泳花

 真魚まなという名前なのに、ちっとも泳ぎが上手くない。中学校のプールの横幅を泳ぎ切るので精一杯だ。見かねた親に、田舎の家の裏手にある海に連れてこられた。

 余計なお世話だ。澄んだ液体に牛乳を注いだような空に言い知れぬ不安を覚えながら、浅瀬を漂う。

「お姉ちゃん、何してるの?」

 海食台からすうっと泳ぎ出てきた見知らぬ少女が、無邪気に問うてくる。

「泳げないから、練習」

「ふぅん」

 少女は首を傾げる。

「教えようか?」

 泳花えいかというその少女の指導は思いがけず巧みで、日が落ちる頃には、明らかに以前より長い距離を泳げるようになっていた。

「ありが……あれ?」

 振り返ると、泳花は音もなく姿を消していた。

 すうっと、魚の影が空に昇った。

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