第6話 冒頭に魂を込めろ

 パチパチ、パチパチパチ。

 僕は一生懸命にキーボードを叩いていた。

 白い画面に次々と生まれていく文字。

 それは文章となって、僕が思い描いた通りの物語を作っていく。

 耳元で鳴り響いているのは音楽。

 僕は小説を書く時には、書こうと思っている場面のイメージに合った音楽を聴くのだ。

 そうして音楽の力を借りて書き上げた文章は、普通に無音の中で執筆した時よりも臨場感のある文章に仕上がるので、僕の執筆活動に音楽は欠かせないものになっている。

 場面ごとに曲をいちいち選び直さないといけないのは手間だけどね。

「……よし」

 たん、とエンターキーを叩いて、僕は出来上がった文章を確認した。

 書き上がった文章を読み直すのは、一話ごとに欠かさず行っていることだった。

 文字の間違いはないか。おかしな文節はないか。そういったところをチェックするのである。

 自分の文章力でやっていることなので完璧に行えるわけではないが、何でもやらないよりはやった方がマシだ。

 稀に投稿した小説に誤字や文法の間違いなんかがあるとコメントでそれを指摘してくれる人がいるが、あれは本当に有難いと思っている。

 とはいえ、本来なら読者の手を煩わせないで自分でやらなければならないことだ。なので、僕はなるべく自力で自分の書いた文章のミスは直すようにしていた。

「できたの?」

 入念に文章のチェックをしていると、横から覗き込むように話しかけてくるアオイ。

 僕は画面から目を離さぬまま、答えた。

「ああ。やっと一話が完成した」

「へぇ」

 見せて、と言ってアオイは沈黙した。

 いつも思うんだけど、アオイってどうやってものを見たり聞いたりしているんだろう。

 僕の中にいる奴だから、僕の目や耳を通して情報を得ているんだろうけど……

 しばしの沈黙の後、アオイははっきりと言った。

「駄目。やり直し」

「はぁ?」

 僕は眉間に皺を寄せた。

「お前、人が一生懸命書いた小説を……」

「だって平凡なんだもん」

 僕の反論を遮るアオイ。

「無難な出だし。そんなんじゃ読者に興味は持ってもらえないよ。もっとインパクトのある書き出しにしなくちゃ」

 例えば、と彼は言った。

「映画のオープニングを思い出してみなよ。これからどうなるんだろう、ってわくわくするでしょ? それと一緒。小説も、続きが気になるような書き出しにしなくちゃ駄目なんだよ。特に連載形式の場合はね。一話が魅力の薄い内容だと、二話以降も読もうって気にはならないんだよ」


 冒頭の数行に魂を込めろ。

 それが、アオイが僕に言ったことだった。

 続きを読みたくなるような文章。それがあって初めて、読者は続きにも興味を持ってくれるのだと。

 見れば一瞬で好みに合っているか分かる絵とは異なり、小説はその内容を把握するのに幾許かの時間を要する。読んでいるうちに興味を失ってしまうような文章だと、読者はそこで読むのをやめてしまう。

 連載形式なら、一話くらいなら読んでもらえるだろう。そこが書き手の技量が試されるところなのだ。

 一話さえガツンと心に突き刺さる内容であったなら、読者は続きを楽しみにしてくれる。ひょっとしたら作品をフォローしてくれるかもしれない。

 だから、冒頭はおざなりにしてはいけない。一番丁寧に、熱く、書かなければいけないところなのだ──

「時間がかかってもいいから、もう一度じっくり書いてみなよ。作品の運命が決まると言っても過言じゃないんだもの、それだけの時間をかける価値はあると僕は思うよ」

「…………」

 作品の運命が決まる……か。

 僕は、今までに鳴かず飛ばずの作品を山のように書いてきた。

 ひょっとしたら、それらの作品は皆。

 冒頭に魅力が足りなかったから、底辺に埋もれる作品になってしまったのかもしれない──

 僕は意を決して、書き上げた文章を消去していった。

 再びまっさらになった画面を見つめて、よし、と呟く。

「……もう一度、考えてみるよ」

 せっかく時間をかけて書き上げた作品を消してしまったというのに、僕の口元には微笑が浮かんでいた。

 誰が見ても目を丸くするような、とびきりのオープニングを書いてやる。

 そう思うと、何だか楽しくなってきたのだ。

 ふふっと笑って、アオイは言った。

「楽しみにしてるよ」

「おう。びっくりさせてやるからな」

 両手を握ったり開いたりして軽く解して、僕はキーボードの上に指を乗せた。

 ヘッドホンから流れる音楽に耳を傾けながら──再び、始まりの一文を書き始めたのだった。

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