薄いカルピス。







 私たちの職場は飲み会が多く、


 クリスマス会や忘年会や恒例のカラオケ会もあったけど、


 それから特別、春田さんとの距離が縮まるようなイベントはなかった。




 ただ、確信したことは


 わたしは春田さんに興味があるし、


 春田さんもわたしに興味が無いわけじゃないということ。





 お店のクリスマス会があった日、


「七生さん誕生日近いんだよね?

 この後カラオケでみんなでお祝いしようよ」


 と、何気なく春田さんからお誘いを受けた。




 結局その日は先約があり、断らざるを得なかったけど、


 …わたし誕生日の話したのかなり前だったけど、覚えててくれたんだ。


 と、少し嬉しくなったり、先約のある自分を少し恨んだり。




 職場のグループLINEに招待してもらえて、


 そこのメンバーだった春田さんを、ドキドキしながら友達追加してみたり。

(特にLINEを送るわけではないけど。)


 相変わらず、視線のやり取りは続いていたり。






 なんとなく、心地の良い


 微妙な距離感。






 ◇◇◇





「…このカルピス薄い気がする。」



 とある新年会会場。




「…作り直してきますか?」



 作り直してくるというのは、ここが自分たちでカウンターへ向かい、ドリンクを作るタイプの居酒屋のため。



 春田さんは声が大きい。


 文頭のカルピスのくだりも、向かいの席の私に言ったのか、はたまた独り言だったのか。


 分からなかったけど、とりあえず他の人は聞いてなかったようなので問いかけてみた。



「………」



 黙って私にコップを差し出してきた春田さん。


 飲んでみろ、ということなのかしら。


 いや、決して間接キスを意識しているわけではなく。


 何となく潔癖気味なイメージがあったからこの行動が意外で、躊躇ってしまう。




「…春田さんって、潔癖なのかと思ってました。」


「えっそうかな。…まあ綺麗好きではあるかも。ど?カルピス薄かったでしょ?」



 この人と話すと、何でこんなに緊張しちゃうんだろう。


 コクコクと頷きながら、上手く返事ができないことを悔やむ。



 声がちょっとだけ好みなのかもしれない。


 低くて、よく通る声。



 …いや。


 このコップを支える細くて、白い指が好みなのかもしれない。



 -…この人の恋人は、一体どんな風に呼ばれるんだろう?


 -…この人はその綺麗な大きな手で頭を撫でたりするのかな。


 -…彼女には屈託なく、無邪気に笑いかけたりするのかな。


 -…まつ毛、すっごい長いなぁ。


 -…先輩と話す時は、意外と大きな口を開けて笑うんだな。




 今日は何故か、


 向かいの春田さんの横顔を見ていたら、聞きたいこととか気持ちが沢山溢れてきて止まらない。







 この人は恋人を、どんな風に愛すのかな。







「…!…わ、わたしやっぱり入れ直してきますよ」



 そう思った時こっちを向いた春田さんと目が合ってしまって、誤魔化すように席を立った。




 -カランカラン




「七生さん大丈夫?酔ってる?」


 カルピスの原液をミネラルウォーターと氷で薄めながら、ボーッと考えていると海原さんに背中を叩かれた。



「いや…わたし一滴も飲んでないです。(笑)」


「あら。じゃあお得意の考え事か。」


「何考えてたんだかわかりますー?」


「どーせ壮也さんのことでしょー」



 少し小さめの声でサラッと当ててくる海原さんは、流石わたしのことをよくわかっている。


 むしろ心を読まれているのか。



「わたしそんなにわかりやすいですか。」


「実にわかりやすいですな。」



 意地悪そうに笑って言う海原さんに、いーっと歯を出して微かな抵抗。





「おかえり。ちゃんと味見した?」


「し、してませんけど…今回は大丈夫だと思います」



 人にやってもらっておいて、なんで若干偉そうなんだこの人は。


 そう思うのとは裏腹に、『おかえり』というフレーズに、なぜだか少し鼓動が早くなる。







 …………これはいけないやつだ。



 ついこの前、海原さんと『この人は好きになっちゃダメな人』だと再確認したばっかりなのに。


 …極力関わるのは避けよう。




 自分の気持ちが完全にオトされてしまう前に、ブレーキをかけようと心の中で一人誓った。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る