後編 通常の三倍の賞金
「では──フードファイト、レディー、ゴウ!」
河豚店長の掛け声とともに、ストップウォッチがたたかれる。
制限時間は30分。
それまで食べきれなければ、少年はペナルティーで通常の五倍のマネーゲインを払わなくてはいけない!
「な──!?」
僕は、瞠目した。
なぜなら、アプサラスチャーハンの山が。
あの巨峰がひとつ、一瞬で消滅したからだ。
瞬きなどしていない。
見逃してもいない。
でも、感情がこみあげてくる前には、確かに山は消えていたんだ。
「はやい! はやいよ!?」
「計ったな! 何秒だった?」
「四十七秒……ええい、この小僧はバケモノか!?」
僕、少年、河豚さんが次々に口を開く。
そうだ。驚くべきことに少年には、こちらを挑発するだけの余裕があったのだ。
少年はハイペースに、アプサラスを攻略していく。
あっという間に山が二つ消えた。
でも、きついのはここからだ。
二つの山を平らげたとき、胃袋は油と膨れ上がったコメに支配されている。
その状態で三つ目の山に挑むのは、あまりに無謀で。
「オヤジ」
「?」
「うまい水をくれ」
「!?」
それは、あまりに予想できない言葉だった。
だって、水って。
コメで膨れた腹に水を入れたらどうなるかなんて、小学生でもわかることだぞ!
「うろたえるな! これがフードファイターの底知れぬところというものだ!」
そういいながらも、お冷をつぐ河豚さんの手は震えていた。
その瞳には、おそれのようなものが宿っている。
実際、その感情は正しかった。
少年はあっという間に三つ目の山を攻略し──
「おかわりだ」
そんなことを、言いだしたのだから。
ダブルアップチャンス。
通常、チャレンジメニューは一食の大盛りメニューを食べて、賞金をもらうか料金を払うかが決まる。
だけれど、この町のスタンダートルールでは、おかわりが認められているのだ。
まったく同量、つまり二倍の食事に挑戦することで──賞金が三倍になる!
通常の三倍の賞金。
少年はそれに挑むというのだ。
「──セイ」
店長が僕を見た。
僕は、意図を察して戦慄した。
慌てて厨房に駆け戻ると、こんなこともあろうかと作り置いていたチャーハンを皿に盛り、急いで戻る。
テーブルでは、少年が頬を膨らませていた。
「おそいぞ! 早く食べさせてくれ!」
「う、うん」
僕は、少年の前に皿を置いた。
少年は、果敢にもそれに挑む。
そして──
「ごちそーさま!」
手をパチンと合わせて、少年は宣言した。
店長がストップウォッチをたたく。
経過時間は二九分三七秒。
言うまでもなく、制限時間内。
少年は、みごと完食して見せたのである。
「こ、これが……戦いッ……」
戦慄を隠せない僕の前で、少年は満足そうに笑っていた。
「あー、美味しかった」
少年が、言った。
「こんなに、うンまいチャーハン、生まれて初めて食ったよ!」
「────」
それは。
その言葉は。
「ああ……親父が熱中するわけだ……」
僕は泣き出しそうだった。
そうか。
自分が作ったものを誰かに食べてもらうのは。
笑顔になってもらうのは、ここまで素敵なことなのか。
「こんなにも……うれしいことはないよ……」
うつむく僕の眼前に、なにかが差し出される。
白いハンカチ。
少年が、僕へとそれを突き付けていた。
「ん」
「え?」
「ん!」
「あ、ありがとう……」
ハンカチを受け取ると、少年は鼻の下を擦り、
「この料理、作ったのあんただろ?」
と、言った。
「どうして、それを」
「オヤジの味じゃなかったからな、すぐにわかった」
「えっと、河豚さんとは、顔なじみ?」
「そんなことより、うまかったぜ?」
「────」
言葉が出ない。
視界がにじむ。
僕はなにかが零れ落ちる前に、ハンカチで目元をおさえる。
「ハンカチ、洗ってかえしてくれよ。ばっちいから」
「お、お高く留まって……台無しだよ……」
いろいろ台無しだ。
別の意味で泣きそうになった僕の前で、少年はずっとかぶっていた赤い野球帽を外した。
途端にこぼれだしたのは、チャーハン以上にまぶしい黄金の色。
長い、長い金髪。
少年は──いや、彼女は。
にやりと不敵に笑うと、僕へ、こう言って来たんだ。
「なあ、あんた──私と一緒に、フードファイトに挑戦しないか? あんたが作る料理なら……私は、誰よりも食えるって確信できるんだ!」
「────」
──それが。
それが僕、氷室セイと。
彼女──
その日から僕らは、歩み始めたのだから。
そう。
僕が作って──彼女が食べる。
§§
これは、増えすぎた人類が、飽食の中で見出した可能性の物語。
食べることの意味を、空腹に求めた物語である。
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次回予告!
氷室セイは金髪のフードファイターと出会った。
それが、鬱屈とした日常との決別の歌だ。
少年と少女に迫る、もう一組のフードファイター「マークさん」。
若きフードファイター同士の戦う異常な光景は、新しい世代の幕開けか。
次回、ビルドフードファイターズ「僕が作って、君が食べる!」
君は、皿の汚れを見る……
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