第8話 ふざけた者勝ちな時もある

 キャッチコピー。

 これを書く時はいつも悩む。

 キャッチコピーは第二のタイトルのようなものだ。限られた文字数で作品の魅力を皆に伝えるための重要なツールなのである。

 僕はこれを書くために、いつもかなりの時間を要する。過去にはこの項目だけで一時間も費やしたことがある。

 言葉を書いては消し、書いては消しの繰り返しで。

 他の作家たちは、いつもどのようにしてキャッチコピーを考えているのだろう?

「ふう……」

 思わず大きな息が漏れた。

 それを聞いたらしい、アオイが怪訝そうに尋ねてくる。

「悩んでるの?」

「そりゃ悩みもするよ」

 両手を頭の後ろで組んで、椅子の背凭れに体を預けて。

 パソコンの画面から目を離して壁を見つめながら、僕は言った。

「キャッチコピーはタイトルの次に大事なんだ。ここをどう書くかで閲覧数が変わると言っても過言じゃないんだから」

「確かに、そうだろうねぇ」

 僕の言葉に同意するアオイ。

 しかし次の瞬間には、彼は首を振っていた。

「でも、そこまで悩む必要はないって思うよ。僕は」

「……言ってることが矛盾してないか。お前」

 作品の人気を左右する大事な項目なのに、悩む必要がないって。

 アオイは一体僕に何を言いたいのだろう。


「悩む必要なんてないんだよ。キャッチコピーは言わば宣伝文句、自由に書いていい小さな作品なんだからさ」


 小さな作品?

 アオイの言葉は続いた。

「作品に対する自分の思いを書く、作品の紹介文を書く、作中に登場する台詞を抜き出す……何でもいいんだよ。タイトルは作品の価値を決める大切なものではあるけれど、これはそこまでお堅いものじゃないんだから。あんみつに入ってる赤えんどうみたいなものなんだよ」

 何だよ……あんみつに入ってる赤えんどうって。意味の分からない譬だな。

「いっそのこと、ふざけちゃえば? 案外はっちゃけて笑いを取った方が、人の目には留まりやすいかもしれないよ?」

 せっかく題名が軽い感じなんだし、と彼は言うのだった。

 ──キャッチコピーで笑いを取る。そんなことが許されるのだろうか。

 サイトに並ぶ小説たちに付けられたキャッチコピーは真面目に考えられたものが多いのに。

 ……でも。

 誰もやっていないようなことをやるというのは、ありかもしれない。

 新しいことはやった者勝ちだって誰かも言っていたような気がするし。

 よし。どうせならこんなのありなのかって思われるような内容にしてやろう。

 ちゃんと小説の内容に沿った形の、最高のコメディを。

 僕は椅子にきちんと座り直して、滑稽な曲調の音楽をかけた。

 面白いものを書こうとしてるのだから、今聴く音楽も面白みのある方がいい。

 ヘッドホンを装着し、画面を見つめて、考えることしばし。

 ふっと思い浮かんだ言葉を、そのまま画面に打ち込んでみる。

 ……これでどうだ。


 『魔王様、その爆発した頭で民の前にお立ちになるのはおやめ下さい!』


 ……あまり面白くはなかったか?

 でも、僕なりに興味を惹くような笑いを込めて書いたつもりだ。

 まあ、キャッチコピーは後から修正することは簡単にできる。もっと面白い言葉が浮かんだら書き換えれば良いだけのことだ。

 とりあえずは、これでいこう。

 エンターキーを押して、文章を確定させる。

 それを見ていたアオイがへぇと声を漏らした。

「随分軽い感じにしたんだね」

「難しく考えるなって言ったのはお前だろ」

「そうだね」

 彼は僕の言葉をあっさりと肯定した。

「類は何でも難しく考えすぎなんだよ。状況に応じて気楽に考えられるようにならなくちゃ、疲れちゃうよ」

 ……こいつ、何のかんのと言いながら結局は僕のことを心配してくれていたのか?

 何というか、素直じゃない奴だ。

 まあ、いいか。

 僕は肩を竦めて、手を付けていない残りの項目を埋めるためにキーボードを叩き始めたのだった。

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