5.犯人の正体


 草地は唖然としていた。


 釘崎たちが車から降りている間に、ヒョッコリとドアの向こう側から現れた。人型のそれはプラスチック製の《プレート》を纏い――頭、腕、足、全てが直角的な作りをしていた。けれどそれに反して手はとても人間的で、爪は無いがリアルに見える。そして、動きもスムーズだ。手に限らず、その体全体の動作は滑らかで、外見に似合わず早い。

 草地はコレを何度か、デパートの玩具売り場で見たことがあった。


 ――《Robotic Dollロボティックドール》だ。


 今、最も流行っている人型のホビー用小型ロボット。

 『スケルトン』と呼ばれる骨組みに、『アームプレート』と呼ばれる外装パーツを取り付けたもので――『スケルトン』には、バッテリーやモーター、コントロールメモリといった、ロボットを遠隔操作できるパーツが内蔵されている。


 頭部の《眼》は視覚センサーが導入されており、コントロールメモリ同様、持ち主の《画面スクリーン》と繋げることで、ロボットの視界をそのまま共有できるようになっている。だから、このロボットはとても操縦しやすく、時々、自分がそのロボットに乗り移ったような感覚を味わうことが出来るのだ。おまけに聴覚器官もついていて、音も聞こえるのだから、尚更だ。

 『スケルトン』と『アームプレート』は、数えきれないほどの種類があり、これらをプラモデルのようにカスタマイズすることによって、《自分だけの機体》を組み立てることができる。簡単に、手軽に、作れて遊べ、子供たちの間では『バトル』が出来る大人気の玩具だった。


 草地はじっ、とそのロボット、いや、ドールを凝視する。

 十センチ程の背丈があるドールには、小型のケータイが背中に貼り付けられており、通話モードになっているのが見えた。デザインからして、百円均一で買えるケータイ、というよりは安物の通信機だ。最近子供がお互いに連絡を取り合うのに使っているやつだろう。

 その通信機から、なぜか釘崎たちの声が、微かにだが聞こえてきた。


 ――まさか、この近くにもう一つ、ケータイがあるのか?


 勘の良い草地は、例の《障害物》に携帯が取り付けられていることに、気がついた。


(……だが、何のために?)


 ドールはピョンと運転席の上へ飛びあがると、車のモニターをポチポチと操作し、主導で車を静かに閉めた。すると、


『――障害物の撤去を確認。発進しますか?』


 AIの声に答えるかのように、ドールはその小さな手で、モニターに表示された『Yes』のボタンを押した。


『――乗車している人数が足りないように思えます。ご確認ください』


 それに応えるかのように、ドールは器用に背中へ手を回す。


「……?」


 ケータイに触れるが、動く気配が全く無い。まるで、何かを待っているようだ。そして、しばらくするとドールはケータイの音量を上げた。


『……我々は此処に居るコレで全員です』


「!!」


 釘崎の声がした。

 そこで、ドールはケータイの通話を切った。

 AIの声が、響く。


『――承知いたしました。釘崎死刑執行官の指示に従い、発進します』


 唖然とする草地を置いて、AIの合図で車が静かに、猛スピードで走り出した。どうやら、先程ドールがモニターを操作する際に、車の運転スピードを上げたようだ。行き先もモニターのマップを見る限り、変わっているように見える。


「……いったい、どこへ」


 草地は困惑した。

 突然、急変した事態。ドールを除けば、走り出している車に乗っているのは自分一人だけ。不安が、胸の奥から湧いてきた。

 自分は、一体、どうなるのだろう。

 ゆっくりと視線を元凶の《ドール》に向ける。ドールもまた、運転席から、じっ、と後ろの座席に座る草地を見つめていた。

 小さな円らな瞳――否、《アイカメラ》がこちらを注視している。指はなぜか親指を立てた「いいね」ポーズだ。無機質な体とは対照的にお茶目に見える仕草は、残念ながら草地の目には異様に映った。


 ――なんだ、こいつ。


 冷や汗が額から垂れる。ごくりと、喉が音を立てた。

 草地は警戒するように、座席の上で後ずさる。その様子にドールは姿勢を解き、しばしの間、沈黙した。

 十秒、二十秒、あるいは一分。それぐらいの時間が経つと、ドールが再び動き出す。


「……え?」


 左腕を垂直に上げ、手首を内側へと直角に曲げる。反対に右腕は、肘から先が床と平行になるように曲げ、同時に右足も同じように曲げる。そうして、ドールは左足一本で立ち、あるポーズを取った。


 ―――シェ―のポーズだ。


 今では誰も知らないソレは、お爺さんお婆さん、或いは草地と金城しか知らないポーズだ。金城の家で読んだ『おそ●くん』という凄く古い漫画から来ているギャグだった。よく金城がふざけて真似していたのを、草地は覚えている。


「……まさ、か、」


 ―――そんなはずはない。


 草地は浮かび上がった可能性を瞬時に頭から否定した。ありえない、あの男にこんなこと出来るはずがない。草地は目を瞑ってのことを思い出す。

 奴は、金城理人は普通の一般人だ。爆弾など入手できるルートも知らないし、そんな危険な輩とも関わりあったことがない。目の前の《ドール》はともかく、こんな危険な犯行を起こせる道具など持っているはずがないのだ。こんな、こんな精密な計画を、あの男に立てられるわけがない。

 失礼だが、あの男は馬鹿だ。こんな簡単に犯行を起こせる脳を持っていなければ、技量さえも持たない。

 否。そもそも、それ以前に、あの男にこんな事が出来る筈が無い。奴は健全な精神を持った健全な市民だ。こんな犯行、思い浮かべる事も出来なければ、理由も――。


「……まさか」


 草地はハッ、と息を呑んだ。

 身体が震えた。なぜかは分からない。恐怖か、不安か、罪悪感か、あるいは――。


 ありえない、そんなことはありえない。

 草地はその思いを端から否定する。自分は奴と喧嘩をした。罵倒を浴びせ、たくさん傷つけた。何度も酷いことを言った。だから、来るはずがないのだ。あの男が――。


 真っ白になった頭と反して、涙が溢れそうになった。捨てたはずの感情が戻ってきてしまいそうだ。


 ――いけない。


 草地は背中を折って、身を縮こまらせた。心臓の鼓動が早まり、胸の奥から何かが競りあがる。目に熱がともり、鼻の奥が濡れた。

 震える唇を、噛み締める。


「……ちがう、」


 ―――そんなはずがない。


 様子の可笑しい草地を心配するかのように、ドールが一歩足を踏み出した。

 その瞬間、大きな衝撃が車を襲った。


「――!!」


 とてつもない轟音と振動によって、車が急停止する。草地は突然の衝撃に目を白黒させた。ドールも先ほどの振動で倒れこみ、運転席から落ちないように踏ん張っている。何事だ、と外に目を向けようとした、その時。

 バリバリと、鉄とは思えない音を立てながら、運転席のドアが無理やり剥がされてゆく。


「……ようぅ、随分と可愛らしいが居たもんだなぁ」


 風で靡く銀の髪。尖った八重歯を覗かせながら、笑う口元。

 車内を覗き込むその顔には野獣、あるいは猛禽類を連想させる一対の目があった――。









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