後編 ミンチよりうめーや!

「……ふふ」


 会場の熱気を吹き飛ばすような、小さな声。

 見遣れば、先ほどまで苦しそうな表情をしていた木安原さんが、口元をゆがめている。

 苦痛ではなく──楽し気に。


「この瞬間を、待っていたんだッ──!」


 彼女は叫ぶなり、帽子を投げ捨てた。

 その長い、美しい金髪が、スポットライトの下、いっぱいに広がる。

 彼女は敢然と、目の前にそびえるきつね色の料理に挑み始めた。


「遅い遅い! いまさらなにをしたって」


 煽り立てる紋寺さん。

 しかし、木安原さんは余裕の笑みを崩さない。

 次々にその白い歯で、衣をかみちぎっていく。


「どういうことだ……?」


 首をかしげたのは、マークさんが早かった。


「グラタンほどではないにしても、オリジナリティのないメンチカツ。内側からも外側からも、油をたっぷり吸った衣では、こんなにも量を重ねられないはずが──」

「だれが」


 彼女が。


「この料理が」


 僕が。


 二人が、声をそろえて叫んだ。


「「メンチカツなんて、いつ言ったっけなぁ!」」


「「!?」」


 同時に驚きを表すゲルマン仮面チーム。

 僕らの口元には、会心の笑みが浮かんでいた。

 ファイトに専念する木安原さんの代わりに、僕が説明する。


「これはコロッケですよ、マークさん」

「コロッケ、だと……?」


 いぶかしげに語尾を跳ね上げる仮面のニンジャ。


「だが、コロッケならば条件は同じ……否、ジャガイモが多く油分を吸収する分、メンチカツより不利ではないか!」

「……いつ、僕が油を使ったなんて、言ったんですか?」

「──なんとぉ!?」


 彼の目が、驚愕に見開かれた。

 ああ、そうさ。

 僕ははじめっから、油なんて使っていないのだ。

 使ったのは──


蒸気調理器スチームレンジかぁ!!」

「そのとおり!」


 スチームレンジとは、文字通り蒸気を使って料理をする調理器具だ。

 その性能はすさまじく、スチームを吹き付けることで焼くことも蒸すことも──そして揚げることもできる!


「つまり、胃もたれの原因はゼロなんです!」

「だが、それではヘルシーに脂が落とされて重量は増えない──まさか!?」

「そのまさかです。だからジャガイモを使ったんですよ」


 もし料理がメンチカツだったのなら、中身は挽き肉。

 スチームによって油はいい感じに落とされてしまい、必然食事の重量は減る。

 だけれど、中身がジャガイモなら?


「もとより落ちる油はなく!」

「挽き肉からにじみ出る脂さえ、ジャガイモが吸収する──ということかああ!」

「そうともいう!」


 そうとしか言わない。

 そして、僕らは待っていたんだ。

 あっさりしたコロッケで食事ファイトを続けながら、相手が弱点を見せる瞬間を。


「……! しまった! クリム、それ以上水を飲むな!」

「なにを言ってるんだい、マークさん。私は天才なんだ! 蜂のように舞い、蝶のように刺して──うぐ!?」


 突然おなかを押さえる紋寺さん。


『おおっと! どうしたことだ紋寺選手! 突然スプーンの速度が衰えたぞ!?』

『簡単な理屈だな』

『知っているのですか、乱場殿!』

『グラタンは、言ってしまえば小麦粉の塊だ。パン粉、ベシャメルソース、そしてマカロニ……そしてチーズの塩分はのどを渇かせる。では、渇きに負け水を口にすれば、どうなるかな?』

『当然小麦粉が水を吸って……はっ!』


 そう、急激に膨れ上がって、おなかがいっぱいになるんだ!


『し、しかし、出場選手の体重は、足元のリアルタイム計測装置で観測されています! そしてそれには、当然水の重さも加わりますし、現在より食べているのは紋寺選手では』


「だからおまえは阿呆なのだ!」


 叫んだのはマークさんだった。

 そして、動いたのは木安原さんだった。


「認めたくないものだな、若さゆえの過ちというのは」


 彼女は、自嘲的に笑う。


「私もセイに出会うまでは、メンチカツこそ、油ギットギトの料理こそ至高だと思っていたさ。でも──ヘルシー路線は量が食える! このコロッケ、ミンチよりうめーや!」

「ぐぐぐ……でも、料理の材料が発表されるのは、試合開始直前のはずで……そんな、この短時間で、あの料理人はこの方法を思いついたってのか!」


 紋寺さんが絶望に表情を変える。

 だが、くさっても彼女はファイター。

 次の瞬間には、その両目に闘志が宿っていた。


「認めん、認めないやー! 私は天才なんだ! つくづく天才なんだ! それに、まだ銀の匙が負けたわけじゃあ──」

「ならば、正面からそれを、うち破ってやるまで!」


 木安原さんが、ほえた。


「おおおおおおおおおおおおおおおお! おまえが銀の匙ならば──私は黄金の箸……!」


 彼女が懐から取り出したのは、光り輝く一膳の箸!

 彼女はそれを天に掲げ、ほえる。


「セイの作ったコロッケが燃える! 美味しさ逃がさず輝き叫ぶ! 喰らえ必殺……!」


 振り下ろされる箸。

 それは、狙いを余さずコロッケを両断する……!


灼熱を挟み持つ箸シャイニング・チョップスティック──食べやすく一口大にワンイート!!」


 一口大に切り分けられ、そして彼女の口に運ばれていく無数のコロッケ。

 それはまさしく、輝く流星のようだった。


 カーン! カンカンカーン!


 そして、試合の終了を告げるゴングが鳴った。

 決着は──



§§



「いい試合しょくじだった」


 ファイトを終えた木安原さんは、笑顔でそう言った。

 ゲルマン二人組は、困ったように笑っていた。


「どうやら、我々の予想を超えていたようだな、さらにやるようになったか、木安原」

「マークさんが足手まといだったんだ……でも、ファイトが終わればみんな友達!」


 手を差し出してくるゲルマン二人。

 僕らは顔を見合わせ、そして笑顔でその手を取った。

 お互いの健闘をたたえて固い握手が交わされる。

 マークさんが、神妙なトーンでこう言った。


「だが、これは予選を通過したに過ぎない。本選では、さらに強敵が出てくるぞ」

「だいじょうぶだいじょうぶ、もしそうだとしてもさ、私には」


 木安原さんが、僕を見て、言った。


「今日の試合、見てわかっただろ? 私たちは、最高のBFFだからな!」

「……木安原さん」

「レムでいいよ。私もセイって呼ぶし」

「レムさん」

「なーんか、くすぐったいんだよなぁ」


 はにかむ彼女。

 僕は、その表情に見惚れていた。


 だから、この時は思いもしなかったんだ。

 この1か月後のビルド・フード・ファイト決勝戦。

 そこが、地獄と化すなんて。


 思っても、見なかったのだ。



─────────────────────────────────────



次回予告!


買い出しに出かけた先で出くわすレムとセイ。

そこに現れる、赤い炊飯のジャー。

彼らの出逢いは宿命か、それとも──


次回「ポケットの中の調味料」君は、残さずに食べきれるか?

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