第12話起死回生! エビチリを狙え!

『おや?』


 お料理仙人がつまようじを失敬したときです。


 ばたん、ごそごそ、ぱったん。


 なにやら冷蔵庫を漁る音がします。


『どうしたんじゃね?』


「お料理仙人、私、もう我慢できない!」


『どうしたというのじゃ?』


「昨日のことよ……」


『オムライスに二回失敗したことかの?』





「……それはおいておいて」


『まあ、三度目の正直だったし、なにがいけないのじゃ?』


「オムライスは制覇したからいいの。飯塚君、インスタントラーメンの名手だったの!」


『ほー』


 お料理仙人は聞いていない顔で返事をしました。


「気のない態度ね。もう一回聞くわよ? お料理に大切なことは?」


『段取り』


「それよ!」





『飯塚氏が段取り名人だったというのかね?』


「うん……」





「こう、材料一つ選ぶのにも躊躇ってものがない。さっさっさー、とぶなしめじとネギとレタス、プチトマトをとり出してさ」


『ふーむ?』


「全部一つのどんぶりで食べちゃったのよ」


『はい?』





「目にもとまらぬ早業だったわ。再現するから見ていて」


『ほうほう』


 お料理仙人は長い眉を上げました。


 飯田さんがとり出したのは普通の即席ラーメン、塩味。


「鍋に水とぶなしめじをいれるでしょ」


『ほう』


「それを火にかけている間に、どんぶりをとり出して……レタスをちぎって、プチトマトと一緒に洗って入れる」


『え? どんぶりに?』


「そう」


 飯田さんはばりっと即席ラーメンの袋を開けると、中からスープの素をとり出し、レタスとプチトマトの入ったどんぶりに中身を入れました。


「ここよ」


 言って、飯田さんはまな板にネギをおいて小口切りにしていきます。その間にナベはぐつぐつと煮立ってきます。


 飯田さんは無言で即席ラーメンを鍋に入れ、小さなフライパンにえごま油をささっと入れて火にかけました。


 つん、つん、とさいばしで麺のかたさを確かめると、数分後、おもむろに鍋の中身をかき混ぜ始めます。


『ふっつーのラーメンに見えるがのう』


「だまって」


 麺が煮えると、レタス、プチトマト、スープの素が入ったどんぶりにさっと入れます。


『お? お?』


 そして小口切りのネギを麺の上からのせると、熱したえごま油をふりかけました。


 ひくひく。お料理仙人の鼻孔が広がりました。


『おいしそうじゃのう!』


「まだよ」


 飯田さんはさいばしで麺をちゃちゃちゃっとほぐし、スープをかき混ぜます。


「できた……」


 たったこれだけのことが、彼女には重労働でした。


「さ、食べて。お料理仙人」


『まずいもんではなさそうじゃのう』


「私は彼に食べさせてもらったの」


『ほうほう。ふーむふーむ?』





 ぞぞっ。


 ちょっとすすると、お料理仙人はほう、と息をつきました。


『ネギの香りがええのう』


「それだけじゃないの。もっと食べてみて」


『ふむふむ』


 ぞぞっ。ぞぞっ……しゃくっ。


『しゃくっ?』


 それは、新鮮な食感でした。


「レタスよ。熱を通してもしゃくしゃくしてるの。プチトマトはどうなってる?」


『湯むきしたトマトのごとき味わい……』


「ね?」


『なるほど。確かにただのねぎ塩ラーメンではないようじゃ』





「ふう」


 飯田さんはすっかり脱力しています。


 全精力を注ぎこんでしまったのです。


「なんで独身男に敵わないかな……」


『なに、どんぶり一つにサラダスープのラーメンをいっしょくたにしただけ。よほどの合理主義か面倒くさがりなだけじゃ』


「そんなことないよ。彼は天才なんだよ」


『あばたもえくぼ……』


 飯田さんは、ばん、とテーブルを叩きました。


「五分で作ったのよ、彼。負けよ、負け!」


『ふむ。それより、レシピのリクエストはないのかの?』


「ないない」


『もうちょっと根性出さんか』


「あのねえ」





 そのとき飯田さんのスマホが鳴りました。


 妹さんです。


「今日、エビフライにするつもりだったのに、パン粉がなくって、困ってるの」


「買いにいけば」


「外、見てよ」


「あ、冷えると思ったら」


 外は雪でした。


「うちは長靴はおろか、傘もまともなものがないの、知ってる?」


「そりゃあ、実家のことだもの」


「なんとかならない?」


「え? 雪?」


「エビフライ」


「あー」


 ちょっと待ってね、と飯田さんはお料理仙人を招きました。


「今からいう調味料をボールに入れてって」


「はい」


「お料理仙人、レシピ、レシピ!」


『ほほいのほい!』





 <レシピ>


 ・エビチリ


 1、 酒大さじ一、しょうが・にんにくのすりおろし少々、ケチャップ大さじ二、しょうゆ大さじ二分の一、豆板醤小さじ一、片栗粉大さじ二分の一、砂糖小さじ一、ごま油大さじ一、(あれば)長ネギみじん切り八センチ。水三分の一カップをボールに入れて混ぜる。


 2、 殻をむいて背ワタを取ったえびをボールに入れて混ぜ、600Wのレンジで三分加熱する。


 3、 三分経ったら、一度とり出して中身をかき混ぜ、もう一分レンジで加熱。フライパンか中華鍋で炒めてもよい。トロッとしてきたらできあがり。





「と、いうわけよ」


「エビチリか! なあるほど。それでいくわ。ごめんねー、こんな時間に」


 飯田さんはいいって、と言いながら小指の指輪時計を見ました。


 七時。


 こんな時間まで、頭を悩ませていた妹をいたわしく思いこそすれ、迷惑などとは考えもしません。


「パパとママによろしくー。はーい」





 ピッとスマホを切ってから、飯田さん妹はほっと息をついてまな板の横にそれを置きました。


「助かっちゃった!」


 るんるん気分の飯田さん姉妹でした。

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