第8話ただいま恋愛中
夕方の五時半。
部屋のカーテンを閉め切っている飯田さんは気づかないはずですが、外はずいぶんと寒い風が吹いています。
いつもなら夕飯支度をする時刻です。
冷蔵庫には冷凍野菜。玉子、鶏ガラ、納豆、焼きのり、五目御飯のもと、山クラゲ……中途半端な野菜くずしかありません。
「んー、まともなメニューが思いつかない」
いつもなら、ごはんに山クラゲとノリをかけたり、納豆にオクラを加えたりと楽々手抜きができるのですが。
飯田さんは今、恋をしている真っ最中。
そういうときって、なにか特別なものが作れるようなきがするんです。
「お料理仙人~~厚焼き玉子を作りたいの」
『お安い御用じゃ。ほいレシピ』
<レシピ>
厚焼き玉子(二人前)
1、 玉子三個と砂糖大さじ一、塩小さじ二分の一をボールに開ける。
※卵は黄身をほぐす感覚で。あまりかき混ぜすぎないこと。
2、 玉子焼き機に油をひいて中火にかける。
3、 卵液を三分の一玉子焼き機に流し入れる。全体に広がったところで半熟になったら、さいばしで手前に向けてくるくる巻く。
4、 焼けた卵を奥へよせ、残りの卵液二分の一を流し入れる。先と同様によせた玉子を手前に向けて巻き取る。
5、 最期の二分の一を焼き終えたら、玉子焼き機の角を使って形を整え、包丁で切る。
「やば! 玉子泡だて器で念入りにまぜちゃった」
『トウヘンボクだからよ』
「やーもー」
「あー、うまく巻けない。ボロボロになる」
『さいばしでなくフライ返しを使うのじゃ』
「むむ、少しくずれちゃったけど、最後、形を何とか整えられたわ」
『終わり良ければすべてよしじゃな』
「あと、鳥のささ身が発見されたから、超いいレシピない?」
『任せるのじゃ』
『と言っても、鶏胸だとなおおいしいぞい』
「贅沢だわ」
<レシピ>
電子レンジで簡単蒸し鶏
1、 鶏肉を耐熱皿に入れ、酒大さじ三、塩少々をふり、レンジで5~6分、途中で上下を変えて加熱する。
※香味野菜「ネギ・ショウガなど」を一緒にラップに入れレンジにかけると、臭みがとれる。
2、 粗熱をとってから、肉を裂いてちぎる。
3、 胡麻ドレッシングで食べる。
※、盛り付けに凝る場合、きゅうりの細切りを器に敷きつめ、その上に盛るとよい。
「お料理仙人、出し巻き玉子を作ったの。シイタケの戻し汁、50㏄いれたら、ほんのりした甘み」
「うん。上々」
「口の中が幸せ~~。こんなに簡単だと、いままでもってたコンプレックスが消えてくよ」
「ぴんぽんぴんぽんぴんぽーん!」
「あ、口で言ってる。Mさんだ」
飯田さんが玄関に向かうと、そこにはMさんが、例によってナベと野菜の入ったレジ袋を持って上がりこんでいます。
「あら、ちょうどいいからあがって?」
「あらあ、いいのよ。また味噌汁作りすぎちゃっただけだから。あ、これ実家から送ってきたしし唐」
「しし唐、しまったな。あんまり食べたことないんだけれど」
「緑黄色野菜だから、油でいためるのがおいしいよ。お台所借りるわ」
そういって、Mさんは台所どこーと、勝手に廊下を進みます。
「あ、このトマトは早めに食べてね」
Mさんは勝手に飯田さんちの冷蔵庫を発見すると中に大きなトマトを入れました。
「ありがたいけれど……」
「いいのいいの」
「いえ、私、実はメシマズおんなだから……」
「ええ? メシマズってご飯の話?」
「そう、立派な食材を、もうしわけないけど、うまく料理できない」
「なにいってんの」
Mさんは陽気に笑い飛ばします。
「トマトなんて食べやすく切ればいいし、楽しいのが一番よお」
Mさんはコンロにあったフライパンをささっとぬぐい、
「これごま油。借りるね」
といって料理を始めてしまいました。
「さあて、どんな味かなあ」
「味ってそんなに変わるの?」
「んー? 焼き加減とか、調味料のあれやこれやで、季節や天候でも変わるわよ」
「ええ?」
「でも素人は素材がいいとかそうでもないとか、言うわよね。料理の腕がよくないだけだし、それは」
飯田さんはとても感心しました。
「勉強になるわ。憶えておく」
「いつもの味が、幸せの味よ」
『ううむ、これは一本とられたで賞!』
『お友達と一緒に作るごはんも格別おいしいものじゃ』
飯田さんも、もう少ししたら、そのことがわかるかもしれません。
『女の友情おいしいごはん!』
飯田さんがふと頭上を見上げ、
「今日もおいしい、ごはん、ごはーん、か」
「どうしたの?」
「ううん」
飯田さんの顔は幸せそうです。
(これでいつもごまかされちゃうんだから)
この後、Mさんはさりげなく彼氏の話を聞き出そうとしましたが、どこかふわふわとかわされてしまいました。
(うーん、なかなか手ごわいわね)
Mさんも、ここまで焦らされるとは思いもしなかったのです。
いったい、どういうことなのでしょうか。
Mさんは単刀直入に言いました。
「そんなに隠すなんて、もったいぶってるの?」
「え? 今ボーっとしてたわ。なになに?」
きちんと話を聞いてすらいなかった飯田さんでした。
友達がいのない、もとい、お幸せなのは確かなようです。
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