7話 異世界の住人
シーラが話を続ける……。
数十年前の大戦で、魔族の配下だった〈亜人たち〉の反乱による襲撃を受け、その他にも様々な要因が重なり〈人間の勇者たち〉が勝利……魔族が敗退していく混乱の中、シーラや他5人の七獄魔王たちはかろうじて全国各地に逃げ延びた。
やがて魔界各圏を管理し魔族を虐げる〈市民階級〉という支配体制を敷いた勇者たちに対し、彼女は大魔王召喚の準備とその反抗の機会を伺うために、こうして人里離れた所で身を隠していたのだそうだ。
他の七獄魔王は、今どこにいるか分からないが彼らの魔力を感じることから、シーラのように今もこうして魔界のどこかで姿を隠し、頃合いを見ているはずですという話だった……。
「あ……ですが〈憤怒の魔王〉のレイ爺なら黄泉圏ヨミの魔都、
「なっ……仲間の魔王が、それも魔都に……だと?」
この魔界を支配し魔族を虐げ、今やこのオレやシーラたちの敵となる人間の勇者たちが管理する魔界の首都って……敵陣の
その真っ只中である魔都
しかも、今たしかレイ爺とそう言っていたな……ということはお爺さんなのか?
「シーラ……いくら魔王とはいえ、そんなご老人が
そのレイ爺なる人物に、かつて某有名スパイ映画シリーズの初代主演俳優……今は白い髭を蓄える渋い老人となった1人の名俳優をオレは想像した。
すると、シーラはその拳を振り上げて意気揚々と語り始めた。
「大丈夫ですっ。わたしと同じく魔王の中でも格上の七獄魔王であるレイ爺は、その中でも群を抜いて強く。肉体はムキムキマッチョでめちゃくちゃ恐いんですからぁっ」
なるほど、ムキムキマッチョの肉体でめちゃくちゃ恐いか……やはり、あのスパイ映画に出ていた俳優がイメージにピッタリだ。
しかし、ここでオレに1つの疑問が浮かぶ。
シーラは七獄魔王で、オレもそのレイ爺も同じ七獄魔王だ。そして、魔王の中でも……と言うように、この魔界には魔王という者がまだまだ他にもたくさんいて、その中でも強さなどの序列があるということになる。
オレはその件について尋ねてみると彼女が……。
「はい、そうなんです。またレイ爺については後ほど……ここからはこの大戦とその後の魔界、市民階級分けされた各種族についてのところで、魔王の序列についても説明していきますね」
「あぁ、分かった」
思ったよりも魔界の現状はよりずっと複雑で、厳しいものになっているようだ……。
シーラによると、人間たちは数十年前の大戦後に勇者たちが制定した市民階級のもと、今や魔界の主のように我が物顔でやりたい放題。
主に人界に住み、以前は魔族の配下として人間の敵だった亜人たちも、これに乗っかり魔界に移住。人間とは低級魔族の売買、魔族とは闇取引などあこぎな商売で富を築き、富豪を名乗る者も出てくる有り様だそうだ。
「ひどいものだな、これじゃ魔族的に……いや、倫理的に考えても本当にバッドエンドだ」
「そうなんです。この大変革はやがて〈天魔事変〉と呼ばれるようになりました……続いてこの世界の人間たちや亜人などの各種族、そしてわたしたち魔族や魔王の序列について、改めて説明します」
シーラは魔界解説文書をめくり、現在の魔界における市民階級と種族のページを説明してくれた。
『市民階級と種族について』
【魔族】世界の狭間にある魔界、ゴーエティアに落とされた堕天使たちの子孫(その直系)
地球人とは
角がある人間、角がある猫、翼があるライオンなど……神話に出てくるキメラのように別々の生物の特徴を有する種族。
悪魔の尻尾のようなものはなく、魔族第二覚醒で肩甲骨が変貌しカラスのようなその翼を使って飛行することができる。
魔人:人型の魔族で、頭に角がある人種
〈下級市民〉として、基本的に人権などは認められていない。
たとえ亜人相手にすら反抗しようものなら、この魔界で警察の役目も行っている自警団〈ギルド組合〉や軍隊を呼ばれて取り押さえられ、形式だけの弾劾裁判の後には極刑が待っている。
天魔事変後、権力的な仕事に就くことは決して不可能なため農林水産業か無職ニートが多い。
魔獣:人型以外の魔族
元々は天使とともに神界に住む聖獣である。
魔人と同じ市民階級だが、外見が人型ではないために時には魔人よりもその扱われ方がひどい。
主に2足歩行では無い魔界の生物で、魔人と違って角は必ずしもある訳でなく、いわゆる地球では異質となる人外の生物などを差す。
魔界にあふれでる魔力によってある程度は人語を話すが、通常は複雑な思考や知能はそれほど無い。
魔王:魔族を統べる72人の魔王たち
72
必要に迫られない限りは軍団を指揮することはなく、基本は単独行動を好む。
七獄魔王:魔王の中でも精鋭の7人
軍団で言うところの大将級の人物。
以前は魔界の7圏を統治していた元管理者。
ちなみに、奈落圏ナーラク島は常人が住める土地ではないので、特に管理者はいない。
系列上はルシフェルも、この七獄魔王としても数えられる。
魔族四大老:魔王の中でも魔界が危機に瀕した際に、特に重要とされている4人の重鎮
大魔王召喚や、ルシフェルの転生者を高確率で呼び出す方法について、何か重大な秘密を知っているらしい。
シーラはまだ幼いからという理由で、その召喚の真相について彼女は詳しく聞かされていない。
大魔王:全魔族全魔王の頂点……?
軍団で言うところの元帥級の人物に値するが、その強さは個体差により大きく異なる。
召喚された大魔王がルシフェルの魂を受け継ぐ転生者だった場合、通例では
魔界で大魔王が必要とされた際に、神々にクーデターを起こした当時の強力な大堕天使の魂を受け継ぐ地球人(大堕天使の転生者)を探し、ランダムに選ばれて魔界へと呼び戻される。
シーラの特有魔法、
ルシフェルの転生者が召喚される確率は1%とも言われているため、これまでの歴史上で数種類の大魔王級の存在が確認されている。
そして、その個人毎の強さや性格によって大魔王としての扱いも大きく異なる。その中でも最高位の実力者がルシフェルとされているらしい……。
どの大堕天使の魂を受け継ぐ転生者なのかは、シーラがククルの魔法で確認することで分かる。
【人間】人界という世界で神々によって作られ、神々に愛され、そして神々に放置された種族
地球人と見た目は同じだが出生は全く異なり、筋力は亜人よりは多少劣るが、魔力に似た力を使う。
魔族と同じ覚醒進化ができるが、その際に翼を生やすことなく飛行することができる。
天魔事変後、その30%が魔界に移住。
〈上級市民〉として横暴な貴族のように振る舞う。基本は何をしても許されるが、形式上は重罪のみ処罰されるらしい……だがそれも表向きの話。
貴族や政治家など政治的権力を振るう人間。力なく観光目的で魔界に来たような一般の人間。軍隊やギルド組合に所属し、勇者たちなどを目指す人間というように様々な人間たちがいる。
魔界には大戦以前の通貨と、人界の通貨の両方が流通しているが、魔界にいる人間は他階級市民たちの血税で養われているため、お金を稼ぐために仕事をする必要がなく、営利目的の仕事に就く必要が無い。大抵他の市民を抑圧し己の支配欲や、冒険まがいのことをしてその欲求を満たすだけである。
勇者たち:稀にそう呼ばれ七獄魔王級に匹敵する戦闘に特化した人間たち
前大戦時の人間の勇者たち〈
【亜人】人間たちが神々によって作り出されるよりもずっと以前から、人界に元々生息していた魔族でも人間でも天使でもない人々の総称
天魔事変前は人界に後から入ってきた人間たちを忌み嫌い、自ら進んで魔族たちの配下となり人間たちと敵対していた。
厳密には以下の様々な種族などが含まれる……。
エルフ:色白で鼻筋と耳が長く尖った人型
人魚:魚のようなエラ耳と鱗肌の人型
獣人:犬猫のような獣耳や爪、毛皮で被われた人型
亜龍人:コウモリのような羽耳に龍のような鱗肌の人型
鳥人:鳥のような羽毛と翼腕の人型
これらの亜人種は身体的特徴を除けば、魔族たちと同様にその顔はいわゆる人の容姿に近い。
筋力は人間よりは多少あるが、魔力を使えないため人間よりも劣り、覚醒進化もできない。
基本は中立的な立場だが、私利私欲のためには時に善にも悪にも成りうる。
天魔事変後、その30%が魔界に移住。
〈中級市民〉として人間には逆らえないが、その身体的特徴を好む人間たちがいるため、ある程度の要求や相談事は通る。
勇者たち〈七勇士〉が制定した市民階級を傘に、下級市民の魔族よりも優位な立場にある。
また身体的特徴により農林漁業で特に有利なため、その業務のリーダーをしている者が多い。他にも食品雑貨などの一般的な商売から、様々な闇取引まで手広く仕事をこなし、今では魔界の裏社会にまで影響を及ぼすような大富豪もいるらしい。
【天使】神界に住むと言われる神々の下僕
ルシフェルのクーデター失敗後、神々から丸投げされた神界の運営業務を1手に行っている。
結果的に神々がその職務から下りたことにより、これが神界の平和と安定に繋がったことから、堕天使(魔族)たちに対して複雑な心境である。
こうした経緯により、天使と堕天使(魔族)との間で対立するようなことはなく争うことも無い。
そして、神々に対して一部の天使たちが反乱を起こしたその原因である人間たちと、これ以上関わりたくないという心境である。そのため、地球で考えられているように……人間たちに奇跡や加護などを与えて救うというような、何かしらの介入をしてくることは絶対に無い。
人界や魔界はおろか、地球のことにもまったく干渉せず、神々とともに神界に引きこもっていると思われ、今や本当にいたのかさえ伝説となっていて長らくその存在は確認されていない……。
【龍族】祖龍とも言う、亜龍人たちの先祖
人界のどこかにいるとされるが詳細は不明。
「「「ごちそうさまでしたぁっ」」」
ちょうど彼女の説明を聞き終わる頃には、みんな朝食を食べ終わった。
「いやぁ、美味しい……シーラは料理が上手だな。特にこの目玉が赤色のベーコンエッグは絶品だぞ。魔界でも地球風の料理が食べられるとはなぁ……」
「うミャうミャ……」
ナナコは食べ終わった口を手で拭いその味を噛みしめ、満足そうにまたシーラの膝の上に飛び乗ってゴロンと寝転んだ。
「ふふふ……ありがとうございます。良かったぁ……あ、ちなみに料理の材料は……秘密ですよぉ」
そこはあえて触れないことにしよう……せっかくこんなに美味しかったんだ。尋ねたところで、どんなとんでもない名称が、またシーラの口から飛び出してくるのかを想像すると容易に理解できる。
触らぬ食材に
……しかし、随分と色々な種族がいるものだ。
それも72柱の魔王が少将や中将で、その上の大将級の七獄魔王がシーラ。そのさらに上の元帥がオレというのは……一介の派遣社員に過ぎなかった自分に果たして務まるのかというと、一抹の不安が残される。
それよりも、あなたがラスボスです。とか言われた方が、アニオタゲーマーのオレとしては重たくは感じないのだが……。
シーラはオレと同じ七獄魔王とはいえ、まだ見た目はあどけない悪魔っ娘だ。そう、この少女でも務まっていたんだ。自分でも何とかできるはず……だと思いたい。
オレは大魔王としてやっていけるのか、正直な不安をシーラに尋ねてみた。
「はい。これは一個人の戦力を、兵力として例えた場合の話をしただけです。普段はみんな面倒くさがるので、実際それだけの軍を率いることはあまりありません……まぁ、指揮したとして……進めええぇっ。とか、退けええぇっ。とか叫ぶだけですよ」
そう言うと、シーラはオレを見てにこやかに微笑んだ……。
だが、元々すぐに人を信じやすく地球では幾度となく他人から
その時に微笑んでいた彼女の口角が、ほんの少しだけいつも以上にも増して上がり、ヒクついていることに……。
どこまでが本当なのかは分からないが……まぁ、これはシーラがあまりオレを緊張させないように、良心で言ってくれた気遣いのようなものだろう。
しかし、思った以上に腐っているな……この世界の人間も、そして勇者たち〈七勇士〉という奴も。
その大戦以前の魔族が、人間たちにどんなことをしていたのかは分からない。
だが、地球育ちの元人間としてオレは思った。
魔族が人間を襲うのは大体分かる。そして、勇者たちもその魔族を襲うのも仕組みとして分かる。ただ、勇者たちや人間たちが魔族を支配し、虐げていると聞くと妙に腹立たしい。
そう……例えどんな聖職者が腐敗したとしても、正義の象徴たる勇者たちまでが腐敗しているとなると、もはや救いようが無い。
地球でいうと政治家などはザラだが、教師や警察官や神父……それ以上の救世主である勇者たちが腐敗してしまっているというのがこの魔界の現状だ。
すると、ちょっと待てよ……。
さっき言っていたレイ爺や他の七獄魔王たちの存在を、シーラは魔力を感じることからどこかにいることが分かると言っていた……。
ということは、昨夜オレが覚醒した時の騒動で同じように魔力を感じた奴ら勇者たちが、この
そのことについてオレはすぐに尋ねると、彼女は賢い質問ですが大丈夫ですと答えた。
そして、顔をやや下にうつ向けて薄暗く冷ややかな表情でこう話しを続けた……。
「ふふふ……大魔王級がこの魔界に出現したことは、確かに昨夜トシオ様が放った魔力の波動で、魔王級の力を持つ者や、勇者たち七勇士には気づかれたと思います。ですが、トシオ様の魔族第一覚醒や戦闘における訓練などをこれから進める上で、どの道避けては通れません。そこで、わたしはこの隠れた8圏目の
……オレは思わず絶句し、彼女の話をずっと最後まで静かに聞いていた。いや、じっと黙って聞かされていたと言うべきかも知れない……。
闇が深すぎて病んでしまった者のようにサイコな表情を浮かべ、その大戦後から数十年に渡ってこれまで計算し尽くしたかのように語る……シーラのその様子に、普段はおっとりとしてお茶らけていた年頃の少女の面影はそこにはなかった。
なるほど、彼女は嫉妬の魔王……妬ましさは転じて言うと憎しみ。ましてやその長い隠遁生活の中で費やした年月が、この少女にここまでの復讐心を抱かせたのかも知れない……。
だが、そのギャップがまたいい。
普段の無邪気で可愛い天使のような側面と、狡猾にして冷徹な悪魔のような側面、その両方を兼ね備えた女の子というところがまた
このシーラ、一見すると可愛らしいモン娘で悪魔っ娘にしか思えないが、さすがは七獄魔王というところか。
どうやらオレは彼女のことを少し侮っていたらしい、その豊富な知識と高い知性はまさに本物だ。こんな少女が敵としてではなく、オレの味方として現れてくれて良かった。
オレはそんな彼女に一個人の魔族として……そして、これから共に歩んでいく仲間の魔王としても、徐々に心を
「いや……前からも少し感じていたことだったが、とても地球人年齢で12歳とは思えない幅広い知識と対応力だ。シーラが地球にいたら、きっと大物になるだろうな……」
オレはごく自然と、思ったままに彼女のことを称賛すると、シーラはいつもの子供らしい表情に戻り、得意気に勝ち誇り始めた。
「そうでしょうそうでしょう。何せわたしは天才児、〈魔界の
その知性あふれる才能に少し悔しさを感じたオレは、彼女なら簡単に分かってくれるだろうと試しに食後のアレを頼むために問いかけてみた。
「ふっ……ではその天才児くん、そろそろオレが何を欲しくなってきたか、分かるかな?」
ハッ……!?
シーラは何を思ったのか驚き、両腕で自分の身体を守るように一瞬身を引くと後ろに後退し、オレにもう一度問い直してきた。
「ま……まさ、か……?」
「ん? あぁ……そう、アレだ」
「や……優しく、してくださいね……」
そう言うと、彼女は身をよじり拳を自分の口に添え、斜め45度の角度から上目使いでオレの方を見つめてきた。
え……?
まずい……てっきり思っていた通りの答えが返ってくると思い、何も考えずに即答してしまった。
確かに料理を食べて満腹になると性欲が高まるとも言うし、馬鹿と天才は紙一重だとも言う。
しかし、まさか新婚夫婦のサラリーマンが食後の新妻に声をかける際の――そんな日本の古典的なエロ本のような展開すら、彼女が知っていようとは果たして一体誰が予想できる?
オレは別に、次は君の身体が欲しいな……などと言ったつもりは無い。シーラは120歳とはいえまだ少女だぞ。
彼女も冗談半分で返してきたとは思うが、まさかここで……あぁ、分かったよ。と言い返す訳にはいかないだろう。
オレは声を震わせながらも、今度こそその真意を伝えることにしたのだが……シーラも歴とした女であるということをすっかり忘れてしまっていた。
「い、いや……分かるよなぁ? そ……その食後のコーヒーが、欲しいなぁ……と……?」
彼女の顔が一気に赤面し、その小さな細い腕に反した鋭いムチのような平手打ちが放たれる――。
――パッシイィン!
「うぶおあああぁぁぁっ……」
これこそ手本と言えるくらい……美しいほどに腰の入った
後ろの方でシーラが恥じらいの中にも、どこか嬉しそうにうっとりとした口調で、ボソボソと言う声が
「もぅ、トシオ様のいじわるぅ……」
首を軸にきりもみ回転しながら吹き飛ばされた
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