初デート。






 春田さんとLINEが始まったその週末夕方17時。


 わたしは春田さんの待つ表参道へ向かっていた。




「ね、ねえゆーちゃん。この靴変じゃないかな」


「さっき服と合わせて買い換えたばっかでしょ!大丈夫!」


 電車の中で、親友のゆーちゃんに少し呆れ気味に言われてしまった。



【ずっと買うの悩んでたんですけど、そこまで推されたら思い切れる気がします(笑)】


【今週末だったら空いてるから、一緒に買いに行けるよ】



 翔太郎と飲み行った日の夜、都内にしか売っていないそのイヤホンを


 買いに行くのがめんどくさくなってしまう。


 というやりとりをしていたら、そのまままさかのデートのお約束を取り付けてしまったのだ。




 午前中はゆーちゃんとの約束があったので、


 その日の洋服に合う靴を購入。その場で履き替え。



「気合い入ってるね〜そんなにオシャレさんなの?」


「いや、私服は見たことないよ。でもスーツだけでもあんなにスタイリッシュだから、隣歩くにふさわしい服で行かなきゃって思って」


「なんだそりゃ!それで全身スエットとかだったらウケるね」


「そっちのが緊張しなくていいかも」


「じゃあ、わたしここで降りるから。ファイト!!」



 同じくこの後他の予定があるゆーちゃんに力無く手を振った。



 …わたし今心臓沢山あるんじゃないかってくらいバクバクだけど、大丈夫かしら。


 待ち合わせの表参道駅が近づくにつれて、心臓の数は増えていく。




【今どこらへん?】


 そんなわたしに追い打ちをかけるかのように春田さん。



【次表参道です!】


【おけ。改札の前にいるね】



 …もう着いていらっしゃるのか…


 わたしも10分前に着いて化粧室で最終確認したかったな。



 会社に向かう電車はあんなにも長く億劫に感じるのに、


 こういう時の電車ってなんでこんなに早いんだろ?




 そんなことを思いながらフーッと息を吐いて電車を降りた。






 ◇◇◇







「お待たせしました!すみません」


「ううん、大丈夫。なんだかんだ俺もさっき着いたよ。」



 …憧れのシチュエーションを、まさか春田さんと経験する日がくるとは…



「むしろ遅い時間からになっちゃってごめん。明日から仕事なのに。」



「いやいや!それは春田さんも同じじゃないですか!付き合ってもらってありがたいです。前の予定大丈夫でしたか?」


「うん。合わせてくれてありがとう。」




 今日の春田さんはグレーのタートルネックに、黒のロングコート。革靴とクラッチバッグ、スキニージーンズという何とも想像通りのスタイリッシュさ。




 …友貴は小さいからこういうの似合わないんだよなぁ。



 そんな酷いことを考えてしまった。



 あれから友貴からは連絡はない。


 多分、もう終わりへと向かってるんだろう。



 わたしが『別れたくない』と言えば、関係は修復するのかもしれないけど、

 それをしないということは、そういうことなんだろう。



 最初は寂しくも思った。

 それに気づいて、ゆっくりと心の整理をしていく自分にも。



 意外とあっけない3年間だったなぁ




「ストアには在庫なさそうだけど、ダメ元で行ってみようか」



 春田さんにそう投げかけられて、ハッと我に帰る。



「はい!そうします!」



 そうだ、今日はデートだ。


 友貴と付き合ってから、まさか自分がまだ人生で他の男性ひととデートする日が来るとは思ってもみなかったな。



 …今日はしっかりこっちに集中しましょう。





 ◇◇





「申し訳ございません。全体的に今在庫がなくて。入荷待ちでしたら承れるんですが…」



 案の定お店のお兄さんにはそう言われてしまった。



「大丈夫です。ちょっと考えます。」



 あたりを見回すわたしのかわりに、春田さんが答えてくれた。



「わたし、表参道ちゃんと歩いたの初めてですし、ここ来たのも初めてです」


「えっ。嘘でしょ?近いじゃん!」


「地元横浜ですよ!大体用はそこで済みますもん」



 春田さんは上京してきた学生のように、キョロキョロ周りを見るわたしが面白かったのか、ケラケラ笑っている。




 馬鹿にされてるのに、なんだか少し嬉しい。


 おかげで緊張も、幾分解けた。



「もうちょっと電気屋さんとか回ってみる?それか明日から仕事だし、早いけどご飯食べる?」


「!…ご飯食べます?」



 てっきりイヤフォン買うだけのデートかと思ってたから、驚いて質問に質問で返してしまった。



「ここ少し行ったとこに美味しいガレットのお店があるから、もし時間大丈夫なら。」



 …!!なんと。



 お店まで考えていてくれたのか。


 そしてガレットとはなんとまぁ春田さんっぽい。



「ぜひぜひ!」


「んじゃ、行こう」



 いつもスーツを着こなしてる憧れの職場の先輩が、


 手が触れそうな距離で、隣を歩いてるってすごいな。


 少なくとも配属された時は想像もしなかったし、こんな風にデートできると思わなかったな。



 …進展することはなくとも、この機会を楽しまねば。




 お店の扉を先に開けて、エスコートしてくれる春田さんの横顔を見てそんなことを思った。




「七生さんって、彼氏いるんだったよね?」


「あ、はい。一応。前飲み会で聞かれた時から状況は変わってませんが。」


「冷戦中なんだっけ?今日のこと怒られない?」


「はい。全部一応連絡はしてありますし、こういうのは全然気にしない人です!」


「冷戦中でも報告はしておくんだ。偉いね」




 どれにする?とメニューを開いてこっちに寄せてくれる春田さんの『偉いね』は、ひどく大人っぽく聞こえた。







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