第11話 鴨川
温かくなってくると、鴨川沿いの散歩道に人が増える。
ここは京都駅から
鴨川は浅瀬で、北の方の河川敷では子供が水遊びをしている場所もあるくらいなのだが、雨の日などは増水して危険なので、たいがいの川がそうであるように、子供だけ遊ばせるのは止めておいた方がいい。
季節によっては小魚が数多く岸にいて、網ですくうと大漁じゃないかと思えるほど目に見えて泳いでいる。水鳥もいて、春は桜や黄緑の美しい柳が楽しめて、天気がいい日に行く所がなければ、焼き立てパンなど買って、鴨川沿いで座って食べるのもいいものだ。
そんな川沿いを散歩する人々に交じって、京都駅にほど近い場所で喫茶店を営む人相の悪い男と店のマスコット的存在の小鳥が横並びに座って、流れる水面をぼんやり見つめている。
「マスター、もう帰りませんか。日が暮れちゃいます」
小鳥が声をかけると、人相の悪い男は川面を見ながら、うん、と生返事を返す。
二人は自転車で東大谷墓地に参ってから、鴨川で休憩していたところである。
「君、京都に来て良かったか?」
唐突にマスターが質問する。
「ええ。良い所だし、馴染んだら人は親切だし。好きですよ、ここ」
小鳥はマスターの隣に腰を下ろして言った。
「そうか。なら良かったわ」
マスターは不器用な笑みを浮かべて小鳥を見た。
「で、なんか食べさせてくれるんですよね?ぼうっと川を見ている人を見ていた私に、美味しい物、奢ってくれるんですよね?」
「え?そうなん?そんな話になっとったん?」
マスターは驚いた顔で立ち上がる。
「えっと、じゃあ、そうやな…」
財布の中身を思い浮かべながら、マスターは小鳥の好きな食べ物を思い浮かべる。
「駅前のパンケーキ?ごっつ並んでるとこの」
「並ぶのは嫌です」
即却下である。
「ほな、お東さんの
「しんらん交流館ですか?他のとこがいいです」
「なんやったらええわけ?」
諦めてマスターが正解を求めて小鳥に尋ねる。
「へんこつ」
小鳥が店の名前を挙げる。
「え?ええの?」
へんこつは京都タワーの隣のビルにある知る人ぞ知るおでん屋である。女子が喜びそうなお店とは思えなかったが、この頃の女子は飲み屋や焼き肉屋もへっちゃらな子が多いと聞くから、納得な回答とも言える。小さな店内はすぐに満席になってしまう。
「ほな、行こか」
二人は自転車を喫茶店の裏に戻して、徒歩でへんこつに向かう。
既に店内は混みあっている。
ぎりぎりで席について、生ビールとおでんのセットとサルベージを注文する。
味噌味の濃い味付けには焼酎がいいかなあ、とマスターがぼんやり思っていると、小鳥が次から次にドリンクを注文しては飲み干しているのを目にして、彼はまだ残っている生ビールと小鳥の水割りを見比べた。
顔色一つ変えない彼女の姿に彼は苦笑するしかない。
「お母さんそっくりやなあ」
「はい?」
小鳥は水でも飲んでいるかのように、もう何杯目かの水割りを飲み干した。
「お母さんもザルみたいやったな。どんだけ飲んでも変わらへんし。親父なんて一口飲んだだけでも青い顔になんのに、世の中にこんな平気な顔してアルコール飲める人がおるんやなあって感動したで」
「のんべえの家系なんで。お陰で、アルコールが入って上機嫌ってことがないので、飲める事がいいのか悪いのかわかりません。あ、でも味はわかりますよ」
「そやろな。味分からんかったら、酒飲まんでも水でええし」
彼は最後の一口を飲み干して、おでんをつつく。
「水と言えば、さっきの鴨川の源流ってどこなんですか」
小鳥がサルベージをおいしそうに食べながら尋ねる。
「どこって、一回聞いたことあんねんけどな。確か…」
考え込んで、それから彼はポンと手を叩く。
「賀茂川と高野川と分かれるとこの、もっと上の方で、雲ケ畑ってとこの
「え、お父さんが?」
「うん。最初は七条から鴨川を上がって行って、川沿いをずっと歩いたらしいねんけど、地図やら何やら探して、聞き込みして、やっとたどり着いたらしいで」
「そんなアクティブな人だとは知りませんでした」
小鳥が意外そうに呟く。
「ま、旅館が暇になって、やることないし行っただけやと思うで。それに、源流なんて、あちこちにあるみたいやし。考えてみたら、そやんな?あちこちの小さい川の流れが一本に集まって、大きい川になっていくんやから」
「まるで私たちみたいですね」
小鳥の感想が、今いちよくわからないマスターだったが、そやな、と肯定だけしておくいい加減なマスターだった。
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