第10話友情の自宅ご飯


「ねえねえ、お二人さん――籍を入れるのはいつ?」


「そんな話、まだまだ先のことよ」


 それにあるかどうかもわからない話をされても、集中力がそがれます。


「またまた。秘密の恋なのね。そういうものほど、実を結ぶのがはやいのよ」


「Mさん、オカラ、そんなに入れるの?」


「いけなかった? 一袋全部入れちゃった」


「いいですけど……」


 飯田さんは袋を確かめました。500㌘と書いてあります。


 ここは見ないふりをして。


「味付けは、和だしと塩コショウ?」


「そーんなの適当よー。あら白だしないの?」


 Mさんは言って、めんつゆをオカラに埋もれたフライパンにかけ入れます。


 一回し、二回し……。


「あらだめだ。私、家からフライパンもってくるから、木べらで適当に混ぜておいて」


「え?」





 自宅のキッチンに取り残された飯田さん。


 急に一人にされてちょっぴり寂しさを味わいます。


 小さな幼子のように心細い気持ちがしました。


 すると飯田さんもMさんのことが嫌いではないのでしょう。


「ええと、ええと。フキとタケノコの茹でたものを、めんつゆを水と一対三、オナベに入れて沸いたら中火にして、入れる……」


「なにぶつぶつ言ってんの?」


 そういう間に帰ってきたMさん、飯田さんの家にあるありったけの和だしを、ざらりとナベとフライパンに回し入れます。


「ちょっ、正確な分量がわからなく……」


「悪い。大家族出身だから、正確さはもとめないで」


「むちゃくちゃよ!」


「いいからいいから」


 そういってMさんはちょくちょく味見をしています。





(いいのかなあ)


 飯田さんは圧倒されています。


 チーンとレンジが鳴りました。


 解凍終わり。


「ミックスベジタブルってあんまり好きじゃないんだけど」


「オカラに入れれば、ほくほくよー」


 そんなものかな、とは思いましたが、二人で料理するのは初めて。


「狭いわねえ」


「ごめんなさい」


 飯田さんは申し訳なくなって謝りました。確かにキッチンに女性二人が立ち働くのは厳しかったのです。


「あらあ、いやだ。そんなつもりじゃないのよ。私って大家族出身だから」


「キッチンも広いんですか?」


「狭いわよ? けど、作るのは私だけだから。こんなふうに、人と接近してわいわいやるのは、林間学校以来だわね」


「林間学校?」


 飯田さんは少し笑ってしまいました。





「学校かあ」


 飯田さんは思いました。


「Mさんにも小学校時代があったのねえ」


「小学校だけじゃなく、中学校もあったわよ」


「あっ」


 飯田さんは口をふさぎました。


「心の声がもれてしまった……」


 Mさんはくすっと笑って、


「上等じゃない。言うじゃない。もっともっとしゃべんなさいよ。主に彼氏のこととか!」


「ええ? 勘弁して」


「言いなさいよー」


 そう言ってる間に、煮物とオカラの炒め物ができました。





「オカラ、何回水とごま油を回しいれたっけ?」


「適当。憶えてない」


「……」


 飯田さんは、試しに指先でオカラの柔らかさを確かめました。


 うん、耳たぶくらいの柔らかさかな。


「水分多かったら、火にかけて飛ばせばいいんだから。気にしないきにしない」





 もりもり食べ、もぐもぐ咀嚼します。


 Mさん、眉をしかめて、


「うーん、オカラいつもの味じゃないわあ。最初、フライパンが小さかったから、かき混ぜにくかったし」


「すみませんね。独り暮らしなもので」


「あらあ、そういう意味じゃないのよ。でも、そうね。彼氏がきたら、あのフライパンじゃ目玉焼きしか作れない」


「……」


 飯田さんは、ささっとメモをとり出しました。





「目玉焼きのレシピ、教えてくれないかな?」


「レシピって! 適当よー?」


 Mさんは笑って、適当に、と言います。


 ちょっとこがしたオカラは少し水っぽかったし、煮込んだフキとタケノコはどこか焦がし飴のような後味がしました。





 飯田さんは一人になると、こっそり祈りました。


「お料理仙人、助けて!」


『やっと出番かい。よほほほーい』


 


 <レシピ>


 ・目玉焼き(一人前)


 1、 器に玉子を割り入れておきます。フライパンには油をひいて、中火にかけます。


 2、 蒸すので大さじ一、二杯の水を用意し、フライパンに割っておいた玉子を静かに流し入れます。白身が半熟になったら、用意しておいた水をいれ、蓋をして30秒数えて火を消します。


 ※焼き加減と味付けは好みでどうぞ。





 ・ベーコンエッグ


 1、 フライパンに油をひいて、ベーコンを裏表両方焼く。


 2、 普通の目玉焼きの手順で蒸し焼きにする。






 飯田さんは早速、今日の晩御飯に目玉焼きを作ることにしました。


「あ! ちゃんと30秒数えたのに、まだ黄身が半生! フライパンがまだあったまってなかったのかな」


『米飯に乗せたら、うまかろう』


「そしたら、この間のささみの酒蒸しを裂いて梅と一緒に乗せたら……」


『ぽわーんぽわーんぽわーん』


 お料理仙人が彼女の思考を読み取りました。


「うーん。おいしそう。ちょっとビビンバみたい。きゅうりが欲しいところだけど。夏の野菜だから」


 しょうがない。と言いながら、Mさんがくれたニンニクのたまり漬けの汁を、大さじ一杯ふりかけて、それはおいしそうに平らげました。


 男の人が好きそうな、土方系の味でした。





 ※豆知識。玉子を小鉢などに割ってからフライパンに移すと、失敗がない。ちなみに黄身も白身もこんもりとしているのが新鮮な玉子。古いものを使うと、全体がだらりとしている。


 蒸し焼きにするときはフタをすると油がはねない。ハムエッグはフライパンにハムを入れてすぐに玉子を入れてよい。

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