混乱

 「なに?獅形山がまるごと消えた?馬鹿垂れ!貴様寝ぼけとるのか!」


田中中尉の怒声が大隊本部に響き渡った。


山ごとなくなることなどあってたまるか、ふざけやがって。


不機嫌顔で煙草に火を付ける。


窓に目を向けると、朝日が眩しかった。


溜息まじりに煙を吐き出す。


全く、いくら何でもあんな報告は正気じゃない。



発狂で後送かな、などと思いを巡らせていると、今度は伝令が走り込んできた。


「下田中隊長より伝令!石橋及び娘々廟消失、指示を乞う!伝令終わり!」


兵士がそそくさと立ち去ろうとするのを引き留める。


「おい、ちょっと待て。今消失と言ったな。貴様も見たのか」


すると、眼鏡をかけた一等兵は困ったような顔をして言った。


「はぁ。自分もこの目で見ました。今でもまるで信じられませんが、娘々廟があったところは、全くの草原地帯になっとりました。どうも生えとる植物も全然別の種類になっとるようであります」


田中は関心したような顔をした。


「なんだ貴様、そんなことが分かるのか」


「はぁ、一応地方では植物研究をやっとりましたもので、一通りはわかっとるつもりであります」


そう言うと、一等兵は少し恥ずかしそうな顔をした。


「そうか。他の中隊からも同じような報告が来とる。にわかには信じがたいが、ともかく巡察に行くから、そう伝えてくれ」


「はっ!失礼します!」


そういうと、一等兵は会釈をして出ていった。




未だ田中中尉は知る由もなかったが、このような混乱が支那、満州、蒙疆に展開する日本軍全体で発生していた。


そしてその混乱は参謀本部、大本営、内閣に波及することとなる。

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