第2話 日常➁
営業部の仕事は多岐にわたる。
自社で開発・編集している教具や教材、有名な教職者の啓発本など様々な商品を各書店や学習塾、学校教育機関に売り込む仕事。
または先方のほうからの依頼・要望に応え、企画略案を作成して企画部に申請するといった、顧客と会社の中継ぎのような役割も担っている。
外は歩き回るは書類は作成するは、会社と顧客の要望の板挟みになるはとかなり大変な仕事だ。
今日の営業は、さっき会議ででた新教材の開発依頼についての案件。
一から新しく創るとなると、時間もコストもかかるしそれはもう大変だ。
まぁ俺の仕事は、顧客の要望を会社に伝えたらその後はお願いしますって感じなのだか。
コンビニで昼飯をすませ、先方の所にたどり着いた。
「こんにちは。彩泉社の営業部の者ですが。」
「ようこそお越しくださいました。私、学芯堂の瀬川と申します。よろしくお願い致します。」
「彩泉社の田嶋です。こっちは…」
「秋月です。」「小野寺です。」
「よろしくお願い致します。」
「ではさっそく本題の方に入りましょうか。」
「先日頂いたお話ですが、難関私立・公立高校合格に向けた教材ということでよろしかったでしょうか。」
「はい。我が社は今、小中高と全ての学年の生徒の講座の開講を行なっています。その中でも最も生徒数が多く力を入れているのが中等部なのですが、近年難関校の合格者数が伸び悩んでおりまして。年々新しい学習塾も誕生してきますから、今回新教材の導入で合格者数の底上げと、生徒数増員を図りたいと考えております。」
「難関校とおっしゃいますと、この辺りなら尚光学園や陵誠高校などでしょうか。」
「その通りです。特に陵誠高校は都内トップの偏差値で、東大合格者数も5年連続一位ですから、倍率も年々上昇しています。」
「ここ数年の学芯堂の陵誠合格者数はどのくらいでしょうか。」
「定員300名に対して去年は、76名でした。3年前には120名と半分近くを占めていたのですが、徐々に減少してしまっている状況です。」
「そこで我が社に声がかかったわけですね。過去にも難関校向けの教材は手がけて…」
「おい、おい小野寺。何ぼーっとしてんだよお前らしくもない。」
「あっごめんなさい。いや私ここ通ってたからなんか懐かしくって。」
「そっかここの卒業生か。そういえばお前天下の陵誠のOGだったな。」
「私の頃は今みたいに超難関ってわけじゃなかったから、大したことないわよ」
「ん、ゴホン」
「失礼しました!」
「いやかまいませんよ。では具体的な話に移りましょうか。」
商談中の俺の仕事は、音声の録音と詳細の記録だ。後でテープ起こしや報告書を作成しなければならないので、素早く簡潔にまとめなければいけないから結構苦労する。
まぁ小野寺と分担なので一人よりは楽だが。
直接交渉する田嶋さんはとにかく話が上手い。時々冗談や世間話を交えて相手と親密になり、話をスムーズに進めるのが巧みだ。
この喋りの技術のおかげで田嶋さんは、部署一の成績を収めている。
このおっさん本当口だけは達者だよなと、オフの超ダメ人間を知っている俺は心の中で呟きつつ商談は進んでいった。
「本日はどうもありがとうございました。」
「こちらこそありがとうございました。ではお話した内容を持ち帰り企画部に回しますので、後日またご連絡させていただきます。何か追加のご要望があれば遠慮なくお知らせください。」
「わかりました。よろしくお願い致します。」
「それでは失礼致します。」
長い話し合いも終わり外に出ると、すでに日が傾きかけていた。
「さっさと戻って報告書提出するぞー」
「ういーす」「了解です」
会社に帰るとほとんどのチームはもう戻ってきているようだった。
何時間かたち記録を見ながら報告書を書き終えた時には、定時を一時間も過ぎた後だった。
「おっし仕事も終わったし飲みにでもいくか!秋月!」
「勘弁してください笑。俺あんま酒強くないの知ってるでしょ!昨日行ったんで当分いいです!」
「かーっお前それでも社会人か!仕事終わりに飲みに行ってこその社会人だろーが!」
「すんません。ちょっと何言ってるかわかんないっす笑。」
「まだまだ夜は長げーのによ〜。それじゃ久しぶりに麻雀でも打ちにいくか!」
麻雀と聞いて俺の心が傾きかける。
「麻雀ならいいっすけど。」
「お前本当麻雀になるとノリいいよな笑。おい小野寺!お前も麻雀来るか?」
「私はいいです。ルールもよく知らないしタバコの匂いも嫌いなので。」
「そっか。ほな人数集めて来るから、秋月下の喫煙所で待っててくれや。」
「りょーかいです。」
エレベーターで一階まで降りて喫煙所に入り、椅子に座ってふーっと息を吐く。
やっと今日の一日が終わった。
仕事終わりに吸うタバコの最初の一本は、何物にもかえがたい幸福感がある。
一本目を吸い終わった頃に、田嶋さんが何人かつれて喫煙所に入ってきた。
「待たせたな秋月。結局いつものメンバーになっちまった笑。」
「いつものって何っすか、いつものって!ほんで秋月、お前はいつ見てもだるそうな顔してんな笑。」
「そのセリフ朝にも聞いた気が…俺そんな顔してますか笑。」
「してるしてる笑。ナマケモノみたいな顔だな。」
会ってそうそうボロクソに言ってくるこの人は、企画部の竹内さんだ。
俺の2年先輩で歳も近いからつるむことも多い。
「いいじゃんナマケモノ、なんか女子に人気でそう笑。おい秋月、お前に人生が楽しくなる方法を教えてやろう!それは彼女をつくることだ!」
といきなり謎のアドバイスをしてきたのは、同期で人事部の相川。
ひょろっとしてスタイルもよく、顔も二枚目なので腹立つがめちゃくちゃモテる奴だ。
「はいはい。そのアドバイスは何億回も聞いたから早く雀荘行きましょうよ田嶋さん!」
なんかニマニマしてる田嶋さんに話しかけると、「お前らほんと仲いいよな〜」
「そんなわけないっすよ!」
「あるわけないない!」
「断じて!」
「ほら息ぴったりじゃん笑。」
東京の渋谷の繁華街には雀荘が腐るほどある。
会社の連中とセットでいつも使う店は、駅から5分ほどのラーメン屋の上にあった。
ドアを開けるとタバコの匂いと熱気が外に流れ出してきた。
「いらっしゃい!おっハイちゃん」
よく行くお店なので店長からは、下の名前の牌司からハイちゃんと呼ばれている。
「店長!今日も4人打ちセットで。赤牌二、金牌一で、チップと焼き鳥は無しで。」
「はいよ!それじゃ右奥の卓使ってくれや。設定はもうすんでるんで。」
「ありがと。店長!」
「おーし前回は秋月に一人勝ちされたから、今日は結託してでもフルボッコにするぞお前ら!」
「もちろんっす!」「いいっすね!」
始まる前から何やら物騒なことを言っているが、まぁいいだろう。
結局10半荘くらいしてトップ八回、二着一回、三着一回と俺の一人浮きで終わった。
「またボロ勝ちかよー。秋月お前本当強すぎ笑。」
「でも今日は三倍満ツモで秋月に親被りさせて、三着に叩き落としてやったぜ!」
「まぐれだろ笑。」
「うん、まぐれだ笑。」
「ぜってーまぐれだな笑。」
「ちょっ田嶋さん、竹内さんどっちの味方なんすか!」
「大きな声だすな相川!もう遅いしこれで解散なー」
「おつかれっしたー」
「おつかれさん」
「おい秋月!次は覚えてろよ!」
「漫画のやられ役みたいになってんぞお前笑。」
「うっせー!」
皆んな各々の帰路につく。
帰りの電車に揺られながら、俺は少しの物足りなさを感じていた。
会社の人とやる麻雀は気軽で楽しい。
しかし俺が欲しているのは、もっと胸が高まる張り詰めた空気の中での麻雀。
もっと強い奴と麻雀がしたい。
俺がそんな強い奴と出会うのは、もう少し先の話だ。
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