ある夜の話

「ねぇ……先生、どこか遠いところへ連れて行ってよ」


青年は美しく靭やかな指先を、私の汚れた指に絡めた。

静かに目を伏せ、私の返事を待っている。


「行きたいところがあるのでしょう。どうぞ仰って下さい」

「……いじわる」



青年から向けられる感情に、私は戸惑いを隠しきれなかった。

「……貴方の私に向ける感情は、一体何なのですか」

それを青年に問うたところで、あどけなさの背後に毒を持つ蝶のような微笑みを湛え、私に訊くだろう。

「先生は俺のこと、どう思ってるの?」


そのとき私は、私は何と答えるのだろう。

――私は、応えることができるのだろうか。


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