第5話くう! 母の味(シイタケ、ねぎとわかめの味噌汁&漬け物)
「や、一週間ぶり」
飯田さんはうれしくなるのを我慢して、ぷっと頬を膨らませています。
「今日は朝から大変だったのよ。夕べ急に妹が泊りにきてさ」
「お姉ちゃんの彼氏? ってかっこいい?」
「かっこいいけど……」
「けど……なになに?」
「イケメンだけど……」
ちょっと俺様なのよねえ。とは言わず。
「すてきなひと」
「ええっ、つまんない!」
なにを期待して尋ねてきたのか、わからない感想です。
「えー、えー?」
「なによ」
笑いながら妹を見ると、なにやら厳しい目つきをしています。
「お姉ちゃん、この部屋に……」
「ん? なあに」
「なんでもない」
(お姉ちゃん、タバコは吸わない人なのに!)
携帯灰皿が、ガラステーブルに置いてある。
「パパとママに言っちゃおう!」
「どうぞ。きっと大喜びするわ」
「お嫁にいけるといいねー」
「こら! おちょくらないでよ」
この妹を黙らせるには、ちゃんとしたところを見せなくちゃ!
「お料理仙人、助けて」
『ほーい。今日も明日もごはん、ごはーん』
<忙しい明日の朝のレシピ>
1、 夜のうちに干しシイタケを一枚、水で戻し、ねぎを小口切りにしておく。野菜があったら一口大に切っておく。
2、 朝、シイタケを戻した汁にねぎを加え、シイタケを適当に切って入れ、味噌汁を作る。一口大の野菜は塩でもんで、味の素をかけてから醤油をかける。
3、 あとはできあいの御惣菜を皿に盛り、彩りでプチトマトを加える。
4、 ご飯を保温して食べる。
「ずるーい。家ではなんにもしなかったくせに。ね、彼氏ができたからなの?」
「そうともいえるし、そうでないともいえるわねえ」
飯田さんはのらりくらりと返答を先延ばしにします。
お料理仙人のおかげなのです。けれど、妹には教えたくありません。
ちゃら、と小銭をテーブルにおいて、飯田さんは家を出ます。
「お昼は適当に食べて」
「えー? ハンバーガーくらいしか食べられない、これじゃあ」
「じゃあ帰りなさいよ」
「追い出す気?」
「そんな寂しいこと、言わないでよ」
「だって……」
「だってじゃないでしょ。バイト終わったら話きくから」
「うん……」
ろくでもない話じゃないことを祈る飯田さんでございました。
「聞いてくれる? パパがマラソン選手になれっていうの」
「だれが」
「私によ」
「そうなの?」
「前は芸者になれって言って、家を追い出そうとしたくせに」
「どうかしちゃったのかしら、パパ」
「お姉ちゃんのせいだよ。パパがあんなになったの。家を突然出たりするから」
「いや、それは関係ないでしょ」
「ある」
「私に対する過剰な期待が、そのままあんたに来ちゃったのねえ」
「だから、結婚して早く孫でも見せてやれば、一応落ち着くかなと思って……」
「つまり、彼氏を作って……? いいなあ、気楽で」
「お姉ちゃんのバカ! パパもママも私の事監視してる。そうそう彼氏なんてできない」
「私にどうしろと」
「早く結婚して。子供産んで」
飯田さんは呆れ半分、怒り半分。
「そうしろって、パパが言ったの?」
「ううん。でも孫は見たいんだと思う」
「待たせてやろうじゃないの」
「というわけなのよ」
「なにそれ、娘を子供産むマシーンみたいに」
「でしょう?」
飯田さんは成人を迎えても、異性に積極的になれませんでした。
つきあう=愛し合う=子供ができる。
という周囲の偏見に我慢ならなかったのでした。
つきあう=一生恋人同士。結婚未満なんて実際はざらにあるんですからね。
「子供なんて産みたくないよ。私みたいになったら、かわいそう」
「かわいそうなのは、生まれてくる子供じゃなくて、そんな子供を産んでしまう自分じゃないの?」
「どういう意味」
「だってさ……子供って単純におかあさんが好きじゃんか。そこに幸も不幸もないと思う。それを知らないなんて、おまえがかわいそうだよ」
飯田さんは目を開かれた思いがしました。
「でも、理屈じゃないのよ」
「女ってめんどうだな」
「私だって自分が面倒なのよ」
「そうやって理屈こねて、理屈じゃないっていうところが、めんどうなんだよ」
「なによ、子供も産めないくせに」
「女尊男卑だよそれ」
いまどき自室の掃除もしない男には言われたくないわ、と気持ちが落ち着かない飯田さんでした。
「いい? 女は子供ができた時点で、母なのよ? 自分の体の中で、命がどういうふうに育っていくのか日々考えてるの」
「経験談?」
「日々、どういう歩き方をして、どういう靴を履いて、どういう食べ物を食べて、どういう姿勢で座って、寝るのか考えるの」
「うんそれで?」
なんでわからないの、と飯田さんは口を閉ざします。
「そうしてマニュアル通りに生きれば、順当に生まれてくるわけだ」
「そんな単純なわけないでしょう!」
苦痛よ。たまらなく苦痛を味わって、子供を産むの。女に生まれてくるんじゃなかったというほど。
飯塚君は先回りして言いました。
「まあ、今お産は女性だけのものじゃないし。旦那さんのフォローが望めれば、子育てもそんなに負担なだけじゃないと思うよ」
お? そういう話をするところまで行ったんですねえ、お二人とも。
もう夫婦みたい。
「おちょくらないでよ」
「妊娠、出産て大事?」
「大事……かもねえ」
「悩みがあるなら、二人で考えようよ」
ぽっ。
おやおや~~?
耳まで真っ赤な飯田さん。
「うん、そうする……」
ひっそり、難関を突破したらしき飯塚君。
こうなれば、ふぁいと! おー。なのです。
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