか?
勘の良い草地は、例の《障害物》に携帯が取り付けられていることに、気がついた。
(……だが、何のために?)
ドールはピョンと運転席の上へ飛びあがると、車のモニターをポチポチと操作し、主導で車を静かに閉めた。すると、
『――障害物の撤去を確認。発進しますか?』
AIの声に答えるかのように、ドールはその小さな手で、モニターに表示された『Yes』のボタンを押した。
『――乗車している人数が足りないように思えます。ご確認ください』
それに応えるかのように、ドールは器用に背中へ手を回す。
「……?」
ケータイに触れるが、動く気配が全く無い。まるで、何かを待っているようだ。そして、しばらくするとドールはケータイの音量を上げた。
『……我々は此処に居るコレで全員です』
「!!」
釘崎の声がした。
そこで、ドールはケータイの通話を切った。
AIの声が、響く。
『――承知いたしました。釘崎死刑執行官の指示に従い、発進します』
唖然とする草地を置いて、AIの合図で車が静かに、猛スピードで走り出した。どうやら、先程ドールがモニターを操作する際に、車の運転スピードを上げたようだ。行き先もモニターのマップを見る限り、変わっているように見える。
「……いったい、どこへ」
草地は困惑した。
突然、急変した事態。ドールを除けば、走り出している車に乗っているのは自分一人だけ。不安が、胸の奥から湧いてきた。
自分は、一体、どうなるのだろう。
ゆっくりと視線を元凶の《ドール》に向ける。ドールもまた、運転席から、じっ、と後ろの座席に座る草地を見つめていた。
小さな円らな瞳――否、《アイカメラ》がこちらを注視している。指はなぜか親指を立てた「いいね」ポーズだ。無機質な体とは対照的にお茶目に見える仕草は、残念ながら草地の目には異様に映った。
――なんだ、こいつ。
冷や汗が額から垂れる。ごくりと、喉が音を立てた。
草地は警戒するように、座席の上で後ずさる。その様子にドールは姿勢を解き、しばしの間、沈黙した。
十秒、二十秒、あるいは一分。それぐらいの時間が経つと、ドールが再び動き出す。
「……え?」
左腕を垂直に上げ、手首を内側へと直角に曲げる。反対に右腕は、肘から先が床と平行になるように曲げ、同時に右足も同じように曲げる。そうして、ドールは左足一本で立ち、あるポーズを取った。
―――シェ―のポーズだ。
今では誰も知らないソレは、お爺さんお婆さん、或いは草地と金城しか知らないポーズだ。金城の家で読んだ『おそ●くん』という凄く古い漫画から来ているギャグだった。よく金城がふざけて真似していたのを、草地は覚えている。
「……まさ、か、」
―――そんなはずはない。
草地は浮かび上がった可能性を瞬時に頭から否定した。ありえない、あの男にこんなこと出来るはずがない。草地は目を瞑って奴のことを思い出す。
奴は、金城理人は普通の一般人だ。爆弾など入手できるルートも知らないし、そんな危険な輩とも関わりあったことがない。目の前の《ドール》はともかく、こんな危険な犯行を起こせる道具など持っているはずがないのだ。こんな、こんな精密な計画を、あの男に立てられるわけがない。
失礼だが、あの男は馬鹿だ。こんな簡単に犯行を起こせる脳を持っていなければ、技量さえも持たない。
否。そもそも、それ以前に、あの男にこんな事が出来る筈が無い。奴は健全な精神を持った健全な市民だ。こんな犯行、思い浮かべる事も出来なければ、理由も――。
「……まさか」
草地はハッ、と息を呑んだ。
身体が震えた。なぜかは分からない。恐怖か、不安か、罪悪感か、あるいは――。
ありえない、そんなことはありえない。
草地はその思いを端から否定する。自分は奴と喧嘩をした。罵倒を浴びせ、たくさん傷つけた。何度も酷いことを言った。だから、来るはずがないのだ。あの男が――。
真っ白になった頭と反して、涙が溢れそうになった。捨てたはずの感情が戻ってきてしまいそうだ。
――いけない。
草地は背中を折って、身を縮こまらせた。心臓の鼓動が早まり、胸の奥から何かが競りあがる。目に熱がともり、鼻の奥が濡れた。
震える唇を、噛み締める。
「……ちがう、」
―――そんなはずがない。
様子の可笑しい草地を心配するかのように、ドールが一歩足を踏み出した。
その瞬間、大きな衝撃が車を襲った。
「――!!」
とてつもない轟音と振動によって、車が急停止する。草地は突然の衝撃に目を白黒させた。ドールも先ほどの振動で倒れこみ、運転席から落ちないように踏ん張っている。何事だ、と外に目を向けようとした、その時。
バリバリと、鉄とは思えない音を立てながら、運転席のドアが無理やり剥がされてゆく。
「……ようぅ、随分と可愛らしい伏兵が居たもんだなぁ」
風で靡く銀の髪。尖った八重歯を覗かせながら、笑う口元。
車内を覗き込むその顔には野獣、あるいは猛禽類を連想させる一対の目があった――。
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