中編 脅威! ゲルマン忍術!
試合会場は熱気──調理場から漏れ出した空調で処理しきれない熱によって、異様なテンションを維持していた。
大会参加者は6組。
その全員が、調理された料理をすさまじい勢いでむさぼっていた。
『おぉぉっと、これはどうしたことだぁ!?』
実況席で、熱血ナレーターの
北関東代表のチーム〝火星人類〟のフードファイターが、白目をむいて机に突っ伏したからだ。
大食い老人こと
波呂沢さんが、隣へと話題を振る。
『これはどういうことでしょうか、乱場さん!』
『……簡単な理屈だな。砂漠で水を切らすようなものだ』
『と、言いますと?』
『熱々のメンチカツを口の中に投入し続ければ、おのずと吐き出してしまう。生理的な反応だ。それがのどに詰まったのだよ』
『これはチーム火星人類、大きな失敗だぁ!! 老人にまさかの揚げたてメンチカツを供給していた!!!』
調理担当の紫髪の少年が、厨房を飛び出して老人へと泣きついた。
自分のミスを何度も謝っているようだったが、意識を失った老人の耳には届くわけもなく、救護班がすぐさま医務室へと搬送してしまった。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
歓声が上がる。
チーム・プトレマイオスが、仕掛けたのだ。
「さあ、僕は作ったぞ
「わかったよ
「ん? この教本に、料理は熱々を提供しろと書いてあるが?」
「〝ラブラブ愛妻料理生活読本〟……ああ、著者の悪意が見えるようだよ……こうなったら!」
波呂沢さんが、マイクをひっつかんで立ち上がる。
『おっと! これは晴屋選手、禁じ手に出た! メンチカツに水をかけている! 邪道! あまりに邪道! それしたらブーイングは間違いなしだ!』
『テロといっても過言ではないな、一流のフードファイターがやることではない』
河豚店長がそんな風に相槌をうつ。
なんで河豚さんが実況席にいるのか、僕にはちょっとわからない。
でも、いまは目の前の料理に集中するしかなかった。
今回の大会の課題は、ひき肉とパン粉を使った料理だ。
ビルド・フード・ファイトは、大きく三つのパートで構成される。
まずAパート。
これは料理人が仕込みをする時間──ビルドの時間だ。
大会開始直前で明かされる調理課題に沿って、材料を吟味し、即座に献立を考える。作っていい料理は、各自一種類まで。
ただし、アレンジは自由。
ここで作られた料理が、Bパートでファイターたちへと運ばれる。
この時間では、僕ら料理人は調理を続ける。並行して、木安原さんたち
フードファイターたちの食事は、皿の数じゃない。
リアル計量トレースシステムによって、口にした食事の重さが、常に計測されているのだ。
だから、ごまかしはきかない。純然たる食事量が、そのまま勝負に直結するのである。
そして、その戦いを経て、Cパート。
ここではBパートまでに作られた料理が出される。
つまり、料理は打ち止めだ。
僕らはBパートが終わるまでに、可能な限り大量の食事を、未来を見越して作らなくてはいけないのだ。
Cパートはビルドフードファイトの花。
フードファイターたちの独壇場だ。
いま、フェイズはBパート。
僕は大急ぎで料理を続けていた。
ビルダーたちの料理場は個別で仕切られており、Bパートが終わるまでは、各自どんな調理をしているかはわからない。
僕らビルダーにわかるのは、会場で戦うファイターたちの姿だけだ。
もちろん、実況を聞くことで、ある程度──さっきのようなことは把握できる。
そこから、料理の変更点を見出すのだけれど……
『おっと! さらに2チームが脱落! 意表を突いた400ポンドハンバーグは強かったが、なぜかファイターが棄権してしまった!』
『ファイターのコメントが届いているな』
『えっと、ファイターの
『もう一つのチームは単純におなかがいっぱいのようだな』
これで、どうやら残るチームは僕と木安原さんの、チームBFF。
そして──
「アイエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
隣の料理ブースから、狂気的な叫びがとどろきあがる。
それはゲルマン仮面チームの料理人、マークさんの気声だった。
すさまじい熱波が、壁を通して伝わってくる。
僕も負けてはいられない。
大急ぎで、料理を作る。
そして──
『いまゴングが鳴ったー! ここでBパートが終了。ついにCパートの開幕だー!』
波呂山さんのそんなナレーションとともに、甲高い金属音が鳴り響く。
同時に、会場の熱気も最高潮に達した。
僕は即座にエプロンを投げ捨てると、選手観覧席へと走った。
「木安原さん!」
「セイか!」
赤い野球帽をかぶった彼女が、僕のほうをちらりと見た。
その表情は苦しげにゆがんでいる。
一方、ゲルマン仮面チームのフードファイター紋寺さんは、その表情が仮面で隠れていてうかがえないものの、すさまじい勢いで口の中に料理を詰め込んでいた。
「もう終盤なのに……ええい、ゲルマン仮面の料理はいったい!?」
「知りたいか少年!」
背後で叫び声。
振り向くと、腕を組んで椅子の上に立つ人影があった。
マークさんだ。
「私の作った料理はグラタン! グラ、タンっ!」
「ぐ、グラタン!」
「そうだ! だがただのグラタンではない……クリムの好きなゲルマンチーズがたっぷりと乗った、大盛りグラタンだ!」
「──なっ」
チーズ増量のグラタン?
僕ははっとなって、紋寺さんの手元を見やる。
確かにそこには、耐熱皿が積み重なっていた。
そして、大量のベシャメルソースと、カリカリのパン粉、そして糸を引く魅惑的なチーズの三重奏を、僕は見る。
間違いない、それはグラタンだった。
それも、通常の3倍はあろうかという大盛りグラタンだ。
「一個のカロリー2500カロリー! 重量は450グラム!」
「いちグラタンに、それだけの重量を持たせるなんて……ええい、ゲルマンのグラタンはバケモノか! だけど、出来立てのグラタンなんてものは、熱くて食べられないはずでは──」
「だから貴様は間抜けなのだ、氷室セイ! 見よ、ゲルマン忍術の神髄を!」
「忍、術……!?」
マークさんの怒声が僕へと飛んだ。
僕は、瞬時に理解する。
実際のバケモノは、そんな埒外の食事を平然と続けているあの少女のほうだったのだと。
「ウヒャヒャヒャヒャヒャ! 私は天才なのだよ!」
食事をしながら高笑いをするという、まさに天才的な神業を披露する少女。
その銀色のスプーンの勢いは衰えない。
マカロニ、ひき肉、チーズ、オニオンが、次々にその可憐な口唇へと吸い込まれていく。
「私には迷い箸というチョイスはないんだ! なにせ箸は使えない。あっそれ! スプーンとはこう使う!」
翻る銀の匙。
それは空中をひらめく間に、救い上げていたグラタンを外気にさらす。
一度金属から離れたことで、加速度的にグラタンが冷却されているのだ!
「はむ! つくづく天才だよ、私はぁ!」
そういって、水を口に含む紋寺さん。
熱狂する会場。
完全に勝負の流れは、ゲルマン仮面チームへと流れた。
誰もがそう、思ったときだった。
「ふふ……」
小さな笑い声が、会場に響く──
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