第4話暴走味噌汁(豆腐、ねぎとわかめ)

 Mさんのスマホがリンリンなりました。


『野菜送ったぞー』


「あ、おとうさん! 昨日届いたよー」


 実家が農家のMさん。食事には全然苦労はいたしません。


 むしろ、食材だけは豊富で、父母は腐らせまいとやたらMさんの家へ送ってきます。





「困ったなー。また太っちゃう。かといって残すと悪いし」


 こういうところが、極端なダイエットにいそしむ本当の原因かもしれません。


 Mさんはなんのかんのといって、恵まれているために、努力からは程遠く、遠慮したいときにも受け入れてしまうのでした。


「はあ、味気のない人生よ……」


 いえいえ、決してそんなことはございません。


 朝から、インターネットで舞台のチケットを申しこもうか、貯金にまわそうか、悩むくらいにはお幸せな人生をおくっております。





「まあまあね」


 鍋から湯気を立てるお味噌汁。Mさんは味見をしてから考えます。


 ――また作りすぎちゃった。


 本音を言えば、ご近所の飯田さんにお野菜をおわけしたいのだけど、なんて言ってたずねていったらいいのかわからない。


 コミュ障?


 いいえ、ちょっと内気なだけ。


 すてきな彼氏のいる飯田さんに、ちょっと恋バナ聞きたいの……。





「味噌汁好きでもないのに、毎日作りすぎちゃうのよ」


 けっきょくそうやって訪ねていくのが、日常なのでした。





「あら、お野菜? ご実家から? もらってあげる」


 旧知の仲なので、そんなふうにありがたく受け取りますが、飯田さんはそんなに食べるほうでもなく、ダイエット中なのです。


「本当にね、私大家族出身だから、一人前の食事を用意するなんて器用なことはできないの」


「ええ?」


 飯田さんは笑って言いました。


「それじゃあ、この本、持って行って?」


「あらいいのよ」


 とり出された本とは【お一人様~】でした。





「健康的に痩せるのにはどうしたらいいのかしら?」


 Mさんは言いました。


 飯田さんは、


「食べたいときに食べたいだけ食べればいいのよ」


 そんなふうに考えるのが、気楽にダイエットを成功させるコツなのかもしれません。


 しかし、厳密に言えば、心構えはそうであっても、一日の摂取量に気をつけねばなりません。


「私、最近不眠症で。インターネットで調べたら、糖尿病もそんな症状がでるそうね」


「ああ、わかります」


 そう言って飯田さんがとり出した紙は……。


「一日千二百キロカロリーが理想らしいわ」


 


 千二百キロカロリー分の食事。


 ・米飯一食につき100㌘。


 ・タンパク質は一食につき、玉子半分。白身魚80㌘。絹豆腐140㌘(三分の一丁)。脂、皮なし肉60㌘。いずれか一品。


 ・乳製品は一日180ml。チーズならプロセスチーズひとかけ。ヨーグルトは糖分抜きを選ぶこと。


 ・油は一日に大匙一杯(10㌘)


 ・野菜は炭水化物の多いものを除き、一食につき100㌘。


 ・海藻、きのこ、こんにゃくはいくらでも食べて吉。


 ・調味料は味噌汁一杯につき、味噌12㌘。砂糖は一日小さじ二杯(6㌘)。


 ・おやつは林檎半分(150㌘)もしくは一日200㌔カロリーまで。


「ずいぶん厳密に計って食べてるのねえ」


「うーん、うまくいくと、ひと月に一キロ減量できるけど……働いてるとおつきあいも多いから、いきおいガッツリ食べたり、まったく食べなかったりするのよ」


「あらあ、それはいけないわ」


「以前摂食障害で病院にはお世話になったのだけど、規定量守るのは、現実にはむずかしいから……」


「あらあ」


 かわいいのにいろいろあるのねえ、とMさんは思いました。自分がダイエットするのって、のんきな理由――あの服が着たいとか、きれいに見られたいとか、浅はかだったとしか言えません。





「そうねえ、現実にはねえ」


 そんなこと言ったって、オシャレができればいいと思ってた、なんてMさんが言えるわけもないのでした。





 今日のおやつはリプトン紅茶にしておきましょう、とMさんは思いました。





「このコラーゲン、格安よ。よかったら、つかってみて」


 そんなふうに言って、Mさんはおいとましたのでした。


 飯田さんがコラーゲンを欲しがっているようには見えませんね。


 ひたすらげっそりしています。


 ほっそりしているのに、かわいそうだねえ。まだ二十代と聞くのに。励ましてあげよう。


 Mさんはおせっかいにもそう考えました。





「お料理仙人、別にお腹が空いてはいないのだけど、おつきあいってたいへんね」


 さっそく無駄口をたたく飯田さんです。


「お昼ご飯は米飯と、玉子と……Mさんから白菜をもらったから、調味料は塩と醤油と和だしにして。炒めご飯にしようかな」


 買い物に行かなくて済むわ、とほっと一息。


「味噌汁はそのままいただこう」





『……』





 <レシピ>


 Mさんの味噌汁(一人前)


 1、 豆腐(四分の一丁)一センチの角切り。わかめは乾燥したものを5㌘、五分ほど水に浸けて戻し一口大にカット(カットわかめならそのまま使えます)ネギは適量、小口切り。


 2、 ナベに200mlの水(お椀に一杯)を沸かし、和風だしを茶さじ二分の一。


 3、 ナベに具を入れて、沸いたら火を止めて味噌を大さじ一杯。味見をして調味する。煮立てないように注意。





「やさしい味がする……」


 Mさんの味噌汁は合格のようです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る