3話 魔力解放

「は……はは、本当だ……い、一体いつの間にこんな角が生えていたんだ? デビ〇マンきたこれっ」


 その角に手で触れてみるが、後から付け足したような継ぎ目のようなものは無く、なんと耳までもあのエルフのように長く尖っていた。

 鼻は変わっていないようだが、肌が浅黒いのと目が黒いのは普通だし、どこまでが番組制作側の設定なのか分からなくなってきた……だがこれはこれで中々おもしろい展開ではある。


 ん……?


 オレを眺めほうけているナナコを見てみると、その両耳と目の間……眉間みけんの辺りにも鬼のように小さな角が2本生えていた。


「お……お前もかあぁっ」

「――んニャアァっ?」


 ナナコも自分の手でその角に触れ、確かめると驚きのあまりぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「ふふふ……さぁ、わたしも自己紹介したことです。次は、大魔王様もその真名しんめいを教えてくださいっ」


 シーラが、できたての料理やキレイな宝石を眺めるように、目をキラキラと輝かせてオレの方を見つめてくる。

 真名しんめい……アニメやゲーム、某チャンネルサイトなどで度々囁ささやかれる名称だが、本名のこと……でいいのかな?


「オレの名は、江浦留志夫えうらとしおだ」

「じ……文字ではどう書くんですかぁっ?」


 シーラはテーブルに身を乗り出し、足をバタつかせながら布切れのようなものと、羽ペンをオレの前に差し出してきた。

 そうは言われてもオレの名前は彼女には難しいだろう……書いてもいいが、この年頃の少女シーラに読めるのか?

 遊んでもらいたい時、尻尾をフサフサと逆立たせながら真ん丸い目で歩み寄ってくる子猫のようなシーラの顔……しかしオレは冷静になって考えていた。


「パパ、いいから書いてみニャ」


 ナナコまで勧めて来るので、オレは渋々その布切れに漢字で書いてみせた……。

 さぁ、読めるものなら読んでみるがいい。もし、読むことができたら後で飴玉でも買ってあげよう。


 江浦留志夫。


「え……うらりゅう……しふ? いや、エウ……ラリュウシ……フ?」

「あぁ……いやこれは、そう読むんじゃなくて……ん?」


 このドッキリ番組の進行上においても、これが読めないと先に進めないかも知れない。どうせならと、オレは正しい読み方を教えてあげようとした途端、シーラの表情が少し薄暗くなり彼女の目の焦点がその文字一点に集中する……。

 オレが布切れに書いた名前の文字に何か引っ掛かるところがあったのか、突然シーラは青く光る両手をそこへかざした。

 すると、その名前の文字周囲に何か魔法陣のようなものが光り浮かび上がった。


 これはアレか……この布切れに仕掛けがあるんだろう。刑事ドラマなどで鑑識が水で濡らしたり乾燥させたり、温度や紫外線などによって文字や絵を浮かび上がらせる技術……アレだな。

 そして、その魔方陣を見つめながらシーラは吸い込まれていくように読み上げ始めた……。


「エウラリュウシフ」

「エウラリュウシフ」

「エウラリュウシフ」

「エウラリュウシフ」

「エウラリュウシフ」

「リュウシフエウラ」

「リュウシフエウラ」

「リュウシフエッラ」

「リュウシフエッラ」

「リュウシフェッル」

「リュウシフェッル?」

「ルゥシフェッル?」

「ルゥシフェッル? ルシ……?」


 突然、シーラは机をバシッと両手で叩くとスッと立ち上がり、そして大声で叫んだ――。


「ルウゥシフエェルウぅぅぅっっっ――」


 ッ――!?


 その〈名前〉が響き渡ると、辺りはシーンと静まり返った……。

 シーラだけではなく、オレやナナコですら一瞬時が止まったように、3人で互いの顔を見合わせていた。

 ルシフェルといえば……神話や宗教などでは、人間などよりも先に神によって生み出された最初の天使であり、最も強大な天使。確か、そんな伝承だったはずだ。

 すると、シーラはゆっくりと静かにそして、大きくコクンと首を縦に振り……。


「きっ…………たあああぁぁぁっっっ」


 シーラは天を仰ぎ見ると両手を握り締め、ガッツポーズを取りながら再び吠えた。身体全身を震わせながら……。


「あ、あぁあ……あ、あなた様は……だ、大魔王級の中でも最高位。ご、〈傲慢の魔王〉ルシフェル様の……生まれ変わりでふっ。あわわわわわわぁぁぁ……」


 た、確かに……この状況にあまりにもぴったりと、マッチしてしまったぞ……いや、正直オレも今まで気づかなかったし、これはさすがにビックリした。

 シーラは空いた口が塞がらず、口をパクパクさせて喜びに震えているようだ。


「ま、まぁ……偶然じゃあ――」


 シーラの目が急にキラリと見開くと、こちらの方を振り返るなりオレの両肩をつかみ、物凄い力で前後に揺らしながらペラペラと説明を始めた……。


「そんなことはありませんっ。ちゃんと〈ククル〉の魔法で確認しましたし、このタイミングもきっと必然的なもの……これはすでに定められていた運命なのですっ。はぁ……まさに天の……いや、魔の思し召しですよぉ。道理で大魔王様の背後に見える潜在魔力が、これほどの禍々まがまがしさと高ぶりを示している訳ですねぇっ……」

「あうぅ……んあうぅ……んあうぅ……んあうぅ……」


 何かうさん臭い占い師みたいな話ではある。オレにそんな魔力があればいいなとは思うが……というか魔力って背後に見えるものなのか?

 それに〈ククル〉の魔法って……よくネットで調べる時などに使う言葉で、似たような用語が使われているのを連想するのだが、さっきオレの名前をじっと見つめながら連呼していたアレか?

 うちの両親もそれはアニオタで、確かにファンタジー好きでもあった。しかしだな、まさかオレの名前を連続して読むとこんなトリックがあったとは。

 とんだキラキラネームじゃないか……えぇい、しゃらくさい事を……。

 シーラはそんなオレの気をよそに、何か納得したようでようやくオレの肩を、高速に揺らすのを止めてくれた。だが、それでもまだ感激に打ち震えているようだった。


「さぁ、もうこの辺でいいな? これドッキリなんだろ……随分と良くできてたけど、そろそろネタバレしないと視聴者も飽きちゃうぞ――?」


 シーラは……こんなに良い品物を買わないのは勿体ないと、帰る素振りを見せた客に回り込む販売員のように顔を近付けてくる……。

 たとえ子供でも、こんな美少女に顔を近付けられただけで、オレはそれ以上言うのを止めてしまった。


「もぅ、これでもまだ信じないんですかぁ? 分かりました……いいでしょうっ。ではあなたが実際に大魔王様で……ここが現実の魔界であるという、決定的な証拠を今からお見せしますっ」


 ほぅ……そこまで言うのならば、見せてもらおうじゃないか。粘り強い接客姿勢のような根性を見せてくるそのシーラの言葉に、オレは少し興味をそそられた。

 さすがに、ここまで食い下がって来たのは……あの大雪の日にアパートの玄関先で凍えながらも、ナナコのカリカリ3ケ月分を提示しながら、特に読みどころも無い新聞の1年契約をオレに持ち掛け。その申込書にサインをさせたあの営業マン以来だぞ……。


「ちょっと大魔王様、立ってください」

「ん……?」

「両足は肩幅より少し外側に広げて腰を少し落とし、両膝を軽く曲げてください」

「ほうほう……」

「そして両腕を少し前に出し、手の平は上向きに」

「ふむふむ……」

「はいっ。では両肘をゆうっくりと曲げながら、両手を引きつつ……軽ぅく握ってくださいぃ」

「あ、あぁ……」


 こ、このポーズは……?

 それは、アニメなんかで力を溜めたりする時なんかによく見られる……空手や太極拳などの代表的な格闘術でも使う〈構え〉のようなものだった。


「軽うぅくですよおぉぉ……」


 すると、肩甲骨の辺りが異常に熱くなっていき、オレの肩から銀色の光(魔力?)があふれでた。

 それと同時に、テーブルの上のコーヒーカップが静かに震え出しカタカタと音を立て始める……。


 こ、これはっ……?

 オレは尋ねるようにシーラの方を振り向くと、彼女は何とも興味深い表情でこちらを見つめ、その動向をワクワクさせながら見守っている。


 やがて、テーブルやイスが……タンスや木製の窓が、そして奥の台所の方に見える食器棚などあらゆる物が、ポルターガイストの如く音を立てて次々と震え出した……。

 いや、すでにこの喫茶店全体が地の底から沸き起こるような衝撃と、激しくうねる風のような音とともに室内の空気までが震え出しているようだ。

 コーヒーカップやタンス、食器棚などは倒れて割れ、巨木の切り株で作られたはずのテーブルやイス、そして木製の窓などは先ほどよりも大きくガタンガタン揺れ始め、壁や天井がついにはミシミシッと大きな音を立てて亀裂が入った――。


 まるで地震でも起きているようだが、オレ自身はなぜかフラつくことも無く、むしろ自分の力でこの状況を発生させていることを、素直に楽しんでいた……。

 例えるなら、ヘビメタバンドを大きなライブ会場で、数千人の大観客とともに首をタテノリさせながら、激しい曲を聞き入っているような感覚――。

 もう1つ例えるなら、レーサーレプリカのバイクやスーパーカーで、ガソリンが切れるまで時速300kmを出したまま走り続けるような感覚――。


「ふふふはははははは……」


 やがて、気分が最高潮へと高まりオレはいわゆるハイになると、肩甲骨や背中の辺りが急に張り裂けるようにズキズキと痛み出した……。


「ぐ……あああぁぁぁっ」


 突然、オレの肩が気持ちいいくらいにバキバキッと骨が折れたような大きな音を立てると、肩甲骨が背中の表皮やパジャマの上着を突き破り、身体の外側に向かって弾け出た――。

 上着の破片がヒラヒラと舞い、そして肩から鮮やかな大量の出血がブシュゥッと勢いよく噴き出る。


 ――バサァアッ!


 そして表皮の外側に弾け出た肩甲骨が、銀色に黒みがかったカラスのような翼へと変貌し、まるで蝶々が羽化するかのように光の飛沫しぶきを上げて開花した。


 その様子を、茫然ぼうぜんとした表情で見ていたシーラが、何やらつぶやいた……。


「魔族、第二覚醒……? そ、そんな……まさかこれ程の……い、いくら何でも早過ぎますっ」


 シーラの表情が少し薄暗くなり、その青く光り出した両手を大魔王オレに向けて、いきなり呪文を唱えてきた――。


「リストリクション!」


 シーラが叫ぶと、青色の呪文が刻まれた黒いベルトを締めたような2つの大きなリングが、彼女の両手から放たれる――。


「ぐうぅおおおぉぉぉ……」


 シーラから放たれた2つの大きなリングは、大魔王オレの身体を囲むように交差しながら回り出し、オレの魔力を抑えつけているようだった。

 それはまるで暴れる象を、調教師がロープで締め上げられるかの如く、大魔王オレの身体をじわじわと締めつけていく……。

 そうか……今度はこのままオレだけを、また別の場所に飛ばそうとでもいうところか?


「こ、ざかしいっ……このまま押し切ってやるわぁっ」


 大魔王オレはシーラの呪文をその身に受けながらも、力の限り強引に魔力を解き放った――。

 キツキツの服を着せられてしゃがみ込んだところから、急に立ち上がり両腕と両足を大きく広げるとどうなるか分かるだろう。

 まさにアレによく似た状態だが、その結果はかなり違っていた……。


 ――ギイィンッ!


 高い耳鳴り音とともに大魔王オレの瞳が不気味に光り、翼から銀色に光る魔力の波動がほとばしる――。


 すると、一層激しくうねる風で壁は朽ち始めて崩れ出し、天井は腐り出して抜け落ち。大魔王オレから発せられた銀色に光る魔力の波動が、喫茶店内のすべてを押し飛ばしていく――。

 地響きと空気の震えはさらに激しさを増し、辺りはまるで地震と台風が一度に襲ってきたような、そんな様相をていしていた。


「ふふふふふふ、はあぁっはははははは……魔力が高まるっ。あふれでるぞっ」


 その時オレには、もはや周りなどは見えていなかった。

 それは……与えられた新しいオモチャやゲームを、時間の限り遊び尽くす無邪気な少年のように。

 初めて泳ぎやバイクの乗り方を覚えたあの日……どこまで行けるか気が狂ったように、日が暮れるまで進んだあの頃を思い出すように。

 ただオレは、中二病極まった童心に帰り自分の身体にみなぎるその力を、一体どこまでいくのか試すように発散させていた……。


『大魔王様ぁっ……ルシフェル様あぁっ――』


 ん……?


『ンニャアアアァァァっ』

『もう……もぅ、この辺でおやめくださあぁぁぁいっ』


 下の方から聞こえてくる声にふと気づき、足元に目をやると……さっきまでいた喫茶店がオレを中心に、円形に広がる瓦礫がれきの山と化し、身体は地面から50mほど浮いていた……。

 そして飛ばされないようオレの足に、必死にしがみ付いたシーラとナナコが大声で悲鳴を上げ、到底現実とは思えない辺りの惨状にようやく気がついた――。


 ハッ……!?


 シーラが落ち着かせるような声で呼びかけた。


「大魔王様っ。息を吹きながら、ゆうっくりと肩の力を抜いてくださぁいっ」


 えぇっ……と、息を吹きながら肩を落とし、ゆっくりと肩の力を抜いていく……だな。

 フルスロットルに開け放ったアクセルを元に戻すように。散々と泳ぎ疲れた後にプカァッと水面に浮かんで水の上を静かにただようように、オレはゆっくりと脱力していった……。


 ふうううぅぅぅ……。

 すると、地響きや空気の震えが徐々に静まり返っていく……。

 それと同時に、オレの体がゆっくりと地面に近づいていき、改めて周囲の光景を見渡した。

 元いた喫茶店を中心に、半径50mほど森の樹木が軒並み薙ぎ倒され、喫茶店の残骸とともに円形に瓦礫がれきの山を成している。

 剥き出しで割れた地面はまるで氷山が決壊し、海に雪崩なだれ込んだかのように所々で地上に突き出ていた。


「そうですぅ。ゆっくり、ゆうっくり……」

「あぁ……ゆっくり、ゆうっくり……」


 割と安定していた地面にオレたちは着地すると、先ほどまで肩甲骨が変貌していたオレの翼は、自然に元の肩に納まっていた。

 服や毛並みもくたくたで、すっかり汚れてしまったシーラとナナコが、ため息とともにヘナヘナと地べたに座り込む……。


「「はあああぁぁぁっっっ……」」


 喫茶店のあった方を見ると、建物はわずかに大黒柱を残しているくらいで、もはや原形を留めていなかった。


「もぅ、少しやり過ぎですよ。大魔王様ぁ……」

「す、すまない。つい張り切ってしまった」


 改めてオレは、自分の両手を見つめる。

 凄まじい力だ。そしてこの迫力……これはドッキリなんかでは無く、紛れもない現実だ。

 ここは魔界で、これがオレの魔力……そしてオレは魔族の王、大魔王ルシフェルの生まれ変わり。

 オレは自分の両手をギュッと握り締めた――。

 残骸となり崩れた喫茶店や、物凄い力で薙ぎ倒された樹木たちを見つめ、シーラが語ったどの話も真実であったと思い知らされる。

 空を見上げると、排気ガスや光化学スモッグなどの大気のよどみは一切無く、透き通った夜の星空に一段と輝く満月。それは、横に膨らんだ楕円形の形を成して大空にキラキラと妖しく光り輝き、オレたちの頭上に天高く昇っていた……。


 そして、自らが置かれたこの現実こそが……オレが長年好きだったリアルなダークファンタジーであることを改めて実感すると、胸の奥で何かが静かに踊り出すのを感じた。

 着ていたパジャマの上着はすでに破け散り、上半身に当たる夜風が涼しくて心地いい……しかもなぜか、妙にこの魔界の空気が懐かしく感じる。


「シーラ……この魔界のこと、魔族のこと……聞きたいことがたくさんあるんだ。もっと教えてくれないか」


 瓦礫がれきだらけの地べたに座り込んだシーラに、オレはそっと片手を差し伸べ救い上げる。


「はいっ」


 すると、シーラはまた天使のような満面の笑顔で返事をしてくれた。


「ですが、とりあえず……お話の続きは、建物を直してからにしましょうねっ」

「そ、そうだなぁ……」


「「「わっははははははは」」」



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