とある患者の独白①
T県
某総合病院精神科病棟にて
あれは何時だったか…確か高校に入学して間もない頃だったと思う。
その日は、朝から気分が悪かった。どうしてかは忘れてしまったが、母と喧嘩をした。喧嘩の原因などはもう覚えていない。ただ、母と激しく言い合い、まだ登校にはずいぶん早い時間に家を飛び出した。
入学した学校は、部活動は盛んではなくて、生徒は八時をすぎる頃に登校する人が多い。だから、僕が学校についた時は、とても静かだった。確か、朝の七時を過ぎた頃だった。
部活動が盛んではない代わりに、勉強には力を入れていて、図書室は朝早くからあいていて、熱心な生徒はそこで朝早くから自習している。教室行っても誰もいないだろうし、仕様が無いから、図書室で勉強しようと思ったんだ。
…いや、本を読んで時間を潰そうとしていたんだっけ。
とにかく、図書室で過ごそうと思ったんだ。
昇降口が見えてきて、そこに人がいる事に気がついた。そう、それが彼女…白川さんだ。
白川さんは入学してから一ヶ月経っても、何処かクラスで浮いていて、ああ、でも虐めとかはなかった。ただ、余り誰かと話すという事が極端に少なかったんだ。
後、とても綺麗だった。顔の造りは普通だったのだけど、化粧したり髪を染めたりという事をしてないせいか他の女子より清潔感があった。化粧していないというだけで、手入れはされていたし、とにかく、綺麗だった。そう、少しばかり好きだったかもしれない。
その白川さんが靴箱の前にいて、僕は足をとめた。話しかけようとしたのかも知れないけど、どうしてか話しかけなかった。いや、話しかけようとしたけど、丁度白川さんが靴箱を開けたんだ。そうしたら、白川さんの靴箱からゴミが溢れた。
先程も言った通り、白川さんは虐められていたわけではない。おそらく、放課後に教室で飲食していた生徒が手近な所にゴミを入れただけの、そんなような事だろう。
そのゴミを白川さんは困ったように見つめたあと、右手の袖を軽く捲り拾い始めた。
その瞬間、その手が、たまらなく欲しいと思った。白くて、自分の手とは違う、柔らかそうなその手がどうしても欲しくなったんだ。
白川さんの右手が、ゴミに触れた瞬間ゾクリとした感覚が体中を駆け巡った。僕は特殊な性癖を持っていたわけではないけれど、何故だがゴミの中の白川さんの右手がとても美しいと思った。
誰かが放り入れたゴミは、あっという間に白川さんの右手によって片付けられてしまった。
だから、もう一度、
もう一度、ゴミの中にある白川さんの右手を見たい、と思った。
その日から僕は毎朝欠かさず、白川さんの靴箱にゴミを入れるようになった。
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