第25話 鞍馬天狗
京都には天狗がいるらしい。
それも、背が高くてモデル体型で、とびっきり男前の天狗が。
「は、それホンマかいな」
マスターが本日二度目のアイスコーヒーを
対する小鳥は真剣である。
天然の彼女には、やはり天然の友達がいるのか、と妙に納得したマスターだ。
「本当ですって。友達が言ってたんです。この前鞍馬寺に参詣に行ったら、背の高い天狗がいたから、後をつけたら、すっごい男前だったって」
「ふうん?俺もこないだ鞍馬寺に行きたい言う友達を案内して行ったけど、天狗なんて一個もおらんかったで。って言うか、すっごい、なんて言う日本語、合ってんのかいな」
「すっごい、は標準語ですよ。それで、その友達が、もう一度天狗を探しに行くから一緒に行かないかって言うんで、明日は休んでもいいですか」
至極真面目に、重要な問題を相談するように彼女は言った。
マスターは点々点、と吹き出しが出てきそうなほど彼女を黙って見つめた。
対する彼女は、やはり真剣だ。
「急に探しに行ったって、天狗なんか見つからんて。ちゃんと調べてから行き。ってことで、休みは無し」
「えっ」
マスターはチラッと小鳥を見て、アイスコーヒーを流水で冷やす。
ここの水道は井戸水を使っているから、すぐに冷える。
「もう友達と約束しちゃったんです」
尚も言いつのる小鳥に、マスターは母親のように「いけません」と取り合わない。
「小学生か、君は」
マスターは小鳥にアイスティを作るように言って、奥の控室に行ってしまう。
がっくり肩を落として、小鳥は言われた通り、アイスティ作りに取り掛かる。
袋に入ったアイス専用の茶葉を、熱々の湯を注いだプラスティック製のポットに入れて時間を測り、そこに大量の氷を入れて冷やす。
かなり力技のアイスティの出来上がりである。
出来立てのアイスティのポットを冷蔵庫にしまい、小鳥は控室からマスターが出てくるのを見た。
「どうしたんですか」
難しい顔、と言ってもいつも怖い顔だが、そんな険しい表情の彼に尋ねて、小鳥は唯一得意なナプキン折りを始める。
「いや、それがな、鞍馬山の天狗の本を持っててんけど、どこ行ったかわからんねん。それで、君の助けになれば、と思って、友人でそういうのに詳しい奴に電話してみたら、あいつも、最近天狗を見た、言うねん。変な話やろ?」
納得いかない、と顔に書いて、マスターは腕組をしている。
「やっぱりいるだ!」
顔を輝かせて、小鳥はマスターの方に近寄る。
「それで、そのお友達はどこに行ったら会えるって言ってました?」
「京都駅」
「え?」
鞍馬寺でもなく、貴船神社でもなく、京都駅と聞いて、小鳥の頭の中で妄想が膨らんでいるようだ。彼女の目がだんだんワクワクしてきていることに不安を覚えて、マスターは「あかんで」と先制する。
「何がですか」
「今、探しに行ったろうって思ったやろ?でも、奴が言うには普通にしてても見えへんらしいで。人間の姿で紛れ込んでいるから、見つけるのは困難やて。それが怪しいやろ?あいつ嘘つく奴ちゃうけど、なんやろなあ」
信じがたい話には裏がある。
彼は何が隠されているのか思案しているのだ。
「マスターは何事も深刻に考えすぎなんですよ」
小鳥がポンポン、と自分よりも上にある彼の肩を叩いた。
「君なあ、そんな楽観的思考で今まで通り抜けできたやろうけど、どうにかならん場合もあるで」
急に保護者の顔になって、マスターは小鳥に説教を始めようとするが、彼女の危機回避能力の方が上だったらしく、一瞬早く「あ」と呟いて、表に出ると植木に水やりを始めたのだった。
説教爆弾が不発に終わり、仕方なく、マスターは小鳥のやりかけのナプキン折をせっせと終わらせる。
チリン。
風でドアが開き、鈴が鳴る。
小鳥が濡らした地面の湿った匂いがマスターの鼻に届く。
蒸し暑い京都の夏に、打ち水で涼を運ぶとは、なかなか風流やなあ、と彼は
そこには古風にバケツから
しかし。
小鳥が水を撒くと、だいたいの確率で雨を呼ぶ。
にわかに曇り空になって、どんよりした雲が太陽を阻む。
「ひゃー、雨降りそうですよ。せっかく風船カズラにお水をあげたのに、これじゃ余計なお世話になっちゃいます」
小鳥が店の中に入って来て、不服そうに唇を尖らせる。
「いいやん、涼しくなるし」
「甘いですね、マスター。余計蒸し暑くなるに決まってるじゃないですか」
言って、カウンターの中に入って来た小鳥は自分が折るはずだったナプキンが消えていることに気が付いて、マスターを見た。
「さて、雨ならお客さんは
マスターは控室に消えて行った。
ちょうど、彼のスマホのラインメッセージ受信音が鳴る。
「誰からですか」
何気なく聞いた小鳥に、返ってきた答えは意外なものだった。
「さっきの、天狗の話してた奴。ふざけたもん送ってきたわ」
マスターが苦笑しながら、スマホを小鳥に見せた。
そこには、彼が鞍馬寺に詣でた時の写真があった。
「これ、天狗だ」
小鳥が爆笑している。
彼の写真は、遠目で彼だとわかるくらいのものだが、草や木に遮られて、あたかも天狗がいる様に撮られている。
京都の天狗は、案外近くにいるものなのだと、小鳥は大笑いした。
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