――魔界・鬼岩城王の間

「魔王様。やつらレーテの泉にむかっているようです」

 何もない暗闇から声がひびいた。

 照明は部屋の中央にくべられたたかがり火だけだった。玉座に座り、ぼんやりとしたあかりにてらされて不敵な笑みを浮かべるこの男こそ魔王だった。燃えたぎるような湯気をあげる液体の入ったワイングラスをくゆらせ注げと命じた。

「すべては魔王様の思い通りに……」

 暗闇から声に続き、ひりだされるように奇怪な一つ目があらわれた。魔王の配下、小悪魔ピエロは魔王のグラスのワインを注ぎながらくつくつと笑った。

「手はず通りにな。行け!ピエロ」

「はっ!」

「奴らのなかに一人邪念をもったものがいる。その心を利用し破滅の杖を奪うのだ!」

 魔王は目を見開き、ピエロの消えた闇にむかってひとりごちた。


 桃太郎一行はレーテの泉をさがし、賢者の森を奥へと進んだ。

「桃太郎の旦那。そろそろ休みましょうぜ?動物虐待じゃあるまいし」

「だいぶ暗くなってきたし、そうしようか」

 勝手についてきたくせに猿のケンジは不平不満ばかり言う。それをキジのゆりこがとがめ、雰囲気は険悪になる一方。

 罠から助けられはじめはしおらしかったゆりこは、ケンジとそりが合わずことあるごとにつっかかった。

 犬のケルベロスは鼻息あらくただ先頭をつき進んだ。

樹齢百年はこえる広葉樹ばかりが枝葉を交錯させ、賢者の森は日中から薄暗かった。日が落ち行き、細った陽光は葉間を抜けられず夕暮れがあたりを支配しつつあった。レーテの河の支流が流れ込みつくられたよどみなき泉が、この賢者の森深くにあると言われていた。

 レーテの泉の場所はわからず日もすっかり暮れ、一行は適当な木立の下にテントを張った。ロウソクを消すと、目をつむるより深い闇が広がった。一日歩き通した疲れから、桃太郎たちはあっという間に眠りに落ちた。

 

 暗闇に目玉がひとつ浮んだ。

「キキキ。何も知らずによく寝てやがる。わかるぞぉ! そこのいびきをかいているやつだ!」

 標的を見つけた小悪魔ピエロは、黒いかたまりになり大いびきをかく猿の口に飛び込んだ。


「キ…キキ……ウキキ――!!」

「ちょっとうるさいわね!」

 ケンジとキジのゆりこがまた口喧嘩をはじめたのか。桃太郎が目をこすりながら身を起こすと、ケンジがゆらゆらと背中を向けて立ち上がった。

「やるき?」

「まて、ケンジの様子がおかしい」

 羽をひるがえし身構えたゆりこを制止した。ゆっくりと振り返ったケンジの顔は、猿のものではなかった。

「うがー!」

 飛びかかってきたケンジが桃太郎におおいかぶさった。振り払うとケンジは狂ったようにひと鳴きして、テントから転がり出た。

懐にしまっていた破滅の杖がなくなっていた。

「あいつ! 〝うまー棒〟をもっていったわよ! 借金のカタにするつもりよ」

「破滅の杖が!」

 ゆりこがおかしなことを言ったのを聞き流した桃太郎は、ケルベロスを呼んだ。

「あれはケンジのアホ面じゃない! 何かにとりつかれているんだ。行け! ケルベロス!」

「バウバウ!」

 テントの外で休んでいたケルベロスは、森の奥に消えたケンジを追って闇に飛び込んだ。

 ケルベロスを追い必死に走るうちに、いつの間にか森を抜けていた。満月に近い月の光が水面をてらす。桃太郎はからずもレーテの泉を見つけた。土手の上で二頭の獣がもみあっている。ケルベロスは泉のほとりでケンジに追いついていた。桃太郎の後ろで、ゆりこが息を切らせながら羽をたたいた。

「ケルちゃん。やるじゃん!」

「よし! あ!」

 もみ合った二匹は、バランスを崩し土手を転がり泉に落ちてしまった!

「まずいわよ。ケンジってカナヅチじゃ?」

「ゆりこ! このロープを投げてくれ! ケンジ! これをつかめ!」

 投げ込まれたロープをケンジがつかむ。引き上げられたケンジをゆりこが責めた。

「あんた! 何やってんの?」

「はい?」

 ケンジはもとのアホ面に戻っていた。

「早く〝うまー棒〟を返しなさいよ」

「はい??」

「ケンジ! 何ももっていないのか? 破滅の杖はどうした?」

「だから、はい??」

「もしかして泉におとしちゃったんじゃない? 何やってんの? どうするの?」 

 ゆりこはケンジの濡れた肩を羽でつかむようにし、激しくゆさぶった。桃太郎は途方にくれて、ケルベロスが犬かきで泳ぐ泉のほうに頭を振った。

 水面に浮ぶ真円に近い月が、犬かきでできる細かな波でゆらぐ。そのゆらぎがだんだん大きくなったかと思うと、耀きが泉の全てをおおっていく。やがて耀きは容をなし水面にたちあがった。耀く美しく若い女性に桃太郎は目を奪われた。村に伝わる伝説のレーテの女神が桃太郎に優しく語りかけた。

「あなたがおとしたのは、この〝たこ焼きフレーバーのうまー棒〟か?」

 レーテの女神は両手に棒状のものもちかかげた。

「それとも……この〝ジョジョ苑・超高級A5ランク霜降り松坂牛フレーバーのうまー棒〟か?」

 芳醇な香りにケンジが目ざとく反応する。

「ジョジョ苑ですぜ!」

「ばか!」

 ゆりこが罵倒しながらケンジを泉に蹴落とした。桃太郎は大きく息をすいこんでゆっくりと指差し答えた。

「女神さま、私がおとしたのは、たこ焼きフレーバーの破滅の杖です」

 女神は輝きをはなつ笑顔を桃太郎に向けた。

「あなたは私が思った通りの正直ないい子に育ちましたね……これをあげましょう」

 女神の手を離れた耀きがただよい、桃太郎の目の前にゆっくりととまった。まばゆい耀きの中から赤い箱があらわれた。

 幼いころ母の給料日は銀色の硬貨をもらうことができた。それで月一度それを買うのが楽しみだった。赤い四角い箱をあけると、中には何本も黄金色のスティックが入っている。さくさくの食感にほどよい塩味。それでいてノンフライのローカロリーには若い女性も大喜び。これまたロングセラーの人気お菓子。

 それはどうみても〝じゃがロング〟だった。

「女神さま! 違います! これは破滅の杖ではありません!」

「あら? わたしとしたことが、間違っちゃったわね。あながたいつも買っていたのはこれね」

「……??」

 女神が指を鳴らすと、桃太郎の目の前に浮ぶ箱の色がかわった。

「たこ焼きフレーバーの〝じゃがロング〟よ!」

「女神さま! ものが違います!!」


「けけけ! 破滅の杖はいただいた!」

 闇のかたまりはケンジから奪った破滅の杖をつかみ、ひとつ目玉の小悪魔の姿に変化し虚空に消えた。


 桃太郎一行は旅を続け、極寒の魔界をすすんだ。いつの間にかすり替えられてしまった破滅の杖に、これでいいのかとの疑念をふりはらうかのように桃太郎はただひたすら歩みを進めた。

 泉に落ちて以来なぜかケンジの身体は乾かず、風邪をひいてしまった。ことあるごとに何本もあるからいいだろうと〝じゃがロング〟を食べようとした。

 いつもはケンジをいさめるゆりこも、冷え性なのか魔界に入ってから気勢をあげなくなった。

 ただケルベロスだけが白い息をはきながら前へと突き進んでいた。

 数々の苦難を乗り越え、桃太郎たちはついに魔界の一番奥にある永久氷壁の断崖をのぞむ山頂にたっていた。

 この断崖の奈落に破滅の杖を投げこめば全てが終わる。

ただそれがこの〝じゃがロング〟でいいのかとの思いはあったが。

 奈落の底から吹きすさぶ風が、桃太郎を吹き飛ばそうと身体をあおった。桃太郎は万感の思いを込め〝じゃがロング〟をかかげ、断崖に投げ込もうとした。

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