3.ちびりそう、

 ――午後3時30分。中央自動車道。

 草地を乗せたワゴン車は順調に処刑場へと向かっていた。

 

 先ほどまで、が起きていたというのに、高速道路を走る車内は静かだ。

 囚人を運ぶ車内は広く、殺風景で、座席も床もドアも、全てが真黒に塗りつぶされてはいるが、不思議と暗くはない。外から差し込む光のお蔭だろうか。

 後ろのひろい座席に座る草地は、ただひたすらに窓を見つめていた。

 一見、外の風景を眺めているように思えるが、どこか遠くを見つめているようにも思える。その様子は、とても静かで落ち着いていた。

 そんな草地とは裏腹に、篠田はソワソワと落ち着かない様子でいた。


「ね、ね、どう思う?」

「……さっきの爆発のことですか? 」


 後ろの座席から運転席へと顔を突き出して、前に座る釘崎たちへ問いかける。


「そうですね……事故と言う可能性も否めませんが」

「十中八九、誰かの犯行だろ、ありゃあ」

「あ、やっぱりそう思う?」


 渋い顔をした釘崎とは反対に、玖叉は相変わらず状況を楽しんでいるかのように、笑いを含んだ声で返事を返した。篠田もどこか楽しそうだ。


「ね、“美少年”、本当に心当たり無いの?」

「ありません。それと、その“美少年”ての、やめてください」


 冷静に言葉を返す草地。どうやら、篠田の渾名はお気に召さなかったらしい。


「えー、あった方が面白そうなのに。てか、意外と冷静だね。キミ」

「別に。もうこの先、何が起きようが自分のが近づいているのは分かっているので」


 草地のその返答、そして《色》を失くしたその顔を見て、篠田は少し目を見張った。そこにはもう《怒り》も、《悲しみ》も無く、もう何のも見えなくなっていた。


「……ふーん」

「……まあ、何者であれ。もし本当に誰かの犯行だったとすれば、とんでもない馬鹿だとは思いますよ。死行隊に喧嘩を売るとは――」

「何だ、テメーもやっぱそう思ってんじゃねーか」


 釘崎の言葉に、玖叉が意表を突かれたように片眉を上げた。


「ええ、まあ……あまりにもタイミングが良すぎましたし。先ほど我々の近くに爆弾を仕掛けたのは、牽制か足止めの意味があったのかもしれません」

「じゃあ、やっぱ私たちが狙い!?」


 篠田が興奮したように声を上げる。


「まだ、わかりませんよ。あくまで可能性です。法務省自体を狙ったのかもしれないし、もしそうだとしたら――」


 そうだとしたら、なんだというのか――続こうとした釘崎の言葉は、によって、遮られた。


「「「――!? 」」」

「なになになに!? また!?」


 突如、聞こえた爆発音に全員が息を止めた。


「今のは……」

「遠くはねーが、近くでもねーな」


 窓を開けて外を見渡すが、何かが爆発した痕跡は見つからない。だが、目を凝らして、車道の向こう――法務省側を見ると、近辺の彼方此方で煙が上がっているのが見えた。


「火事になってんな」

「うっそ!?」


 「ドコドコ!?」と篠田は喚きながら、玖叉と同じように窓から上半身を突き出す。「危ないですよ」と釘崎が嗜めるが、どこ吹く風だ。


「うっわ、ほんとだ」


 ほう、と歓喜めいた声を上げる彼女を、草地は当惑した顔で見つめた。爆発には驚いたが、それよりも今、目の前で興奮しているように見える男女二人の方が信じられなかったのだ。


 ――異常だ、こいつら。


 それが草地の彼らに対する認識だった。何をしでかすか分からない危険な人種タイプ。こいつらに喧嘩を売ったら最後、売った人間はきっと、玩具のように弄ばれて殺されるのだろう。

 草地は顔も知らないはずのこの事件の犯人が、彼らを狙わなかったことに、なぜか安堵した。


 ――ピルルル。

 車の通信機が鳴る。釘崎は運転席のモニターをタッチして通信に答えた。瞬間、高津の苦い表情が画面に映る。どうやら法務省内からかけているらしい。後ろで他の人員がバタバタと動きまわっているのが見えた。


「――はい」

『おー、釘崎か。こちら、高津だ』

「先ほどの爆発音ですか?」

『察しが良くて助かる。どこかの馬鹿がご丁寧に似たようなもんを、彼方此方に仕掛けてくれてな。おかげで、ウチは大騒ぎだ』

「煙が上がっているのが見えましたが」

『ああ、運よく人はいなかったが。代わりに廃棄場や公園近くで爆発したのがあってな。爆発の火が移って大惨事だよ、たく』

「それで今は?」

『ゴミを拾い集めていたロボットが一体で終わらず、何体も爆発したんだ。一応テロとして対処している。ただ、被害の数が多くてコッチは大忙しだ。おまけに法務省近くで起きているからな。近辺警護、及び調査のため、他部署からも人を借りてるところだ。法務省全体がこの事件に対処してると言っても良い。

 今回そっちと通信したのはその忠告だ。必要ないとは思うが。万が一、いや、億が一、そっちで何が起きても応援は寄こせん。

 ――気をつけろ。何者かの意図を感じる』

「わかりました。有難うございます」

『まあ、死行隊のお前らなら大丈夫だろ。あんまり、やりすぎんようにな』

「はい」


 モニターをもう一度タッチして通信を切る。玖叉がニヤニヤと、横で笑っていた。


「決まりだな」

「まだ、そうと決まったわけではありません。唯のテロだという可能性もある」

「おいおい、長官さまよぉ。そろそろ、いい加減にしようぜぇ。

 じゃあ、何でこんなにも爆発があったのにとして怪我してねぇ? ……もう分かってんだろ? 長官さま。こりゃ間違いなく、オレらを追い込むための、一種の罠だ。――違うか?」

「……」

 

 反論が無い。肯定だ。

 釘崎も薄々と感じていた。恐らくコレは彼らの注意を爆弾へと引き付け、警察の応援をつことが、狙いなのだろう。

 ――敵は我々の手足を削ぎにかかっている。


「目的が何であれ……おもしれぇ。今まで色んな奴を殺って来たが、死行隊ウチに直接喧嘩を売ってきた奴は始めてだぜ」


 楽しくて、仕方がない。玖叉はそんな顔をしていた。


「でも馬鹿だよね。警察の応援を絶ったからって、うち等を倒せるわけがないのに。

 そもそも、応援って……一回も頼んだことないし」

「……そうとも言い切れませんよ。誰にも気づかれず爆弾を仕掛けた用意周到さと、警察を引っ掻き回す鮮やかな手口には、そこらの犯罪者とは少し違うものがある。それに篠田……貴方、気づかなかったでしょう」

「……」

「いや、それとも気づけなかったというべきか。その能力ワイズがあっても、」


 釘崎のその発言に、篠田の眉がピクリと反応を示した。

 その通りだ。いつもなら事件が起きる前に、大体のことは《察知》してしまうのに、今回は出来なかった。だから、篠田も玖叉同様、こんなに興奮しているのだ。とても興味深いと、心の心底からそう思っている。こんなことは初めてだった。

 気が付けば篠田は、弧を描く唇をペロリと、赤い舌で舐めずっていた。

 

「……能力?」

「あ、そっか。キミ達はあんまり知らないんだよね」


 訝しげに声を上げた草地に、篠田が気づく。


「……多分、ある意味、キミのお陰かもしれないから特別に教えてあげる」

「?」


(オレのお陰?)


 草地は眉を顰めた。

 この女子は犯人が自分を狙っていると思っているのだろうか。それならお門違いだと草地は思う。彼は一度もそんな危ない奴らと関わったこともなければ、誰かに狙われるようなことをした覚えがない。今回の事件は自分ではなく、篠田たちを直接狙った犯行だと思っている。


(――なんか、すげぇ人に恨まれてそうだし……)


「キミ、今失礼なことを考えたでしょ」

「いえ……」

「嘘ついても無駄だよ。私にはキミの《疑いの色》が見えたもん。大方、たくさんの人に恨まれている私たちが、直接狙われてるんじゃないかって思ってるんでしょ」

「……」

「あ、いま。やっぱり図星。キミ、見た目どおり失礼な奴だね」

「……なんで、」


 今度こそ、能面を被ったように無表情を貫き通していたはずの草地は、瞠目した。

確かにさっきまでは、感情を全て覆い隠せていたはずだ。なのに、篠田は自分の思っていることを全て当てた。

 まるで人の心を読んだように、的確に、自身の思考を当てる彼女に、草地はギョッと表情を崩してしまう。

 続けて、ペラペラと能力ワイズの説明をしようとする篠田を釘崎が咎めるが、素知らぬ顔で彼女は続ける。


「――篠田」

「良いじゃないですかー。どうせ死ぬんだし、話しちゃっても」


 ふてぶてしく言い訳を重ねる篠田に、口を閉じる気は無さそうだ。

 諦めた釘崎は、再び溜息を吐いて視線を前へと戻した。それに、篠田は満足そうに頷いて、再び草地の方を向く。


「それでね、私の能力っていうのはね。さっきみたいに、人の感情が色のついた《炎》として見えるの」

「……は、」

「疑惑なら《緑と茶色が混ざったような色》、怒りなら《赤》、狂気は《紫》。

 物を通して見ることだって出来る。人の思念は物に移ることがあるからね。

 大きな想いとかがあったら、《炎》は大きく膨れ上がってどんなに遠くからでも、隠れてても、見えるし。だから何かしらの犯行が起きる時は、必ず犯人の《色》が見えて、私はいっつも直ぐに気づけたの……今回は出来なかったけど」

「……それは」


 冗談だろう。呆れたように此方を見る草地の顔は《色》を見なくとも、篠田には分かった。


「ESP、Extra Sensory Perceptionって知ってる?」

「……漫画とかによく出る」

「そう、それそれ。能力ってのは其れみたいな感じ……って言うか、まさに其れかな。

 要はね、異常に発達した体の一部の能力のことなんだよ。で、私のは感じ取る感覚――《共感覚》とも呼ばれてる。

 異様に発達した触覚、聴覚、嗅覚の三つを通じて感じたことを、私の脳は一瞬で分析して、視覚として私の目に映すの。

 それが私の能力――《ワイズ》。ま……感受性が、脳を含めて発達してるんだよね。わたし」


 簡潔に、かつ正確に篠田は説明してやるが、草地は未だに《疑惑の色》を消せないでいる。


「……そんな能力があったら、今ごろ世界中が大騒ぎしてるはずだ」

「しないよ、だってみーんな知ってるもん」

「……は?」


 彼女の発言に対する理解が一瞬遅れた。草地は顔を顰めて篠田を見る。

 篠田メイの様な能力が無くとも、草地が今思ったことは、きっと誰にでも察することが出来ただろう。草地は間違いなく「何を言っているんだ、こいつは」と思っている。


 馬鹿馬鹿しい、と草地は首を振った。確かに法務省、及び検察庁、警視庁のような行政機関は皆、拳銃アドミニストレーターの所持を許可されている。これは誰もが知っている、いわば常識だ。そして草地は、その中の幹部席、及び特殊部署が、拳銃に限らず、特殊な武器や武装の装備を許可されていることを、どこかで耳にしたことがあった。だが、超能力などとそんな夢物語のような話は、一度も聞いたことがなかった。

 草地は篠田を胡散気に見た。


「……知らねーよ。俺も、皆も」

「知っているよ。ただ実際にどんなものなのか君たちはしていないだけ」


(理解……?)

 理解とは、何をだろうか。自分たちは一体、彼女たちの何を理解をしていないというのか。そこまで思考して、草地はハタ、と我に返った。次いで、再び彼女へ意識を戻す。

 真っすぐに見つめる篠田の真剣な瞳から、微かにその言葉の意味を理解し始めた草地は、額に冷や汗を滲ませた。

 そんな彼に篠田は莞爾として笑う。


「……まさか、」

「コレ、能力とは言ったけど正確には機械マシンだから」

「……機械、」

「ほら、コレコレ」


 クイクイと、篠田は首を飾るチョーカーらしきものを引っ張った。

 白く、無機質で無骨なは、なるほど、女性が付けるにはゴツすぎないかとは草地も思ってはいたが……機械だったか。

 草地の中で、カチりとパズルのピースが嵌った。これで理解した。篠田が言うその《能力》とは、


「……特殊武装、或いは武器、か」

「ふふ、そう。でも私たちは機械マシンって呼んでるんだよ。この中にはある《ソフト》と《ナノレイド》っていう、身体能力を異様に発達させる薬みたいなのが入っててね。一種のドーピングって奴かな。あ、別に副作用とかはないからね」

「……」


 ――信じられない。

 そんな物、いつの間に開発されていたんだ。法務省含む全ての行政機関が持つ、その力に、草地は疑心を抱いた。

 こんな、化け物みたいな奴らを相手に、テロリスト――及び、自分を狙ってるらしい犯罪者は、一体どうやって戦うのだ。

 突然明かされた情報に、草地は頭を抱えそうになった。


「っていっても、コレを持っているのって極一部で、ほとんど死行隊なんだよね」

「……それは、なぜ?」

「ウチは死ぬリスクが最も高く、力が必要な部署だからね。便利な機械のように思っているけど、コレ、使うには適正が必要だから。

 だから、数少ない適合者はほとんど死行隊に入れられちゃうわけ。あー、あと特部もか」


 最も必要性があるから、死行隊へと数少ない適合者が配属されているということか。些か思うところは未だに残ってはいるが、取り敢えずは納得した草地は、釘崎たちへと視線を移した。


「……じゃあ、あんたらも」

には必要な装備ですからね。特にこのような事態には……」


 ――全部喋りやがった、このアマ

 そう思うが、決して口にはしない紳士な釘崎。だが篠田には、その人の感情を読む能力で、内心はバレていることだろう。その証拠に「テヘペロ」とか言いながら、わざとらしく頭を小突いてみせている。

 なぜだろう。その頭を更に強く小突いてやりたい、と釘崎は拳を握りそうになった。

 しかし任務中のため、そんな悪態を腹の内に隠す釘崎。玖叉はそんな二人の様子を謗らぬ顔で、終始ずっとニヤニヤしていた。


 ――玖叉は、この事件の主犯者へ思いを馳せていた。

 今度の犯人はどんな奴なのだろう。どんな風に自分を楽しませてくれるのだろう。

 頭脳犯であることは恐らく間違いないが、次はどんな手口で来るのか、どうやって自分たちを仕留めるつもりなのか、楽しみでしょうがなかった。

 今のところ、そんな『大した事』はやっていないし、今までの行動からして、犯罪に慣れていないことも判った。予測はできなかったが、意図の読めるスレスレの犯行だった。けど、あの爆弾と言い――今回起こされた事件の規模から、とんでもなく大胆で、度胸のある人間であることは、容易に察せた。


 どんな人物かはまだ判らない。けれど、玖叉の長年の勘が告げている。は間違いなく――、


「S級だ」



 ◆  ◆


 さて。そんな、身の丈に合わない、非常に大きな期待をされている金城だが――現在、自分が起こした事件を目の当たりにして、震えていた。

 燃え上がる炎。それを消化しようとする消防隊員。集まる野次馬。怒鳴り散らす警察官。スクリーンに映る景色は、真っ赤に染まっていた。


「…………どうしよう。なんか、トイレに行きたくなってきた………………ちびったかも」


 負ければ処刑判決を間違いなく下されるだろう。今頃になって、泣きべそをかき始める金城であった。

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