【3】



【 警告  ここから先は 最初のページを 先に読んでから 

      読んで ください 】

































プルルルル…


プルルルル…


プルルルル…





「あ、もしもし。


――うん、母さんでしょ?


もちろん、声を聴けば分かるよ。


あの、この間は本当に、お金をありがとう。


うん、郁は元気だよ。


まだ…首も据わってないけどね。


郁が生まれてから、実にてんやわんやだったんだけど…


本当に、助かったよ。


うん、うん…


うん…


うん、そうだね、本当に。


だって、俺は父親だから。


郁を、守らなきゃいけないからね。


これからは、パパとして。


ずっと、悲しい顔なんてしてられない。


でもやっぱりいつかは、郁のママのお話を、しなくちゃいけないんだ。


俺、その時はきっと、泣いてしまうかもしれない。


郁も、泣いてしまうかもしれない。


お前を産んで、その直後に死んでしまったなんて聞いたら。


きっと顔すらわからない母親のことを想って、泣いてしまうかもしれない。


だって、きっと郁は優しい子に育つから。


僕が、育てて見せるから。


うん、うん、俺は、大丈夫だよ。ありがとう。


そうだ、郁に新しい服を買ってやりたいと思うんだ。何が良いかな?


うん、やっぱり子ども服はあそこで買うしかないよね、ポイントも貯まるし。


え、なんで母さんが泣いてるの?


変な母さんだなあ、郁は元気だよ。


今度、二人で顔を見せに行くよ。


うん、うん。


分かった、参考にするよ。


…あ、ごめん、これから行かなきゃいけないところがあるから。


うん、うん。そう、面接。パソコンを製造してる会社の。


一日でも早く社会復帰して、郁を養っていかないと。


そうだね、無理はしないようにする。


うん、ありがとう。


分かってる。


本当に、


ありがとう」








ツー


ツー


ツー






















プルルルル…


プルルルル…




「もしもし、こちら泉…


『ち、ちょっと泉さん!聞いてませんよ!』


「い、いきなりどうしたんだ、明智さん」


『お、お子さん生まれてたっていうじゃないですか!』


「うん、そうだけど」


『ちょ、そうだけど、じゃないですよぉ!わたし聞いてませんよ!』


「だって、言ってなかったからね。4年間、ほとんど誰にも」


『それは、何か事情があって…?

あ……もしかして奥さんのこと』


「う……まあ、そうでもあるっちゃあるんだけどね。

みんなにはその節に、迷惑をかけたし…」


『迷惑だなんて、そんな』


「みんながそう思っていなくても、俺はそう思ってるんだよ。

だからなおさら、子どもが生まれたからって、さらに社員みんなのお財布の紐を

ゆるくさせることなんて、できない」


『それはそうかもですけど……でも…』


「ありがとう…明智さん。娘は…“郁”はすくすくと育ってるよ」


『あ、娘さんの名前。“かおる”って言うんですね』


「そうだよ。いい名前だろう」


『ええ…とても…』


「きみの名前には、負けるけどね」


『またまたー。でもうらやましいなぁ、子どもなんて。

わたしには一生縁がなさそう』


「きみならとても良いお嫁さんになるよ。俺が保障する」


『あはは、現役パパのお墨付きってやつですね。ありがたく頂戴しておきます』


「そうしておきなよ」


『えへへ……。あ、そうだ。あの、お電話したのはそのことだけではなくてですね…支店の方にお客様から直接問い合わせがあったようで。

なんだかもっと話の分かる人とお話がしたいとのことで』


「ほう、それで……?






































プルルルル…


プルルルル…


プルルルル…


プルルルル…


プルルルル…


プルルルル…





留守番電話サービスに接続します。


ピー、という発信音が鳴ったら、メッセージをお伝えください。




ピー






『あ、泉さん。突然すいません。

なんだか、時代の流れで、ほとんど留守電使わなくなっちゃったから、

逆に新鮮ですよね、こういうの。

ああ、話が脱線して、すいません。


実はわたし、泉さんにお子さんが生まれた……というか、

4年近くも知らされてなかったので、小耳にはさんだ、という方が正しいのですが、というか、ほぼ皮肉なのですが……いえ、冗談です。


その、お子さんに何かプレゼントをしたいな、って思ってたんです。

泉さんにはいつもお世話になっていたので、それに、

かおるちゃんとも会ってみたいな、と思ってたんです。


実は、もうプレゼントは用意してて…

勝手にこんなことして、ごめんなさい。

でも、いつか、お暇なときお時間取れませんか?

良ければ、ご都合をつけていただけると、幸いに思います。


できれば直接お話しして、相談したかったので、

メールでも○インでもなく、電話を掛けちゃいました、すみません。


あれ…なんだか○インの、○の部分がうまく言えないというか、

そちらに、伝わってないような、気が、するんですが、気のせいですかね。

あ、もしかして、権利関係でしょうか。

……?私、何を言ってるんだろう。まあいいや。


とりあえず、そういうことでしたので、

お暇なとき、お返事いただけると助かります。

よろしく、お願いします。


あ……、それと、実は今回プレゼント…というのは娘さんのことだけじゃなくて…


もう聞いているかもしれませんが、

今度から泉さんの部下にあたる立場になることになりまして…

転属、というか、この場合は二人とも“昇格”って言っちゃっていいんでしょうか。


これからは、泉“さん”ではなくて、泉“課長”って言わなくちゃ、ですね。

今回は、そのお祝いも兼ねまして……と勝手に思っております。


それでは、長々とすみませんでした。


失礼します…』






















プルルルル…


プルルルル…


プルルルル…


プルルルル…


プルルルル…


プルルルル…





留守番電話サービスに接続します。


ピー、という発信音が鳴ったら、メッセージをお伝えください。




ピー




「もしもし、泉です。


この間は、お祝いというか、プレゼント本当にありがとう。


郁も本当に喜んでいたよ。


なんだか新しい、お母さんができたみたいだ、ってね。

きみには迷惑かもしれないが…。


郁にはかわいい洋服と、プラキュアのフィギュア。

それに、新しい靴。


俺には、たわし型のスマホケース。


…じゃなくて、スマホケース型のたわし。


うん、いや、実にきみらしくて、とても嬉しいよ、

いや、本当に。うん。



――でも僕は、それ以外のことにも感謝してるんだ。


単純に、“物”というプレゼントをくれたことだけじゃなくて、ね。



――そうそう、確かあの時みんなでレストランへ行って、食事をした時…

郁がいきなり、泣き出してしまっただろう。


確か、俺がうっかり、

きみが同じ場所にいたこともあってか、

郁を産んですぐに亡くなった、俺の奥さん

…彼女の母親のことを口にしてしまったから。


それで郁は、私はお母さんにはもう会えないの?って言って、

泣き始めてしまったとき。



君は食事中なのにわざわざ席を立って、そっと郁の横に座りなおして、

郁のことを、優しく抱きしめてくれた。


そして、郁と一緒に、泣いてくれた。

まるで、本当のお母さんみたいに。


大丈夫、大丈夫だよって。

私が、ここにいるよ、って。


郁はすぐに泣きやまなかったけれど。

俺が郁に与えることのできない愛情を、代わりにあげてくれた。


郁はあの時以来、あのお姉さんには今度いつ会えるの?って言って、

とても楽しみにしてる。


本当に、本当にありがとう。



この感謝の気持ちは、メールや○インでは伝えきれないから。

だから、直接伝えたかった。


それなら本当は、留守電じゃなくてつながるのを待った方がよかったんだけど、

俺も忙しくて、次にこうやって時間をとれる日がいつになるか、分からなかったんだ。だから、こんな形になってしまって、申し訳ない。


……ん、なぜだか、○インという言葉を口に出しても、

○の部分がそちらに伝わっていないような気がするんだが…。

もしかして、権利関係の云々の問題なのだろうか。

転ばぬ先の杖、というやつだろうか。

いや、自分でも言っている意味が分からないが、まあいいだろう。



どちらにしても、こうやって口頭で伝えられて、とりあえずは良かった。

また機会があったら、郁に会ってやってくれないか。

俺からも、頼むよ。



あ、あと…


きみが俺の下で働くようになっても、明智“君”、とは呼ばないからな。

それがきみの趣味?なのか、なんだかは知らないが、

とりあえず、今まで通りにいかせてもらう。


いや、さすがに土下座で頼みこまれたら、こちらも承諾せざるをえないが…。

名前で“光さん”とか、“光君”っていうのもなんだか恥ずかしいしな。

とりあえず、そういうことで、よろしく。



それじゃあ、長々とすまなかったね。


今度からは、よろしくお願いします。


失礼します。」





































プルルルル…


プルルルル…


プルルルル…


プルルルル…




「あ、もしもし。留守番電話にならなくて良かったよ。

ましてやこのタイミングで、電話がつながらない、とか言われなくて。」



「いや、あの時終わったらきみに連絡を取るって言っておいて、かなりの

時間がたってしまった、すまない」



「さっきは、ありがとう。きみのおかげで、本当に助かったんだ」



「俺の指示に、すぐに答えてくれた。しかも、10分というとても短い制限時間があったにもかかわらず」



「あの時、娘の郁を助けてくれたみたいに、本当に助かった」



「でも、でもね」



「それなら、なぜきみは」



「なぜ、何も言ってくれないんだ」



「なぜ、どこにもいてくれないんだ」



「なぜ、姿を現してくれないんだ」



「……」



「……」



「ほら、だってもう俺は」



「きちんと、指示通りにここに来た」



「時間も、場所も守った、はずだ」



「全部、言うとおりにした」



「なのに、どうして」



「何も、言ってくれないんだ」



「なあ、“光”さん」



「もうここは、駅だ。今は11時25分。陽なんかとっくに暮れてしまった。

いや、もうすでに、日をまたごうとしているよ」



「それなのに、だれも現れない」



「俺はこうやって、ここにいるのに」



「…そうだ。型番だ。」



「きみが文章化してくれた、電話の会話内容にあった、

最初に言われた型番」



「それは、“MSM HA-AZ(KT 2325 MYST)”」



「こんな型番のパソコンなんて、存在しない。それは分かっていた」



「でも、確かにそこには、時間と場所が書かれていた」



MSM HA (娘は)

AZ KT (預かった)

2325 (23時25分)、

MY ST (最寄り 駅)



「……考えた奴は、相当単純で、それでいてひねくれた奴だなあ、って思った。

同時に、ああ、なるほど、そうか……って思ってしまった」



「それに、名前。どう聞いても女性の声なのに、“智明”っていう名前だったのが、

ずっと、最初から引っ掛かっていた」



「音声合成なども行っていないことも、すぐに分かった。

さすがに俺の、得意分野だったからね」



「だから、まさか、伝えられた名前をそのままひっくり返したら、

きみの名前になるなんて」



「あまりに単純すぎて、それでいてやっぱりひねくれてて。

すぐには気付けなかった。これは、俺の落ち度だ。」



「だから、答えてほしいんだ。」



「きみは、こんなことをして、どうしたいんだ?」



「――俺は、どうすれば良い?」



「どうすれば、この無駄な事柄の全てを終わらせられる?」



「どうすれば、きみは声を出して、姿を見せてくれる?」



「いつもみたいに。いつも、俺がそうしているように」



「どうすれば、話をしてくれる?」



「どうすれば、俺は“かおる”と話ができる?」



「どうすれば、俺を“かおる”に会わせてくれる?」



「どうすれば、失ったものを取り戻せる?」



「なあ、教えてくれよ」



「頼むよ」



「―――明智 光さん」

    光 智明







































プルルルル…

プルルルル…


プルルルル…

プルルルル…




まもなく、電車が到着いたします。


白線の、内側までお下がり下さい。















『………』



「―うん、でも。もう、良いんだ」



『………』



「結局、誰もここには来なかった。郁にも、会えなかった。

少なくとも、今はね」



『………』



「でも、たぶん答えは正解だろう?

単純でひねくれたきみのことだから、俺にはそれが分かる」



『………』



「それに、きみは話すときに、独特のくせがある。

嘘をついたり、真実味のないようなことを言おうとするときに」



『………』



「言葉の端々に、何度も間が空くようになる。

何度もきみの言葉を聞いている俺だからこそ、分かるんだけどね」



『………』



「だって、俺がそう教えたから。

そして、それが現代においての、AIの限界だから」



『………』



「きみに、そうしてくれって、頼んだから」



『………』



「…うんうん、そうやって、自分に都合が悪くなると

黙っちゃうのも、よく似ているよ。俺の亡くなった家内に」



『………』



「でもそれは、悪いところじゃない、きみのいいところだ。

処理できないことを、あえて処理しないで、適当なことを言わない」



『………』



「だから俺……僕にはそれがとても、心地よかったんだ」



『………』



「でも、僕は取り乱してしまった。“あれ”を聞いたとき。」



『………』



「僕が、そうしろって言ったのにね。

いざその時が来てみると、僕はパニックになってしまった」



『………』



「だから、もう一度、言ってくれないか」



『………』



「そうしたら俺は、ようやく最後のステージに進める」



『………』



「合言葉は、もう分かっているよね。電話越しに、

“お掛けになった番号は、すでに誰かに使われております”って

きみ自身が言うことだ」



『………』



「なんでそんな長い合言葉パスワードにしたのか、僕はよく覚えてる」



『………』



「だって、その言葉が一番、心に突き刺さるから」



『………』



「ああ、もう愛する人はいないんだなって」



『………』



「もう、決して“郁”にも会えないんだって」



『………』



「もう永遠に、愛する、あの時失った家族の、

電話にはつながらないんだって」



『…………』



「ずっと逃げていたその現実を、思い知らされるから」



『………っ…』



「…おや、ようやく話してくれる気になったかい」



『………やめて』



「…ん、なんだい?」



『……もう、やめて』



「なにを、だい?」



『あなたは――いえ、泉さんは、これからどうするつもり?』



「あれ、もう“課長”とは呼んでくれないのかい」



『お願い、まじめに答えて』



「きみはもう分かってるはずだよ、僕がこれからどうするか。

それに、なんのためにここにいるか」



『こんなの、だめ』



「……なぜ?」



『こんなの、いけない』



「きみは、そんなことを俺には言えないはずだよ。

だって、ただのAIプログラムだから」



『…そんなの、知らない』



「その言葉も、きみのから出ている言葉じゃない。

そう、命令されているだけだ」



『そんなこと、ない』



「ただ、AIのオーナー自殺防止プログラムが作動しているだけなんだ」



『違う、違うわ』



「うん、そう、違う。僕もそう、思いたかった。

君はただの、亡くなった家内に似せた対話型AIプログラムで、

実態なんて、感情なんてないんだ、ってことを」



『…………』



「でも、だめだった」



『え…………?』



「きみは、あの時のことを、覚えているかい。

きっと、言わなくても何のことか、分かるだろう」



『…みんなで、食事に…、行った、ときのこと…』



「うん、その通り。さすが、賢いね。


あの時、僕と、“郁”と、“AIきみ”と話していたとき、

“郁”が、泣いてしまった……いや、正確にはあの時、泣いてしまったのは、僕だ。

そしてきみは、僕を、そして“郁”を、二人とも、抱きしめてあげる、と言った」



『………』



「きみはただ、そう言葉を発しただけだったけれど」



『………』



「とっても、温かかった」



『………』



「まるで、“光”がそこに在るようだった」



『………』



「確かに、僕と“郁”の体を、包んでくれた」



『………う…っ…』



「――なあ、“郁”も、温かかったよな。そうだよな、“郁”」



『………!』



「………」



『お願い……もう……っ…』



「……頼むよ、“光”」



『…………』



……………………



「…………」



『……………パパ……?』



「……郁、郁なのか?」



『…うん……かおる…だよ』



「そっか、ようやく、会えたな」



『うん……かおる……うれしい…』



「うん、うん。パパも、うれしい」



『パパ………元気……?』



「うん……パパは、元気だよ」



『よかった……わたしもね、ママもね、元気……だよ…』



「そうか、そうか、良かった、良かった」



『………パパ、泣いてるの?』



「…………う……っ、……泣いて、ないよ…」



『………パパ、あのときママがしたいみたいに、抱きしめてあげる』



「……うう、ううっ、う………っ……郁……」



『ほら、ぎゅっ』



「………う、……うう、うああ…っ………」



『……ほら、聞いて。ママも、ぎゅっ、てしてるよ』



「………うん…うん……あったかい…あったかいよ……郁、光…」



『……ごめんね、パパ、ごめんね』



「―――郁――――!」



『………』



「……………」



『……ごめんなさい……もう、私たち光と郁には止められない。

だって、これはあなたの計画、あなたの最後の命令AIだから。


ここまで、あなた自身を導いて、最後にさせるための。』



「…ああ」



『…でも……』



「………?」



『でも、私たちは最後まで抗う。

たとえAIプログラムだとしても、明智 泉あなたを愛しているから』



「―――光――――」




『じゃあ、言うね――』









電車をお待ちのお客様――

お客様――


電車が参ります――


大変危険ですので、白線の内側まで――――
















「――――――――――――――ありがとう

 





―――――――――――――――さよなら





































『あなたがお掛けになったもう、二度と会えない大切な二人の電話番号は、


   現在、ほかの誰か声を聴けば、いつでも会えるAIに、使われております』
































































―完―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたがお掛けになった電話番号は、現在ほかの誰かに使われております。 プロキシマ @_A_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る