とある患者の独白②
白川さんの靴箱にゴミを入れて、それを片付ける姿を影から見ているのが日課になっていたんだ。ゴミはね、"汚れ"だよ。その"汚れ"の中に浮かぶ白川さんの手は綺麗だった。
最初は何かのパックとか洗剤の容器とか、そんなものを詰めていた。だけど段々それでは物足りなくなっていったんだ。
影が濃いほど光は明るく見えるだろう。だから、僕は、生ゴミや泥といったより汚い物を入れるようになった。その方が、白川さんの右手がより際立った。だけどね、それでも足りなかったんだ。僕は足りない物が何なのかずっと考えていた。
その時、ふと、足元の虫が目に入ったんだ。これだ、と思った。白川さんの手を無数の虫が這う様を想像して、僕は思わず震えた。
見たい。
ただそう思った。見たくてみたくて仕方なくなってしまったんだ。近くの自然公園には、百足やらコオロギやらがたくさんいる。
その翌日、僕は何時もよりも早く、いつも早いのだけど、それよりもっと早く家を出て自然公園に立ち寄り虫たちを集めた。思ったより集めることができなかったけど、とにかく頭に浮かんだあの光景を見たくて、白川さんの靴箱にゴミと一緒に入れたあと、何時もの通り影に隠れて彼女が来るのを待っていたんだ。
だけど、その日の白川さんの反応は何時もと違っていた。何時もなら、靴箱のゴミを淡々と片付けている。でも、その日は扉の閉まった靴箱を見つめたままだった。僕は息を飲んだ。ほんの一、二分だったのだろう。とても長い時間に感じた。
しばらく靴箱に見つめていた白川さんの視線が、こちらにゆっくりと向けられた。その瞬間、白川さんは全部知っていたと気付いた。僕が毎日ゴミを詰めていたことも、こうやって影から見ていたことも。知っていて、何も言わなかったんだ。
全く、酷いよね。
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