第3話妄想茶碗蒸し(具は自由)
料理に目覚め始めた飯田さんは、おいしいご飯を作れるように、少しずつ努力を始めました。
残念な腕前も、一番難しいと言われる玉子料理を成功させたことで、がぜんやる気が出てきました。
「お次は茶碗蒸し! これで飯塚くんも見直してくれる。きっと」
そう思うと、なんだかワクワクしてくるのでした。
「えっと、【お一人様~】玉子料理の欄を開いてっと……」
しばらくお料理本と首っ引きでしたが、とうとう音を上げました。
茶碗蒸しを作るのには、鍋に水を沸騰させるところから、蒸すところまで、軽く十分はかかってしまうのです。
「ひょっとしたら、お客さん用レシピなのかしら」
そんなはずはありません。
飯田さんが子供のころ、お母さんが作ってくれたおふくろの味なのですから。
「確か、すが立たないように、泡が立たないように玉子を溶くんだったよね」
そこへお料理仙人が登場!
『考えあぐねているようじゃな』
「あー、もう。助けて?」
お料理仙人は、こともなげに言葉を継ぎました。
『料理は段取りじゃ』
「あの、それがわかんないから、苦労してるんだよね」
『しかたがないのう』
「手っ取り早い方法はないの?」
『それは分量を間違えないようにきちんと調味料をはかることじゃ』
「あたりまえのことを言われても……」
『だまらっしゃい。ここが肝心なのじゃ』
「ふうん。じゃあ手順を踏んでレシピを紹介して?」
『お安い御用じゃ』
<レシピ>
茶碗蒸し(二人分)
1、 ボールに玉子一個とだし汁180ミリリットル。塩小さじ三分の一、しょうゆ小さじ二分の一、みりん小さじ一、を入れて、泡立たないように混ぜておく。
2、 一口大に切った具(鶏肉、かまぼこ二枚、シイタケ二枚、三つ葉二本)を耐熱性の器に入れて、ボールの中身を注ぎ入れる。
3、 深めの鍋に3センチほど水を入れて沸騰させ、器を入れて蒸す。
※このときさいばしをつかって、蓋を斜めにすると水蒸気の水滴が器に入らなくていい。
4、強火で7~8分。
「なーんだ、簡単、かんたん」
『勘がよくなったのう。シナプス結合が強化されたのじゃ』
「なんか難しいこと言ってるきがする」
『ちゃくちゃくと身についてるようで幸甚幸甚』
「でも和食はだしが決めてな気がするわ」
「干しシイタケを戻した汁をつかうといいぞい」
「和風だしをつかったけれど、少し濃かった」
お料理仙人は、上唇をそっとなめ。
『個人の趣味に合わせて味を調節するがよいぞ』
「うお、茶わん蒸し? 俺好物だよ」
つきあい始めが肝心です。
彼女は飯塚君の胃袋をつかみ取れるでしょうか?
「どれ、せっかく作ってくれたんだもんな。いただきまーす」
「ちょっとまったー」
「え、なに?」
不思議そうにする飯塚君。
今日はお休みだから、ゆっくりしたいのに。
彼女のお手製料理も食べられないなんて。
飯田さんは自信がなさそうに、
「今日のは練習だから。またこんど、うまくなったら食べてほしい」
「そんなのかまうか。俺はいま食べたいんだ!」
もしかすると最高のスパイスが効いてくれるかもしれません。
茹でだこみたいになって、飯田さんは茶碗蒸しを再び差し出しました。
その日はハッピーハッピー!
『うまくできたで賞!』
お料理仙人が茶碗蒸しの湯気の向こうへ去っていきました。
『今日もおいしいごはん、ごはーん』
と、言って……。
「それにしても、今日の夕飯て茶碗蒸しだけなの?」
「イケてるでしょ?」
「ああ、うん。飯田さんがそういうならいいよ」
「なあにー? いけないんですか?」
「だからいいって」
「文句言うなら食べるなー」
なんだか危なっかしいやりとりをして、飯田さんと飯塚さんは、距離を縮めました。
「ああ、いや。今度はご飯と味噌汁くらいはセットで食べたい」
「食べ過ぎてお腹こわさないでね」
そういえば飯田さんはこっそりダイエット中なので、一食につき一品しか用意しません。
ただし、自分の納得いく品しか食べないのです。
「そんなんじゃ栄養偏るだろ」
「一日にそんなに食べられない」
「ダイエットもそこそこにしときなよ。がりがりなんて見られたもんじゃないぜ」
飯田さんは太りたくない。その一心だったのです。
「これ以上文句を言うなら、せめて食費はだしてよね」
「お、そうきたか。けど、まかないを食べてれば、一食百五十円だから、それ以上は出せないな」
ケチな男は嫌われるわよ!
言いかけて飯田さんは、百五十円でなにが作れるか、考え始めます。
まず、玉子ワンパックを買ってきて、茶わん蒸しと。米はあるから米飯もできる。沢庵と、澄まし汁くらいは可能だ。
「よし、いいよ。事前徴収ね」
「じゃあ、百五十円。いや、今日と明日の分もあわせて三百円ね」
「じゃあ、明日は野菜を買ってきて、炒め物にでもするか」
飯塚君はうれしそう。
飲食店のまかないより、家庭的な味が味わえる。
果たして飯田さんがそこまでの人材かはおいておいて。
彼女がいるなら彼女の手作りが食べたい男心なのであった。
「明日もくるよ」
「あら、泊っていかないの?」
「寮には門限があるんだ」
ち、惜しい。
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