そろそろぼくたちは、切なさを友だちにしようか

木月 悠介

序章 夜の散歩が趣味です、と言えない

「趣味は何ですか」と聞かれたら。

「映画」「読書」「音楽」と、無難に答えることにしている。


もちろんそれぞれ、偽りはない。

映画は1年間に100本以上観た年もあった。近くのレンタルビデオ屋が旧作100円レンタルを始めて、それに飛びついた僕はひたすら名作のビデオを借りて観まくった。

読書もけっこう続けてきた。小学校のころからいろんな人の小説やルポルタージュ、エッセイ本をずっと読んできた。

音楽もよく聴く。お気に入りの曲で自分だけのMDをたくさん作って、日によってディスクを選んだりする。


でも本当は違う。

夜に一人で散歩に出かける、というのが、僕の一番の趣味だ。

誰にもおおっぴらに言えない、一人だけの趣味だ。


時刻はだいたい、24時を過ぎて日付が変わるころ。

お気に入りの革靴を履いて、お気に入りの音楽をおともにして、一人暮らしの部屋から僕は、外に繰り出す。

歩くコースは特に決まってはいない。だいたいが、一駅隣の駅までや、近くの国道沿い、川沿いを2時間から3時間ほど歩き、ぐるっと回って家に戻ってくる。誰かと一緒に歩くわけでもないし、道によっては人通りがない寂しい暗い道だったりする。

そんな道を、ただただ歩いて帰る趣味。

それを3日に1回のペースで繰り返して、もう2年以上になる。

大学に合格して、地方から出てきて。そして小さなマンションの部屋で一人暮らしをはじめて3年。その3年のうちに、いつのまにか身についてしまった習慣だった。


ウォークマンでテンポのよい曲を聴きながら、夜遅いというのにひっきりなしに車が行き交う国道を歩いていると、夜しか見られなかった街の風景が徐々に心に染みてくる。

ふと見つけたコンビニに入ってコーヒーと夜食を買いこみ、好きなスペースに座りこんで、夜空を見上げながら休憩する。

昼間なら到底渡れないような横断歩道を、赤だというのに口笛吹きながら走りぬけ、手近な手すりに腰かけながら、往来の車を飽きることなく見つめている。


街は、夜空の黒と、ネオンの赤と、車の黄色い灯りに染めあげられて、僕の目を楽しませる。

大音量で聴いていたウォークマンの曲が、いつしか脳に直接響くようになって、好きな音楽が流れる世界の中で、僕は何かと一体になってゆく。

時折すれ違う自転車の人や、酒の酔いを冷ます為に座り込んでいる若者たちを軽く横目で流しながら、それ以外は無人と化した街を、僕はいつもうろついていた。

風が気持ちのよい春も、夜だけは快適な夏も、落ち葉を踏みしめる秋も、顔が凍えるような寒い冬も。


……最初に行った散歩のことなんて、もうすっかり忘れてしまった。

だから、なぜこんな趣味をはじめたのか、今でも思い出せないままだ。

それでも自然と心に染み込むように生活の一部になってしまった夜歩きは、僕にいろんな物を与えてくれた。いろんな人と出会い、話をして、そしていろんな夜を見た。

そして、大人になった。


そう、これは。

僕の、そんな一つの趣味にまつわる、いくつかのお話だ。

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