第7夜 おバカな失言
海を見ながら海岸沿いを散策していると、大きなクラゲが浮いていました。それは畳二畳はあろうかと思える大きいクラゲでした。ゆっくりと海を眺めているとクラゲが話しかけて来るのです。
「お前はサルを知っているか。知っているなら教えろ」
黙っていると、またも声をかけて来る。
「喋れないのか。知っているのなら早く教えろ」
「俺がこんなに頼んでいるのに何も言わないとは失礼だぞ」
あまりにうるさく言うので、場所を変えようと歩き出すと、後ろから付きまとい、ゴチャゴチャ話しかけるので、ウザいから言い返してやることにしたサイゾウです。
「うるさい!石をぶっつけてやろうか。顔も見せず。名も名乗らず、礼を尽くさず。無礼なのはそちらだ。黙れ!」
これに対してクラゲの言う事には「私は竜宮の使いである」と大見得を切るのであった。
「ふん!例え御前様が竜宮の使いであったとしても、俺に何の関係もあるものか。俺は漁師でもなく、ただの旅人だ。他所で偉そうに言え。このバカが。あのカメよりも程度が低いな」
「カメ」
「そうさ、カメさ。奴は中々の奴だったよ。お前などカメの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ。この愚か者が」
これを聞いたクラゲは態度を豹変させ、媚びるように話し始めました。
「これは申し訳ありませんでした。カメ殿とお知り合いとは、誠申し訳ありません。私はお役目を仰せつかりサルを探しておりますが、どの様な物なのか存じません。どうかお教え願います」
「まあ、そう言って聞くなら教えないわけでもない。が、少し聞きたいことがある。良いか」
「はい。何なりとお聞き下さいませ」
「なぜサルを探しているのか。誰がさるに会いたいと言っているのか。そんな事だ」
「ははあ。そんなことが知りたいのですか」
「ふん。そうだが。ダメなのか」
「いえいえ、実は竜宮の王様が病気になられましてな。医者が申しますには・・・・・」
「医者が言うには」
「誠に申し訳ありません。このことは誰にも言ってはならぬと口止めされておりまして。決してサルの生き肝が要るなどとは言ってはならぬと大臣様からきつく言われておりまして。ですから言えないのでございます」
「なるほど。サルの生き肝かあ。竜宮王の病気回復の為にねえ」
「あなた。どうしてそれを。こんな大事を知っておられるのか。カメの奴が話しておりましたか。しかし、奴は乙姫さまに呼ばれて東宮に行ったはず。さすればあなた様は仙人様でしたか。重ね重ねご無礼お許し下さいませ」
「まあ良いだろう。教えてやらないでもない。が、一つ忠告しておくぞ。お前は喋りすぎる。サルを背中に乗せて連れて行く時は黙って行くんだぞ。決して喋ることならんぞ」
「はい。黙って連れてゆきます。何も話さず、早く竜宮に着く様に致します」
「それなら教えてやろう。あそこに見える崖から飛び出た木の枝に掴まりながら海を見ているのがサルだ」
「はいはい。あれがサルですか」
「そうだ。顔が赤く。ケツも赤い。体は毛に覆われ。きゃっきゃ、きゃっきゃと鳴きおる。だが奴らはいささか知恵がある。気をつける事だ」
「それで、なんと言えば私の背中に乗るでしょうか」
「そうだなあ。先ずは下手に出て天気でも聞くことだ」
「はあ。天気ですか」
「そうさ。何気ないことから話し始めるんだ。相手の答えは「そうだ」とか「はい」を答えるように誘導しながら問いかけて行くんだ。サルの気分が良くなるように話を誘導し、思ったような答えが帰ってこなくても怒ってはならないよ。サルが気分良く自慢話を始めたら、「はあ、まあ、すごい」とか言っておだてるんだ。その後で海の中の様子を面白おかしく話して、美味しい食べ物のことを話せばお前の背に乗らない事もないだろう。まあ、何匹か話してお前さんの話に乗って来るサルが1匹おればそれで良いんだからなあ。気長に行くことだ。ただ気をつける事だ。上手くいったと思い気を抜くなよ」
「はい、わかりました」
お日様がポカポカ、風がそよそよ。サルは枝に抱き着き、海を眺めておりました。ふと一匹のサルが海の上にまあるく白いものが浮かんでいるのに気がつきました。さてさてコレは不思議なものと隣のサルにも指差して話してましたが、隣のサルは一向に気にもしません。そんなもの食い物でもない限りどうでも良いことでしたから、すぐに何か食えるものを探しに行ってしまいました。
するとその白いものがサルに声をかけてきました。
「どうですか、お天気の様子は」
サルは少しビックリしましたが答えました。
「良い天気だよ。お日様も上機嫌で風も心地良い」
「さぞかし美しい景色なんでしょうね」
「そうなのかな。いつも見ている景色なんでね。どうだろう」
「あなたはきっと陸の王様なのでしょう」
クラゲはサルを持ち上げます。
「いや〜。俺はただのサルに過ぎない」
「そうだったんですか。正直な方だ。あなたのような方に聞いて見たかったんです。海の外に世界のことを」
サルはおだてられ、気を良くしたのか、「なんでも聞いてくれ」と返事した。
クラゲは天気のこと、食べ物のこと、住まいのこと、風景のことなど聞いた。聞いた後に必ず「ふ〜ん。素晴らしい」と感想を述べた。
サルはさらに良い気分になって話始めた。話はサルの仲間の事、食べ物、山のことを長々と続いた。クラゲは辛抱強く我慢して話を聞き、「なるほど、ふ〜ん」など合いの手を入れてサルの気持ちを持ち上げた。
話し始めてどれくらい経っただろうかサルは言った。
「あの山はキラキラと光り、水の音はコロコロとなる」
するとクラゲは「なるほど。それはきっと竜宮城の屋根の色に似ているのかも」と答えた。
サルは「ムッ」として言った。
「竜宮城は知らないが山の光はキラキラしている」
「山は知らないんですが、竜宮城の屋根は光り輝いているのです。それに柿はしりませんが、海には牡蠣がありまして、美味しいんです。海の底から見る日の光はコロコロと動いて生きています」
クラゲは海の中のことをサルに話しました。サルは話を聞いて見たくなりました。
「おいっ。お前が海の中をそんなに美しいと言うんなら、俺にも見せてみろ。お前の言う牡蠣がどんなものなのか食わせてみろ」
「あなたが怒られるのも無理ありません。一度両方を見なければわかりませんものねえ。それでは海の世界にお連れしましょう。ご馳走を食べていただきましょう。海の仲間にあなたの話を聞かせましょう」
クラゲは心の中で嬉しくなりました。
「何匹か話をしなければいけないと思っていたんだが。1匹目でゲットできちゃった。俺って才能あるよねえ」
サルを背に乗せてクラゲは海を進みます。もう、辺りに島影も見えません。サルは良い気分で山のことを話しています。
さあ、海に潜ろうとした時でした。
「コレで、使命が果たせる」と独り言をクラゲはつぶやきました。
このつぶやきを聞き逃すことのなかったサルは「!」と思いました。
「なんだいその使命ってのは」
「いや〜、何でもないよ。生き肝が要るなんて思っちゃいないさ」
コレでサルはこのクラゲの目的がわかり震え上がりました。が、ここは海の上、誰も助けてはくれません。
「お前さん。生き肝がいったのかい。あんなもの言ってくれりゃぁ、いつでも上げたものを」
「な〜んだ。そんなに簡単にくれるのかい。それは有り難い」
「でもなぜ俺を乗せる時に生き肝がいると言わなかったんだい」
「だって、今持ってるんだろう」
「アハハハ。大切なものだけど何日かに一度天日に干さなければならないんだ。そうしないとカビ臭くなるんだよ。今日は天気が良かったから、俺は生肝を木の枝に干していたのさ。だから木の枝にじっとしていたのさ。このまま行っても生き肝は無いが、ちゃんともてなしてくれるか。まあ、戻れば木の枝に干してある俺のをやるがなあ。どうする」
「そりゃ、欲しい。くれるのか」
「ああ、やる。あの枝にかかってるんだから。取ってすぐに渡してやる」
「それなら仕方ないや。戻るか」
やっと陸が見えてきました。サルは内心安堵致しましたが、そこは知恵者でクラゲの上でゆっくりとくつろいでいる様子を見せつけます。まるで陸に上がるのは嫌だと言わんばかりです。
「サルさん、ここら辺でしたかねぇ」
「えっ!もう着いたのか」
「ええ、先程の木の辺りだと思いますが」
サルはこのまま帰してやるか、どうしてやろうかと思案を巡らせていました。それでこのクラゲを上司に怒られる様に仕向けてやろうと考えていました。
「あれ、俺のが無い」
サルは大きな声で叫びました。
「キー吉のやつ持って行きやがったな。あれ程触るなと言っておいたのに」
それを聞いたクラゲは慌てて、サルに尋ねた。
「どうなります」
「いやー、大した事ないさ。山までひとっ走り行って、取ってくればいいだけのことだから」
「そうですか」
サルはクラゲの上から降りたい様な仕草も見せず、ゆっくりと寝そべっている。クラゲはサルが早く陸に上がらないので、イライラして声をかけた。
「さっ、早くとって来てください」
「わかったよう。ぼちぼち行くか」
ゆっくりと起き上がるとピヨ〜ンと岩に飛び移り、何処かに行ってしまった。クラゲは待っていたが、なかなかサルは現れなかった。クラゲはその場所を動くとサルが帰って来ても、生肝を渡してもらえないと考え、そこに留まっていた。
一方、サルは山に帰り、事の次第を長に話し、どうしてやろうかと相談していた。
「きっとあの場所で待っているから岩や石を上から投げつけてやる」
サルが息巻いて話すと、サルの長は少し考えて答えた。
「あまり性急に仕返しをするのは得策では無い。仲間たちにクラゲの誘いに乗らぬようにまずは注意を促す。それから出来れば生肝の様な物を渡してやればいいと思うが。何がいいだろうか」
「食べる物は嫌です。食べれない物が良いと思いますが」
「そうじゃなぁ」
少し考えて長が出した答えが、ツルでした。
「ツルを渡してこの先に括ってあるからひっぱりなとクラゲに言え」
「それからどうするんです」
「お前は大きな岩にツルの先を結わえておくのさ。クラゲが欲に目が眩みひっぱり続けたら、岩が頭の上に落ちてくる。途中で諦めたらそれで良い」
明けて朝早く、サル達は岩にツルを結わえ、その端を海に漂っているクラゲに渡しました。
「待たせたな、このツルに結んでおいたから持って行くが良い。が、重いぞ。あんたに持てると良いのだが。良い生肝程重たいんだ。俺があんたの背に乗った時には軽かっただろう。もし生肝と一緒だと重たかったのさ」
クラゲはサルの言葉を聞いて喜んだ。
「イヤイヤ、重いのは結構。確かに貰うよ」
「ああ、持って行ってくれ」
そう言うとサルはいなくなりました。クラゲが引っ張ると重い事、重い事。いくら引っ張っても動きません。必死にひっぱり続けておりますと、急に手応えが軽くなりました。
「あ!」と思い海の中から空を覗くと、何やら黒い物が見えました。崖上から落下する物を、生肝だと思い込んでいたクラゲは、その背中で受け止めねばと体を張って受け止めました。バコ〜ン!大きな音と水しぶきが上がりました。
「ヤッタ〜!あのクラゲ、死んじまったかな」
サルは期待をしながら、崖下を覗くとクラゲの姿が、ユックリと海中に消えてゆくところでした。
大怪我を負いながらも竜宮に帰還したクラゲは、真っ先に大臣のいる大広間に大岩を持って行きました。得意になって大声で大臣に申し出ました。
「これがサルの生肝です。非常に苦労しましたが、ここにお持ち出来ました。いかかですか。この色艶。硬く重たい事。受け止める時死ぬかと覚悟したほどです」
大臣は黙って大岩をぐるりと回って見て、それからクラゲに言った。
「お前は何を持って帰って来たのだ。これが生肝とでも言うのか」
「はい、大臣様。重い生肝ほど力があるのです。新鮮な証拠です」
「このバカタレが。これが生肝だと誰が言った」
「サルが言いました。教えてくれたのです」
クラゲは一度はサルを背に乗せて、途中まで連れて来ていた事。くれると言うので陸に帰った事。ツルを引っ張りこの大岩を背に乗せて運んでいたことなど経緯を話した。
「そうか。お前は道半ばで言ってはならぬと決められた禁を破ったのだな。この愚か者が。二度と声を上げられない様にしてやる。覚悟せよ」
「ご勘弁願います」
クラゲの言葉が終わるか終わらないかのうちに袋叩きに会い、身体中の骨が砕かれ、声を出す力も無くしました。
「命までは取らずに負いてやる」
大臣はクラゲを竜宮城から追放し、次は誰を陸に向かわせるかを考えていました。大王様を往診していた医者が、帰ろうと大臣の側を通りかかった時です。見れば大きな岩があったのです。お医者は大臣に問いかけます。
「これはどうしたのですか」
「これはバカなクラゲが騙され、生肝として持ち帰った岩ですな。奴めは懲らしめてやりましたわい。本当にバカとしか言いようがない」
なぜか気にかかった医者は岩をペロリと舐めて見ました。するとどうも薬効がある様に思いましたので、カリカリとノミで削り、薬を調合しました。必ず効くとは考えておりませんでしたが、毒でも無いし、この際試してみようぐらいの気持ちで大王様に飲ましたのでした。あ〜ら不思議、重い病は立ちどころに消え失せ、大王様は本復し、竜宮は祭日になりました。医者は褒美を与えられ、大臣は俸給の増額を受けました。けれど、クラゲの功績は誰の話題にもならず、忘れ去られるのでした。追放されたクラゲは、自分が持ち帰った岩が大王様の病気本復を成し遂げたとも知らずに海に漂うているのです。
サルは海からの誘いに乗れば、肝を抜かれると噂し、海の方にはいかぬ様にするのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます