第2食 僕が作って、君が食べる!

前編 ビルド・フード・ファイト

 その日、知り合ったばかりの木安原さんに。

 僕は強引に誘われて、とあるイベントに参加していた。

 僕らの住む日登ひのぼり市、その総合会館で催されていたフードファイトの試合だった。


 もちろん、ただの大食いイベントではない。

 日登市は、世界でも有数の調理師排出率を誇る市町村である。

 なにより三十年前、ただ食べるだけだったフードファイト会に革命をもたらした、ある二人組のホームグラウンドだ。

 だから、この町で開催されるフードファイトは、少し特殊なものだったりする。

 たとえば──


「おまえが作って」

「木安原さんが食べる?」

「そうそう」


 彼女は気安くうなずくと、笑顔で僕の手を取った。


「あの氷室テルの息子だってんなら、腕は確かだよな! 実際、私はおまえの飯を食って、うまいと思ったよ」

「えっと、それはうれしいんだけど……」

「なんだよ、かぼちゃみたいに煮え切れないなぁ……だからさ、私はこう言ってるんだ」


 氷室セイは、木安原・レム・タイフーンのために、食事を作れと。


「通常のフード・ファイトは、出された料理を食べるだけだ。だけど、この町が提唱したビルド・フード・ファイトは料理人ビルダー食べ手ファイターがタッグを組んで挑戦する」


 そう、提供されるのは無尽蔵の料理じゃない。

 支給される食材を、いかに工夫し、テーマに沿った料理を完成させ、それをフードファイターに食べさせるかが、この町のビルド・フード・ファイトなんだ。


料理人フードビルダーが作った料理を、どんだけの〝量〟食べれるか、そいつが大事なんだ。つまり、美味しくないとだめってことさ」

「でも、いきなりそんなこと言われても……」

「それでも男かよ……軟弱者!」

「なんて顔しやがる……」


 にっこにことした笑顔で言い放たれる辛らつな言葉に、僕のキング・オブ・ハートは刻の涙を見そうだった。


「セイよ! 立て! 悲しみを肉染みに変えて! 立てよセイ! そしてうまいもんを作ってくれ……!」

「うーん」


 なんだろうね、肉染みって……


「なんだよー、私がファイターじゃ不満があるのかぁ?」

「そんなことはないけど……」

「相性を確かめるには実践が一番だと、私は思っている。異論がある?」

「そこまで言われたら、僕も引き下がれないね」


 彼女の猛プッシュに押され、僕はうなずく。

 というか、かわいい女の子にここまで言われて、悪い気はしない。

 しかも、料理の腕を見込まれてとなれば、これ以上はない!


 会場で受付を済ませようとすると、受付のお姉さんに、


「それで、チーム名はどうなさいますか?」


 と、訊ねられた。


「木安原さん」

「アイスティータンズというのは」

「却下で」

「カフェウーゴというのは」

「却下」

「オーブロッコリー……」

「なに縛りなんですか!? 食材!?」

「そ、それでもと、私は言い続ける……それでも……」


 だめだ。

 このひと、壊滅的にセンスがない。

 僕はささっと筆を走らせると、BFFと記入した。


「BFF?」

「ビルドフードファイターズの略です」

「おー、これはいいものだ!」


 まんざらでもないらしい木安原さんとともに、控室へと向かう。


「ところで今回の試合、夏に日登市全土で開催される一大トーナメントの予選も兼ねてる。たぶん、私のライバルであるゲルマン仮面チームも参戦してるはずだ」

「ゲルマ……なんだって?」

「そうら、噂をしてたらご登場だぜ……」


 言われるがまま周囲を窺うと、確かに何か、騒がしい。

 その理由はすぐにわかった。

 僕たちへと歩み寄ってくる二人組の人物。

 それは──


「ご紹介、ありがっとねー!」

「フン、だからおまえは甘ちゃんなのだ、木安原!」


 顔面を、なんか黄色・赤・黒の三色覆面で覆った、謎の男女ペアだった。

 仮面じゃないじゃん!

 覆面じゃん!?


「でたな、ゲルマン仮面フードファイター!」

「知ってるの、木安原さん!?」

「うむ、あっちの背の低い女が紋寺モンテーラクリム。そして、背の高い男が幕ノ内キョウジ──通称マークさん!」

「ごっ紹介、再びありがっとねー!」

「だからおまえは甘ちゃんなのだ、木安原!」


 ……あれか、この二人は同じことしか言えないbotなのか?

 僕が胡乱げな視線を向けていると、木安原さんが難しい表情で肩をたたいてきた。


「侮っちゃだめだ、氷室。阿呆に見えるかもしれないが、実際阿呆だが……料理の腕前と胃袋のでかさは、ガチで折り紙付きだぜ」

「そーゆーこと!」

「ふはははは! 選手はおのれの腕できそうのみ! では、会場で会おう!」


 こちらのことなどお構いなし。

 一方的に会話を切り上げた二人組の覆面フードファイターは、そのまま会場の奥へと姿を消していった。


「わからない。僕には、わかりませんよ……」


 結局、ゲルマンフードファイターって、なんなんだ?

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