5話 異世界の歴史

 ……その昔、神々は〈人界〉(この異世界で人間がいるところ)で自らが作った人間を溺愛するあまり、〈神界〉(神々や天使がいるところ)の運営業務を放ったらかしにしたため、神界の風紀や秩序が大きく乱れてしまっていた。

 その頃、神々に生み出された下僕である天使たちの管理者、当時の大天使長ルシフェルはそこで有志を募り、仲間の大天使や天使たちと共に神々に対してクーデターを起こそうとした。


 しかし、残念ながらそのクーデターはあえなく失敗に終わってしまった。

 そして、ルシフェルとともに反乱を起こした仲間の大天使たちは、神々の手によって次々と捕らえられると、神々はルシフェルやその大天使たちの魂にある細工を施した。

 やがて、ルシフェルたち大天使は世界の狭間である〈ゴーエティア〉(今の魔界)へと突き落とされ、堕天使とさげすまれ神界の天使たちと区別された。

 その後、世界の狭間に落とされたルシフェルたち大堕天使たちは、自らを〈魔族〉と名乗りその地ゴーエティアに〈魔界〉を築いた。

 この年を魔界の紀元とし、第一魔暦元年と制定。

 神々に対して反旗を翻し、今度こそクーデターを成功させるその機会を練っていた。


 しかしそう思っていた矢先、ルシフェルや大堕天使たち魔族の間で奇妙なことが起こり始めた……。

 天使たちは通常その寿命を迎えると、本来の出生地である神界へと転生する。そして、前世での記憶も以前と同じく残る……というのがそれまでの常識だった。

 ところが、魔界に落とされた大堕天使たち魔族が寿命を迎えると、どういう訳か神界とは違う別の世界へと転生してしまったのだ。しかも、自分たちが前世は天使でルシフェルとともに神々に反抗したこと……その記憶すらすっかりと消されていた。

 事の詳細は数世代もずっと先の方で、後に慣習として行われることになる〈大魔王召喚の儀式〉により、地球から魔界に帰還した元大堕天使の魂を受け継ぐ転生者の末裔たちと、その魔界にいた堕天使たち魔族の子孫が再会を果たし。何度も対話を重ねた末に、ようやく魔界にいる魔族たちが知ることとなる。

 そう、寿命を迎えた大堕天使たち魔族が転生した先、その世界こそが〈地球〉という異世界であるということ……そして、自分たち魔族(堕天使)が今や神界から、徹底的に追放されてしまっているということに……。


 中でも当時の大堕天使たちと外見的特徴が近い、黄色がかった浅黒い肌と暗黒の瞳を持った元大堕天使は、前世の魂を色濃く受け継いでいてその魔力も桁外れに強かった。

 魔界に落とされた堕天使たち魔族の子孫は、そこでこう考えた……地球という異世界には、魔界から転生して行った元大堕天使たちの魂を受け継ぐ転生者の末裔が、まだまだ相当の数いるはず。

 こうして、魔界で大魔王が必要とされたその際には、神々にクーデターを起こした当時の強力な大堕天使の転生者を、地球人の中からランダムに選んで魔界へと呼び戻す。

 つまり〈大魔王召喚ロイヤルインヴォケーション〉の魔法で魔界に召喚するということが、慣習として行われるようになった……。



 さらに、この話の終わりはこう続く……。

 大天使長ルシフェルたちが起こしたクーデターの発端となった理由について、神々も反省はしたらしいのだがそのせいでスネて引きこもり、結局は神界に残った天使たちに神界の運営業務を丸投げ。

 以降、神々も天使たちもその災い・・の原因となった人間たちには、一切干渉をしなくなったのだそうだ……。

 ちなみに、現在の魔界は第六魔暦2680年。


「な、なるほどぉ……」

「分かりましたか大魔王様? この魔界ゴーエティアに、初めて落とされて来た堕天使たち魔族が子を成し。その子孫であるわたしたち言わば直系が、今日の魔人や魔獣たちです」


 オレは世界史が好きで、その延長として世界各地で語り継がれた伝承などの話には興味があり、多少は知っているつもりだ。

 そして、彼女が語ってくれた魔界の古代史には、地球上の神話や様々な宗教などで言われている数々の伝説、それらを裏付けるかのようにまとめ上げられたような話でもある。

 ということは……どこかの神話か宗教で言われているように、人間は天使や堕天使だという話はあながち間違っていなかった。人間の起源は猿から進化したものだというダーウィンの進化論も、間違いだったということになるな。

 オレもおかしいとは思っていた。本当に人間が猿から進化したものなら、なぜ地球にまだ猿という種が残っている? もし彼の説が正しければ、地球上の猿はすべて人間になっていなければ理屈に合わない。せめて現代にも、猿人が多少は生き残っていてもいいはず。


 かといって、人間は他の星や宇宙から来たという説は、ロマンはあってもあまり現実味が無い。

 すると、これまでに発掘された〇〇猿人という化石は、猿種の見間違いということになるのか……。

 まったくの別世界ではあっても、地球とも深く関連していたその濃厚な魔界の歴史に、中二病なオレはすっかりと興味深く話を聞き入っていた。

 そして、オレはある信じられない……いや、オレの胸をさらに高ぶらせる1つの答えにたどり着いた。


「おいおいっ、待てよ……すると、地球人(元堕天使の魂を受け継ぐ転生者の末裔)と魔族(堕天使の子孫たち直系)は、はるか遠い親戚のような関係ということになるのか?」


 シーラは目を丸くさせ、一瞬キョトンとした顔で驚いた。

 やがて、ニヤリと小悪魔のような笑みを浮かべるとこう答えた。


「ふふん、よく分かりましたねぇ……そうなんです。この事実は地球人にとって余程衝撃的なのか、中々簡単には受け入れてくれないんですよ。中にはそれを知った後に自害してしまう方もいて、言うべきか迷っていました。大魔王様はその心配は無さそうですね、嬉しいですっ」

「ふんっ、そんなことで自害するとは中二病が聞いて呆れるぞ。しかし、いや確かに驚いたなこれは……」


 ちなみに、今日その地球人が魔力も翼も持たないのは……魔力が存在しない地球で交配を繰り返した結果、そういった堕天使の特徴が薄れて退化したのだと言われているらしい。

 そして、地球から魔界に召喚される大魔王は……この魔界で大地からあふれでる魔力を浴びることで、本来の堕天使(魔族)の姿を取り戻すのだそうだ。


 中二病のオレにとっては喜ばしい限りだ。

 そして、道理で地球でも今だ犯罪や戦争が絶えず無くならないことを考えると、人は過ちを犯す者なのに神の子だとか言われるよりも、元堕天使の末裔だからと言われた方が納得する。

 かくいう自分も、元々性善説などはまったく信じていない……これまでにも人間の汚ない部分や黒い部分をこの目で数多く見てきたオレだ。

 人の命は地球より重いだのとは、到底言えたものでは無い。むしろ、地球上で最も邪悪で自己中心的な生物それが人間だ。だからこそ、偽善者ぶる人間よりもこの少女シーラのような魔族の方が、まだ人間らしい妙な親近感を覚えるのかも知れない。

 汚職など金にも貪欲で、たまにセクハラで逮捕されるような地球の聖職者や知識人が語るどんな話よりも、彼女の語るそれの方が現実味があるというものだ。

 しかし、このオレが大天使長……いや、大堕天使ルシフェルの魂を受け継ぐ転生者(生まれ変わり)だったとは、道理で地球社会の暮らしにもあまり溶け込めなかったはずだ。

 就職に行き詰まり、行くあても無くたどり着いた派遣先(居場所)として、魔界に来ることになろうとはな……。


「はぁ……ですが、今回の召喚は本当に幸運でした。もちろん大魔王召喚ロイヤルインヴォケーションの際には、毎回ルシフェル様のようなレアものを狙うんですけど……何しろランダムなので、実際にレアな転生者を召喚できる確率は1%とも言われているんですよぉっ」


 シーラが喜びの余韻よいんに浸りながら、確率性ランダムらしいその召喚システムについて、どれほど課金しても良いキャラが出ないゲームプレイヤーのように愚痴ぐちをこぼす。

 確率1%のランダムって……ガチャか?

 ルシフェルの転生者は、星5キャラのようなものなのか……さながらゲームみたいだな。

 オレが問いかけると、彼女はその手のゲーム事情も知っているようで、乗ってきたシーラはふざけてこう切り返してきた。


「そうなんです。ですので、今回はまさに超レアモンゲットだぜぇっ……て感じなんですっ。あ、もちろんルシフェル様じゃなく星4の大魔王級でも、七獄魔王並みの力はあるので充分強いですよぉ。ですが、さらにその下で星3以下の大魔王級となると……あえて言うとカスですね」


 カ、カスじゃなくて良かったぁ……。

 超レアモンか……オレにしてみればこの子も充分レアなモン娘だとは思う。

 この子は地球というか……特に日本のアニメやマンガ、ゲームなんかの趣向について相当詳しい。これも魔界大図書館というところの、文献を読んで学習したことなんだろうが……何しろその見識の深さは、地球の一般人のそれを凌駕りょうがするかのようだ……。


 オレは改めてシーラに問い直すと、彼女は自信を持って地球オタで日本オタですからと返事をしてくる始末……。

 日本のいわゆるジャパニメーションなどのオタ文化はネットの普及によって海を渡り、昨今ではアジアや欧米アラブ諸国までにも伝わって大層人気を博し、今やこれ目的でアキバが外国の観光客でにぎわうほどだ。ひと昔前までは、歴史の古都である京都などがその代表的な観光スポットだったのだが……そちらは、むしろ前者の相乗効果として再訪されているらしい。

 やれやれ、地球オタで日本オタな悪魔っ娘……それも魔王少女って、どんなキャラ設定なんだとオレは突っ込みを入れてやりたい気持ちをグッとこらえ、この魔界に浸透しているオタ文化の媒体であるその文献について先に尋ねてみた。


「まったく……魔界には日本のアニメ文化や、ゲームなんかのPR広告でもあるのかぁ?」

「おぉっ、よく分かりましたねぇ……」

「文献ってそれかいっ」


 まぁ……これで文献の媒体は分かったのだが、一体それがどこから来たのかというのはさて置き、そろそろ本題へと話を戻す。

 今回のオレのようなルシフェルの転生者は、これまでも定期的に過去6回ほど召喚されているらしい。そして、そのたびに公式の場で全魔界に宣言することで第二魔暦元年、第三魔暦元年というように暦をその都度リセットし、年月を0からまたカウントし始めるのだそうだ。

 そうすると、今は前ルシフェルの転生者が召喚されてから2680年が経過していて、今回のオレで7回目の召喚ということになる。

 大魔王召喚の際に、ルシフェルの転生者を高確率で呼び出す方法……というものが研究者たちの間ではすでに見つかっているそうだ。だが、その重大な秘密は〈魔族四大老〉という魔族の中でも限られた重鎮だけが知っていて、シーラはまだ幼いからという理由で詳しく聞かされてはいないらしい。

 確かに、呼び出す度に毎回暦をリセットしなければならないのだ、そう簡単にルシフェルの転生者をポンポン呼び出せてしまっては、返って混乱を招き兼ねない。こういうことは、ゲームの運営会社側のような立場になったとして考えてみると分かるが、おそらくそれだけではまだ簡単に呼び出せない……一種の制約のようなものが他にもまだ何かあるはず。


 しかしだな……よくあるアニメやゲームでは、本来こういう時にオレは城とかに召喚されて、王様とか魔法使いなんかが説明を始めてくれるもの。だが、この魔界たる異世界は分からない謎が多すぎて混迷を深めていく。

 まぁ、そんな異世界たるこの魔界も何か秘密めいていてそれらしく、妖しげなところもまたおもしろい。元より世界のすべて、その真理なんてものはそうそう誰にも分かるものでも無いのだ。

 シーラの説明がひと通り終えて頭の整理も付いたところで、オレは木製のティーカップに残ったコーヒーをぐいっと一気に飲み干し、憧れていた異世界のそこが魔界であるということに胸を踊らせていた……。


「さぁ……もう夜も更けてきたことです。今夜はお疲れでしょうから、そろそろこの辺で寝ることにしましょう。続きはまた明日、ご説明しますね」

「あぁ、そうだな。今夜だけで色々なことがたくさんあったもんなぁ……」


 そう、こんなに多くの出来事がいっぱいあったというのに、なぜかまだ夜が明けようとはしていない。いや、むしろ今ようやく深夜になったという感じに、窓の外から聞こえていた鈴虫だかフクロウだかの鳴き声がいつの間にか消えていた……。

 そして、これも今になって気づいたことだがオレがあの眠りに入った夜からこの魔界に来て、これまでになかった眠気が今頃になって忘れていたように襲ってくる。

 時差ボケのようなものだろうか、それともオレの体質が魔人へと変化したことで何か……いや、これ以上はやめておこう。 またあれこれ考え始めたところでこれじゃあ切りが無い。

 それに、まだこの異世界に来て初日でこれだ。明日から、また疑問に思うことがまだまだ増えていくだろう。とりあえず、シーラの言うように今はゆっくりと休むとしよう……。


「あ……それで、オレはどこで寝ればいいんだ?」

「決まっているじゃないですかぁ……」


 このオレの素朴な疑問に、彼女は実に当たり前ののように返事を返してきた。

 すると、シーラはすでに眠っていたナナコを抱きかかえオレの手を取る。そして、奥の部屋にある手作りの木造ベッドが置かれた、6畳ほどのその寝室へと彼女は案内した……。


 半開きになった木製の窓際には、真っ赤な花が生けられた花瓶が置いてあるだけで、2台のベッドの他には木のタンス以外何も無い簡素な少女の寝室。

 だが、木造ベッドの自然な優しい温もりと、そのキレイな花の心が安まっていくような匂いに包まれ、何とも気持ちが落ち着く静かな空間だ。

 ベッドに案内されたオレは、今夜の疲れを思い出したようにそのフカフカの毛布へと入っていった。

 すると、シーラが少し照れながら軽く会釈えしゃくすると、なんとそのまま同じベッドの中に入って来た……。


「みんなで一緒に寝ましょう。その方が何かあった時にもすぐに対処できますから」

「あ……あぁ、そうだな」

「では、おやすみなさい……」

「おやすみシーラ……」


 毛布にもぐるなり、彼女はナナコをぬいぐるみのように抱いたまま、可愛い寝息を立て数秒ですやすやと眠り始めた……。

 120歳とは言え、まだ子供なんだな……その寝顔が何ともまた愛くるしい。モン娘で悪魔っ娘ではあるが、天使きたこれっ。

 オレはそんな状況に少しドキドキしながらも、改めて今夜の出来事をふと思い返す。

 本当に長い夜だった……地球では派遣社員として何の価値も見出だせなかった自分が、ここでは超レアモンスターとはな……オレに残された最後の正規雇用先は、この魔界だったということか……。

 魔界に魔族、堕天使に魔人……街の異形な姿をした人々と男爵髭の男。そしてあの檻に入れられた10歳……いや100歳くらいの少女は、まだ無事なんだろうか。明日またシーラに、色々と聞い……てみ……よう……。



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