第3話 きんきんきらきら

 喧噪の中、小鳥と風間は人ごみを縫うようにして食堂じきどうと大日堂にお参りして、それから花屋や骨とう品のお店をのぞいたり、小鳥が目当てにしているちりめんじゃこの店とせんべい屋で買い物をして、駐車場口から外へ出る。

 すぐに来たバスに乗って京都駅八条口に戻ると、次は烏丸口の前に広がる市バスターミナル、Bの2乗り場で101番のバスに乗車する。他にも金閣寺行はあるのだが、すぐに停留所に来たのがいわゆる「洛バス」の101だったのだ。洛バスとは、京都の主要観光地を回るバスの愛称なのである。

 市バスの一日乗車券を持っている風間の観光への意気込みは充分なのだが、生来の方向音痴のお陰で空回りしているようである。

 イコカで支払いを済ませた小鳥は、久しぶりの金閣寺を前にして吐息をついた。

 ここ金閣寺は相国寺しょうこくじ派のお寺なのだが、正式名称を鹿苑寺ろくおんじと言う。

「やっぱりこうごうしいね」

「神々しい?」

「黄金しい」

「?」

「ピッカピカってことよ」

「そこまで嫌な感じしないけどなあ」

「嫌じゃないよ?むしろ好き。マスターに言わせると、ギラギラやなくて、きんきんきらきら加減がいいねん、っていうことらしいよ。私はいまいちその表現がわからないけど、雪の積もった写真とか見ると、いいなあって思うよね」

 小鳥はスマホで写真を撮って、マスターに送った。

「禅寺って感じはしないけどね」

 風間もスマホに金閣寺を収めて言い、思いついたように地図を引っ張り出した。

「銀閣寺も金閣寺と同じ相国寺派のお寺だよね。行ったことある?」

「ない」

 答えた小鳥は地図をさがしている風間に場所を指さしてやる。

「え、ないの?」

 驚いたように聞く風間に、小鳥の方が驚いた。

「行ってなかったら何かあるの?」

「いや、有名なお寺だし、京都の人は皆中身も知っているものだと思ってた」

「まさか。でも、行ってないっていうのは嘘。行ったことあるけど、随分昔の事だよ。哲学の道を歩いて、金閣寺より好きって思ったかな」

 小鳥は遠い昔を思い出すように目を空に向けて言った。

「じゃ、次は銀閣寺で」

「場所、見た?」

「反対側?」

「うん。この流れからすると、仁和寺、大覚寺、嵐山方面ならスムーズなんじゃないかな」

「なるほど」

 わかっている風には見えないが、風間は唸りながら頷いた。

「一度北大路のバスターミナルへ行って、そこで乗り換えたら行けるけど、どうする?」

 小鳥が提案すると、彼は思い悩んでいる。

「嵐山も捨てがたいな」

 風間は地図とにらめっこしながら、小鳥を盗み見た。助言が欲しい、と言外に言っている。

「南に下がっていきながら、お寺をいっぱい見るか、移動をがんばって銀閣寺を見るか、どっちかだね」

「よし、銀閣寺は諦めた」

「了解」

 小鳥は金閣寺を出て、バス乗り場ですぐに59番のバスを拾うと龍安寺に向かう。金閣寺の次と言ったらこれ、というくらい鉄板なコースである。予定では、龍安寺、仁和寺と行って、26番で妙心寺に向かい、嵐電に乗って嵐山天竜寺まで行く。それから、時間が許せば、市バス28番で大覚寺に行こうという寸法である。大概のお寺は夕方四時半受付終了である。ちなみに、小鳥は嵐山はあまり来たことがなく、路線図を思い浮かべながらの経路である。風間はじっくり拝観するタイプだから、最後まではたどり着けないかもしれないが、それもまた次へつながる楽しみになる。

 龍安寺に到着すると、有名な石庭せきていに風間がかじりついた。外国人観光客が小鳥にはわからない言語で何やら大声で石庭を指しながらしゃべっているが、褒めているのかけなしているのか、さっぱりわからないのが悔しい。この機会に七か国語くらいマスターしようかしら、と小鳥が真剣に考えていると、風間が感激したように口を開く。

「何かで読んだことあるんだけど、この庭の石って、十五個あるんだよね。でも、一度に見えるのは十四個何だって。どうやったら、そんな風に設計できちゃうんだろうねえ」

 小鳥は初耳の情報に石を数えてみる。

「ほえー」

 妙な感心の声を上げて、小鳥は位置を変えて何度も数えてみる。

「きんきんきらきらも良かったけど、これもいいねえ」

 小鳥の感想に風間も頷いた。

「つくばいもあるよね、ここには」

 風間が浮き浮きと言いながら移動を開始する。つくばいを見た後はグッズを買って、外へ出る。次は仁和寺である。バスを降りると、なにやらでっかい門がある。

「仁和寺は御室の桜が有名なんだけど、桜が咲くにはまだ早いね」

 小鳥が歩きながら言うと、風間が頷いた。

「そうだね。歌にも詠まれた桜、見たいなあ」

「じゃあ、桜が咲くころにまら来たらいいじゃない」

「休みがあえばね」

 風間は笑って答えた。

 二人は中門を通って、五重塔、金堂などを見て回り、仁和寺を出る。

「ねえ、嵐電に乗れるみたいだから、妙心寺はすっ飛ばして嵐山に行っちゃう?」

 小鳥が提案すると、風間は「任せるよ」とお手上げ状態で言った。何しろ方向音痴なのである。妙心寺がどっちにあるかもわからない。

「じゃ、そういうことで」

 小鳥はにっこり微笑んだ。

 



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