第19話 天とつながる2

 特急はしだて3号は福知山で停まり、十分ほどの停車時間をおいて、また動き出す。

 あと三十分くらいで天橋立に到着だ。

 その前に、とマスターがカバンから白いバンダナに包まれた箱を取り出した。

「何ですか、それ」

 小鳥が見ていると、彼は彼女に紙おしぼりを渡し、包みを開いた。

「お弁当だ」

 小鳥が歓声をあげる。

 見事な色合いのおかずが並び、規則正しく並んだおにぎりはみんな同じ大きさで二種類が交互に入っている。

「着く前に食べてしまおう」

 マスターは割り箸を小鳥に渡して、弁当をずいっと差し出す。

 二人で手作り弁当をつつきながら、電車に揺られていると、なんだか昔に戻ったようだ。歳を取った気がしない。

「お兄ちゃん、昔からお料理得意やったもんね」

 小鳥が嬉しそうに唐揚げを「おいしい」と頬張りながら言うと、マスターは照れたように「そうか?」と呟いた。

「私がお嫁にいけない理由は、お兄ちゃんがお料理上手だからかもしれないよ」

「なんやねん、それ」

 マスターがぷっと吹き出すと、小鳥は幸せそうにおにぎりを手にして笑顔になる。もう店でいる時のような余所余所しい敬語は忘れてしまっている。それに気が付いて、彼は正直、ホッと安堵する。

「私、料理できないし、お兄ちゃんがお世話してくれるから生活困らないし。結婚するならお兄ちゃん以上の美味しいご飯作ってくれる人でないと」

 真剣に言う小鳥に、困ったようにマスターがペットボトルのお茶を差し出す。

 もう一緒には住んでいないが、喫茶店で働いている時間のまかないはほぼ三食で、全部マスターが作る上に、エプロンやシャツの洗濯、アイロンは彼が小鳥から回収してやっている。

「あのなあ、ええ年頃の娘が幼稚園の子のような言い訳せんとき。聞いてて恥ずかしいわ」

「えー」

 お茶を受け取って、小鳥は笑った。

「私は真剣に悩んでるの。アヤメさんていう恋人がお兄ちゃんにできてから、兄離れしなきゃと思って、結構がんばったんだけどなあ」

 彼女の言葉に、マスターが納得した。

 アヤメとは長い付き合いだが、小鳥が余所余所しくなったのはアヤメが家に遊びに来出してからだと、やっと気が付いた。

「君、そんな風に思ってたんかいな」

 彼は空になったお弁当箱を、また白いバンダナで包んでカバンにしまった。

 小鳥はそれを見ていて、ようやく思い出した。

「そのバンダナ。私があげたやつ」

「そうやで。忘れてたんか」

 マスターは苦笑して、自分の分のペットボトルのお茶を開けると、すぐに飲み干した。

「私が中学校の頃だよ?まだ持ってたなんて、驚き」

「俺は物持ちがええねん。それに、贈られたものは大事にする」

 彼は静かに言って、腕時計を見た。

「もうじき駅に到着や」

「うん」

 小鳥は窓から見える景色に目を移した。

 贈り物というのは、あげた方は忘れることもあるが、貰った方は割と覚えているものだ。そんな事を考えながら、彼女は隣の席の兄を盗み見た。

 あの頃は世話をしてもらっている恩返しがしたかったのだ。旅館業で忙しい両親に代わって、小鳥の弁当から制服のシャツのアイロンがけまで、この兄がしてくれていた。不器用な小鳥は料理も洗濯も、うまくできなかった。要領のいい恭一と違って、この兄は見た目とは裏腹に真面目にコツコツやるタイプで、小鳥の世話も文句も言わずに当然のこととしてやっていた。だから、素直に感謝していた。

 どこか小鳥の父親のような存在になってしまった兄だが、実は歳は近い。血が繋がっていないのが嘘のように、似ているところがある。家族は作っていくものなのだと実感したのも、この兄のお陰だ。

「あ、お土産忘れた」

 小鳥は言ってからマスターを見た。ちゃんと買って用意しておいたのに、出発する前に玄関に置き去りにしてきたのを思い出した。

「おいおい」

 そう言いつつも、マスターは荷物棚を指差した。

 見上げて、小鳥は発見する。買っておいた土産がそこにある。

「お母さんから電話があって、駅まで届けてくれたんや」

「うそ。気が付かなかった」

「ほんまに、君はうっかり屋さんやな。家が駅に近くて助かったな」

 父親の経営する旅館の裏に倉庫があり、そこを小鳥たちは自宅にしているのだが、便利な立地からは到底離れられない。ちなみに、恭一は別宅を持っていて、そこで妻子と一緒に住んでいる。

 そうこうするちに、電車は天橋立駅へ到着した。

 舟屋を模したという駅から出ると、和彦が迎えに来ていた。

「おう、よう来たな」

 和彦は、ほとんど見たままの人柄だった。大らかで、屈託がなく、笑顔の似合う温かな人だ。背は高く、色黒でハンサム。どこかで見たと思ったら、恭一によく似ている。

「初めまして、小鳥です」

 彼女がお辞儀して、いささか緊張気味に微笑む。

「こんな天使みたいに可愛いお嬢さんが妹とは、お前も隅におけないなあ」

 和彦はマスターに肘鉄して、小鳥から土産を受け取ると嬉しそうに微笑んで、彼の車に案内してくれた。四駆の黒い車体が光っている。

「それじゃ、天へ架かる橋を上から見に行こか」

 和彦の号令で、車は走り出した。







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