後編 ニュータイプ
「君達が、先日の予選でゲルマン仮面チームを破ったというチームBFFだな? 話は聞き及んでいる」
「ジャーさんが、僕らのことを知っているなんて!?」
「どうして知らないと思う? とくに氷室セイ、きみはあの、氷室レイの息子だと聞いた。忘れもしない名だ」
口元だけの笑みで語るジャーさん。
確かに、僕の親父と彼は、これまでにも壮絶なファイトを繰り広げてきたという。
まだ、いまのようにビルドとファイトが明確に区分されていなかった当時は、河豚さんや親父もファイターとして戦っていたらしい。
そのころからの、因縁ということになる。
「しかし」
ジャーさんが、怪訝そうな顔で、レムさんを見た。
「君はいま、ファイターではない顔をしているな?」
「……っ」
「食事以外に気を取られている。むろん、それが悪いことだとは言わない。だが、ひとりのファイターとして言わせてもらえば」
「もらえば、なんだってんだよ──父さん!!」
レムさんが突然怒鳴った。
というか、え? お父さん!?
ジャーさんが、レムさんのお父さんだって!?
そんな僕の驚きをよそに、ジャーさんは淡々と娘を──レムさんを見つめ、こう言った。
「君は、まだ限界というものを知らん。若いがゆえに、おのれの胃が持たん時が来ていることがわからんのだ。食事の可能性を信じるなら、その限界に挑んで──」
「母さんに愛想つかされて、こんなところでバイトしてるあんたに、なにがわかるんだよ……!」
別居!?
バイト!?
次々に出てくる情報に、僕の脳みそは追いつかない。
しかしジャーさんはどこまでもシニカルに微笑み続け、
「ほかに食べる方法を知らんからさ。だから未だに嫁も帰ってこない」
などと言う。
「ファイターとは孤独なものだ。ビルダーとのつながりなど、所詮はその程度のものだ。嫁は私のビルダーになってくれる存在だったかもしれないが、そのつながりも今や風前の灯火。セイくん、離婚調停が持たん時が来ているのだと、なぜわからん!」
いや、僕に言われても……
「それはともかく、レム。そこの炊飯器を買っていきなさい。パパからのプレゼントだ」
「……どうせならこっちのにしろ。15万のやつ。おいしいコメが食いたい」
「む……更にねだり上手になったな、レム!」
とまあ、そんな感じで。
僕と伝説のファイター、赤い炊飯のジャーとの遭遇は終わった。
ただ、去り際に彼は、
「──私たちでは見せてやれなかった人の可能性を、君が彼女に見せてやってくれ。あの子は私たちを超える新しい存在だ」
と、僕にだけ聞こえる声で、耳打ちしてきた。
それからレムさんにも聞こえるように、
「次の本選、私も出る! 易々と勝てると思わないことだ」
そんな挑戦状を、たたきつけてきた。
レムさんはポカーンとなった後、勝ち気に笑って。
「絶対負けねーよ、このオールドタイプめ!」
こぶしを、突き付けていたんだ。
§§
その日の夕ご飯を、僕はレムさんにごちそうした。
買い出ししておいた材料で作った、炊き込みご飯とほうれんそうのお浸し、アジの煮つけだ。
彼女はおいしそうに食べてくれた。
「もう遅いし、家まで送るよ」
「いや、たぶん外に父さんが待機している。そういうヘンタイ染みたところがある馬鹿親なんだ」
「なんとも、コメントに困るね……」
「それじゃあ、本選は、よろしくな、セイ」
「もちろん、まかせて!」
部屋から出ていくとき、レムさんが意地悪く笑った。
そうして、僕のポケットを指さし、
「今日付き合ってくれた礼だ、受け取ってくれ。あと、しっかり味見しとけよ」
それだけ言って、風のように去っていった。
僕は暫し、彼女の笑顔に見とれていたけれど。
やがて正気に戻り、ポケットを探る。
すると、いったいいつの間に入れられたのか、ラッピングされた小袋が入っていて。
その、中身は──
「ワサビに、しょうが、ラー油? それから……赤いクッキー?」
ポケットの中の香辛料たち。
この時それがなにを意味するのか、僕はまだ、知らなかった。
まさかビルド・フード・ファイト本選で。
いきなりジャーさんが敗北することも。
そして
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次回予告!
冷酷無比なビルダー
苦戦必至。
自らの父親の敗北を目にし、心が揺れる木安原は、果たしてフリージアに勝利できるのか。
なあ、セイよ。あのお嬢ちゃんを助けて見せろ。わしが認めた
次回、「鉄火丼」
いのちの糧は、厨房にある──
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