第3夜 なぜか夢見る子供たち

 サイゾウは喫茶「童夢」の窓を開けて空を見ていた。そして石畳みの道の随分先の方からやって来る少年少女が段々とこちらに来るのをジッと見ていた。トボトボとやって来る少年と少女が店の前にまでやって来たので、興味が湧いたサイゾウは声をかけた。

「どうしたんだい。えらくしょげてるじゃないか。それ鳥かごだろう。鳥がいないじゃないか。どうかしたんだい。逃がしたとか、誰かに盗まれたとか」

見ると二人は随分と疲れているように見受けられた。男の子は女の子を優しくいたわり手を繋いでいた。

「二人は兄弟なの」

サイゾウが聞くと二人は頷いた。

「どうしてそんなに重たいのに鳥籠を持っているんだい」

このサイゾウの問いかけに二人は互いに見合わせ、ただ少しうつむくだけであった。


「君たちお腹は空いていないのかい。喉は乾いていないのかい。ここにおいで」

サイゾウは二人を喫茶店に招き入れようとしたのですが、二人は首を横に振り、断るばかりです。

「お母さんから見ず知らずの人の誘いを簡単に受けてはならないと言われております」

そう言って男の子はサイゾウの誘いを断り、何処かに行こうとします。けれど妹らしい女の子は、お腹が減ってるのか喫茶店の中を覗いています。


「君がお兄さんで隣にいるのが妹さんかい?」

「はい、そうです」

「そうかい。なかなか礼儀正しい。君たちのご両親が素晴らしい方だと理解できる。君たちは長旅をしてきたんだろう。だったらその旅の話を聞かせてもらえないだろうか。お金を払う代わりに食事と飲み物を君達に出そうと言うわけだ。悪くない話だろう」

「そんなことで良いのですか」

「私はマーケッターなんだよ。サイゾウと言うんだ。マーケッターと言うのは世の中の事を少しでも知っていなきゃならないんだよ。それで君たちの名前は?教えてくれないかな」

「兄の僕はチルチル」

「妹の私はミチル」

そう名乗る二人の子供達を喫茶店の店内に招待した。


 二人はおずおずと店内にやって来た。

「どうした二人とも、さあ、座りなさい。立っている事はない」

椅子を勧めると二人は私の向かえの席に座った。

「鳥籠はここに置いてと。君達、お腹も空いてるだろう。喉も渇いているだろう」

喫茶「童夢」のマスターにミックスジュースとサンドイッチを二人前注文した。


「さあ、君たち、約束のものは今注文が通った。あそこに見えるのは、この世界一の腕のマスターだよ。彼がよりを掛けて作り出すサンドイッチとミックスジュースだ。美味いってもんじゃないよ。ほっぺたが落ちちゃうよ。食べてごらん、その美味しさに目がクラクラさ。感動するよ、絶対に。そして、これから毎夜君たちの夢の中に出てくるんだ。それくらい素晴らしいんだよ」

 サイゾウがそう言って二人を見る。目があった二人が、思わず唾を飲み込んだ時の喉の動きを、サイゾウは見逃さなかった。ニッコリと微笑むとサイゾウは二人に目の前のグラスに注がれた水を飲む様に勧めた。


「どうだい。水を飲んで少しは落ち着いたかい」

「はい。喉がカラカラだったんです」

「チルチル、君はお兄さんだ。妹さんの手を引っ張って良くここまで来れたものだ。頑張ったね、それで旅の話を聞きたいんだが、話せるかい」


 サイゾウは二人から旅についての話を聞いた。

「クリスマスイブの日。お婆さんがうちにやって来たんだ。そんでお婆さんは青い鳥を探していると言ったんだよ。それで僕たちの家にいる鳥を見せてあげたんだけれど、似てるけどこれは違う鳥だって言うんだ。僕たちが見ても、歩くのも大変そうで、疲れて切っているお婆さんが気の毒になってきたんだ。お婆さんが探し求めているのは、「幸せの青い鳥」だと僕たち二人はお教えてもらったんだけど。お茶をご馳走してあげたんだ。美味しかったとお礼を言ったお婆さんが旅に出ようとしたんだ。でももう歩けないくらいに疲れていたんだ。そんな姿を見て僕たち二人は、青い鳥を探すのを代わりに手伝ってあげようと思ったんだ。旅に出発したんだけれど、何処にいるのか探し回ってみたんだけどなかなかいなくて。おじさん、見つからないだけじゃなんだ。捕まえて、二人して喜んだんだよ。鳥カゴに入れて歩いていたんだ。でもさ、ハッと気がついたら違った鳥が入っているんだよ。青色だったのに虹色だったり、黒くなったり」


兄のチルチルの話を継いで妹のミチルが話す。

「そうなの。おじさん!聞いてよ。思い出の国で見つけた青い鳥は、思い出の国から出た途端、黒い鳥になっていたの。不思議でしょう。それでお兄ちゃんと考えて見たの。誰かに教えて貰おうと。ある人に教えてもらい、あそこに行けばきっと居ると言われたの。夜の御殿に。だから私たち頑張っていったの。聞いていた通り、御殿の中には沢山の青い鳥がいたのよ。やったー!って、嬉しくて二人してたくさん捕まえたのよ。だけど、御殿から出た途端に全て死んでしまったの。どうしてか分からないわ。私たちどこへ行けば良いのでしょう」

「そうなんだ。おじさん。贅沢の御殿や未来の国にもいたんだよ。だけど、持ち帰ろうとすると皆ダメになるんだ。お婆さんとの約束が果たせなくて、どうしようかと悩みながらこの石畳の道をやって来たんだ。おじさん、教えてよ。どうして上手くいかないの」


 二人の話がひと段落した時、マスターがサンドイッチとミックスジュースを運んできた。二人は目を丸くして運ばれてきた料理を見た。

「おいしそうだろう。ここのは絶品なんだよ。このジュースに使われているカリンコ・カリエの実は南海の孤島ジャジマン島にしか無いものだ。ここのマスターが取り寄せている貴重な果物さ。このミックスサンドイッチの具も特殊でね。トマトはデレクブラック。あの暗黒大陸原産で今は森に棲む7人の小人が作っている貴重なトマトさ。サニーレタスに見えるけど、これはドラゴンの洞窟にしか生えないデスレタス。取りに行った者は、ドラゴンに出会うと死んでしまうかもと言われている曰く付きのレタスだ。それに挟んであるハムはガンバランバ豚のロースだ。君達も知っているだろう。あの三匹の豚に出てくるのがガンバランバ豚なんだよ。オオカミが食うのに必死になるぐらい美味しいんだ。つまり、ここにあるメニューはどれも貴重な食材を使って、ここでしか味わう事ができない物なんだよ。さあ、召し上がれ」


 チルチルとミチルは満面の笑みを浮かべてサンドイッチにガブリっと噛み付いた。口の中に広がる旨味に二人は驚いた。

「アッア、グッ」

何か言おうとしても口一杯に頰張ったため、モグモグと口を動かすだけで言葉にはならず、二人は噛んで飲み込もうとする。喋りたいので喉の奥に押し込もうとする気持ちと、もう少し口の中で味わっていたい気持ちとが喧嘩するが、とうとう喉の奥に落ちていくしかないのである。ググッと何も言えず飲み込む。ついでミックスジュースをストローで吸い込み、やっと喉に流し込み、口の中が空になって初めて口をきいた。

「おいしいよ」

「おいしいわ」


 その姿をサイゾウは見ていて微笑ましかった。昔、祖父に連れて行ってもらった喫茶店で、初めてサンドイッチを食いついた時、俺もこんな風だったのかと見ていた。その時、祖父もこんな気持ちで俺を見ていたのかと思いを馳せているサイゾウであった。


「そうか。それは良かった。君たちが探している青い鳥はその場所でしか生きられないか弱い鳥なんだ。今、君たちが食べているジュースとサンドイッチと同じくらい希少なんだよ。誰もが美味しいからと持ち帰りを希望するんだ。けれど家に帰り着いて、ソファーに腰を下ろして、さぁ食べようと、ガブリと食い付くんだが美味くない。ああっ、店で食った時は美味かったのになぁ〜と、ね。」

「じゃ〜、ここの食事はお持ち帰りができないの。母さんにもあのお婆さんにも食べさせてあげたいのに。」

ミチルは残念そうにサンドイッチを眺めた。


「ここ童夢の食事の抜群の美味しさは今ここで食うから味わえるのさ。お持ち帰りして食っても味が変わってしまうんだよ。美味しさが失われるのは色々と事情があるのだろうが。君達にもきっと分かると思うが、この店の雰囲気とか、わかるだろう。ピクニックに持って行くお弁当は格別だろう。そう言った物も世の中にはあるんだ。お婆さんも多くの場所で青い鳥を見つけたが連れて帰る事ができなかったのさ。きっと」

「じゃあ、どうして僕たちに頼んだの」

チルチルは不満そうに尋ねる。


「きっと君たちならうまく出来るかもしれないと考えたか、万に一つ出来るんじゃないかと思い付いたのかもな。君たちは頑張ったんだけれど同じだった。話の中に出てくる婆さんと」

「じゃあ、青い鳥は捕まえる事が出来なかったと知ったら、きっとがっかりするだろうなあ。お婆さん」

二人はうなだれてしまいました。


「アハハハハ。そんなことはないと思うよ」

「どうして」

「どの様なものも、多くのもの、色々な物が集まって出来上がっているものなんだよ」

「どう言うことなの」

「それはねえ。不幸と思える中にも必ず幸運がどこかに隠れているんだ。戦争でも大敗のすぐ隣に、勝利の女神様が君に微笑んで立っているものなのさ。君たちは多くの国を訪れ、色々な大きさや色の青い鳥を見て来ただろう。色々な世界には幸せの青い鳥が必ずいただろう。つまり君の家にもいるんだ。どこにでもいると言うことさ。隠れているだけなんだよ。見つけてやればいいんだ。けれどお婆さんには連れ出せないよ。君たちの家から出ると死んでしまうのさ。そう言うものなんだよ」

「おじさん。僕達、どうすればいいの」

「早くお家にお帰り。そして、お婆さんに全てを話せば良いんだ。きっと、納得をしてくれるよ。私とやっぱり同じだったのねぇと、な!」


 二人は食事の後、サイゾウにお礼を言って、喫茶「童夢」を出ようとした時、ミチルはサイゾウの右手を掴んだ。その愛らしい目がキラキラと光り、サイゾウに呼びかけた。

「あの〜う、おじさん。これ上げる」

差し出された可愛い右手には、赤い何かが握られていた。才蔵は「おっおっ」と声をあげた。サイゾウはしゃがんで女の子と同じ目線で話した。

「これはどうしたの」

「夜の御殿、思い出の国、宝の山、ず〜とず〜と歩いてたの。そしたら道に落ちてたの。綺麗でしょう。あげる」

「そんなに大事な物はお母さんにあげなくちゃ」

「いや、おじさんにあげるの!」

そう言ってくれるのでサイゾウが両手を広げると、ミチルは右手に握っていた物をサイゾウの手の中に落とし入れた。それは赤く光り、何かの歯車だと思わせた。


サイゾウに宝物を渡す儀式を果たした二人は、鳥籠を持ち、童夢を後にした。二人揃って元気に家に帰って行くその姿を、サイゾウは見送りながら「フッ〜」と息を吐きながら独り言を呟きました。

「困った婆さんだ。本当に。フフフフ」


 思い出し笑いに心地良くなり、コーヒーカップを右手で持ちながら、窓の方を見てゆったりとした時間を過ごしていると、頭の上の方から「ふ〜ん」と言う声がする。ふと見上げると黒いマントに黒い帽子の年の頃なら二十歳くらいの女が上からサイゾウを覗き込んでいた。黒ずくめのその女は、薔薇の様に甘い香りを漂わせ、首元に白いレースの飾りが見えて色っぽかった。目元はぱっちり、口元は口角が引き上がり皺一つ無い、美人ではある。サイゾウは「ああっ、夏目雅子に似てるなぁ」と、心の中で呟いた。

「あなた、もうあの子達を家に返したの」

そう言って俺の横に黒ずくめの女はスルリと座った。サイゾウには許可も取らず、まるで旧知の中の様に、他人が見れば元カノが久々に出逢ったので、ソファーに親しげに寄り添った様に見えただろう。サイゾウは、黒ずくめの女の目当てがわからずに恐怖した。


 見れば、黒いマントも黒い帽子も、ダグに連れられた魔女のものと良く似ていた。だから真っ先に頭に浮かんだのは、あのババアが若く化けているのかも知れないと言うことだった。あの時小屋にいたババアとは匂いも違うし、手だって若い。だからってあの魔女が化けてないって保証は無いんだと、サイゾウは自分に言い聞かせて心を引き締めた。


 サイゾウはダグから魔女の事を少し聞きかじっていた。

「サイゾウ、気をつけろ。奴らは何をするか分からない。契約には忠実だ。けれどそれ以外では何をしているのか分からない。それに魔女は俺たちと違って長生きだ。2000年を超えて生きる者までいると聞く。今さっき会ったあのババアは、900歳と言われている。何か腹に持っている感じがする。何かあると踏んで間違いないだろう」

「何かあるのか」

「さあ、何があるか、それは俺にも分からない。だが、家の中にはなかったが、村の奴らの匂いが、あの家の近くやこの辺あたりにはあるのさ。そうさ、村の奴らの匂いや村長の匂いがあちこちにあるんだ。何だか嫌な事が頭をよぎる。だから、きな臭いんだ。君を連れて魔女の家に行ってよかったと、俺は思ったよ」

「そうなのか」

「そうさ!奴ら。・・・・・、何でもない。この話はもうよそう。ただ、魔女はあんな婆さんでも、街に出向く時には若く化けて歩いている。それで悪口を聞きつけると意地悪を仕掛けて来るらしい。気をつける事だ。それに若くて魅了的な美女に誘われて一夜を共にしたら、なんと朝になったらオジン、まあ爺いにされちまうって話さ。若さと精力を根こそぎ喰われるそうだ。クワバラ、クワバラ。恐ろしい話さ」

「奴ら、魔女はなぜそんなことを」

「さあ、自分を若返らせるためとも、そいつの邪魔をするためとも、噂されてる。なんにしてもお前、美女には気おつけろ〜。朝起きたら腰の曲がった爺様だ。ハハハハ、頭も白くなってるぞ」

サイゾウは、ダグが教えてくれた事を思い出し警戒していた。


「今、あの子達を帰したのよネェ。困るわ〜!契約があるのよ。あなたも知ってるよね。魔女は契約に厳しいって」

「それはどう言う意味だい?」

「あなたね!魔女に会うの二度目でしょう」

「ああっ、まあ、二度目と言えば二度目かな」

「そうよねぇ。確か、誰だったか、狼男の」

「ああっ、ダグかい」

「そうよ。ダメ狼男のダグ!あの男に連れられて魔女の家に行ったでしょう」

「おっ!あの事を知ってるってことは、やっぱ!お前、あの時のババアだな!うまく化けやがったなぁ」

「何言ってるのよ。私、こんなにピチピチしてるのに。ほうら見て〜。この足、婆さんのもの違うでしょう。あの時家に居たのは、大叔母のドギヤ婆さん。御年八百二十三歳なの。わかってくれた。だけど、あんた今話した歳の事は内緒だよ。このことは誰にも言っちゃならないからね。ドギヤ婆さんに知られたら私、大目玉食らうんだから。分かったね」

「じゃあ、なぜ俺を知ってるんだ?」

「それは回状が回って来たのよ。私の所に。わかるでしょう」

「わからん」

「あんた、マーケッターか何か知らないけれど、バカなの。ほんと。商売に携わった者ならば、一度買い物してくれたお客様や売った商品の事は、大切に記録に残すでしょうに。それは後々事故を未然に防いだり、事故で損害を起こさないようにする事も視野に入れてあるって事でしょう」

「何かい俺はお客様だって言うの?」

「違います。商品の方よ。魔法で呼び出したんだから。お客様は狼男のダグってやつ」

「ふ〜ん。だったら商品の俺様に何か用かい」

「あなた名前は?」

「回状に載ってなかったかい。それよりも俺の名前を尋ねるのなら、先に名乗るが礼儀だろうが」

「ふ〜ん。やっぱり頭良さそう。魔女は相手の名前を知れば魔法を使いどうとでも出来るんだよ。だから回状には名前が乗ってない事もありうちなのさ。それが魔女の義理堅さなのよ。だから気をおつけなさい」

「ふ〜ん。これは気が抜けないなぁ」

「今回の回状には状況は記入してあったけれども名前は伏せてあってねぇ。だから知らないのよ。私はシュール。よろしくね」

「ああよろしく、サイゾウだ」


 女は甘えた口調で俺に流し目を送ってくる。

「あなたでしょう。か、め、勝たせたの。叔母から聞いたわ〜」

小悪魔的な笑顔を見せながら、サイゾウの右腕に乳房を押し付けてくる。何が目的なのか分からず引き攣る。顔を動かせずに目だけを魔女に向けると、相手も警戒してると判ったのか 、少し体を離した。


「ネェネェ、あの亀、どうなったか知ってる?」

上目使いで甘えた口調。それにますます柔らかい乳房を俺の右手に押し付けてくる。どうするか思案のしどころと思いつつ、ここ童夢で聞いた情報を話した。

「さあ、どうなった。確かハーレム暮らしをしているように聞いたんだが。彼女は一杯で、亀一族のヒーローだってな」


 すると上目使いの顔で俺を見つめて、「フッ」と、吐息を吹きかけ、小悪魔的な笑いを浮かべて話始めた。

「亀のみんなが止めろと言うのも聞き入れず、川辺の一番日当たりの良い所で、日向ぼっこをする様になちゃって。何処からか飛んできたワシが掴んで連れ去られたんだってよ。その場所は一番良い場所だけど、危険だから誰も行かなかった場所だったみたいなんだけど。亀さん、俺は偉いんだと威張って何日か甲羅干ししてたんだって。長老や周りの者達はそこは危険だと何度も言い聞かせたんだが、言うことを聞かなかったのよ。それで最後はバサッって音がしたら居なくなって、空を見上げたらワシに掴まれて飛んでたらしいわよ。気の毒よね。偉そうにしてたのにワシに喰われるなんて」

「ふ〜ん。奢る平家は何とやら」

「それ何?」

「あっ、こっちのこと」


 どうしてこうも馴れ馴れしくするのか、クラブの女やキャバ嬢の様に腰をクネクネとくねらせ俺の接近して来る。色仕掛けか。何か魂胆があるに違いない。うかうかと乗ったら地獄へ逆落されちまうかもしれないと思い警戒する。

「クワバラクワバラ」


そんなことを思いながら女を警戒しまくってたら、女は俺にウインクをしてきた。またも俺の右腕に胸を押し付けてきて顔を俺の肩に押せてくる。


「もしかしてあの子たちが言っていたお婆さんって君の事かい」

「そうよ。どうしてわかったの」

やはりそうか、こいつはババアなんだ。やっぱり若く化けやがって、こうなったらこんなババアから早く逃げよう。

「そりゃそうさ!あの子達を知っているからにはそうだろうとね。ただ、ちょっとしたカンさ」

「困るのよね。あの子達の母親に言われて旅に出したのに。早く帰らせてはダメなの。契約に差し支えるの」

そう言って耳元で囁くように言った。

「大人の事情があるのよ。わかるでしょう」

女はウインクをして笑いかけた。


「ふ〜ん。そうだったのか」

サイゾウはため息交じりに言葉を継いだ。

「それじゃあ帰り道を迷わせたらいいじゃないのか。おたくがいいと思うくらいに家に着くように」

「それもそうね。そうよね、そうするわ」


 どうも子供達を旅に出させたのは別の所に真意があった様で、サイゾウも赤面せずには居られなかった。

「あなた、今晩、暇かしら。私、時間あるのよ」

魔女は流し目で誘って来る。右手に胸を押し付け、ますます体をこちらに預けて来た。魔女の誘いの言葉を聞いて「ぞっ」としたサイゾウは、きっぱり断り、喫茶「童夢」を早々と出て、魔女から逃げ出すのであった。


 石畳の道を進んで行くと小川に沿って伸びる街道に出た。川辺には花が咲き、街道には人々が往来し賑やかだった。サイゾウは行き交う人を眺めながら、この人の職業は何かとか、何処に行くのかとか、考え想像する事を楽しんで歩いていた。それはマーケッターの生来の性のようなものであった。


「何よ!こんなに可愛いいい女をふって!」

「何を言ってるんだい、シュール。あいつに魔法は効かないって言っておいただろう。何してるんだい」

「だって。巷の男だったらワンサカ言い寄ってくるんだよ」

「ワッハハハハハ。笑わせてくれる。媚薬と魔法で男をたらし込んでいるくせに」

「何よ!そんな事を言うのだったら、ドギヤ叔母さん、あんたがすれば良かったじゃん」

「ダメなんだって、あいつは狼男の右手の親指の爪を持っているのさ。私だと直ぐに見破るんだよ。だから、お前に頼んだのに」

「クッソ〜!サイゾウ!覚えてらっしゃい」

「まあ、いい!今回は私達のまけでいいわ。次はどうするか」

「ウフウフフフフフ・・・・・・」

魔女二人、何事か相談をしております。何を求め、何をなすか、魔女のやる事はわかりません。ただ、己の欲望を満たす為である事は確かなようです。


 


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