桜雪

第1夜 赤い美術館

 駅を探していた。

 見知らぬ街、駅名は覚えていない。

 皆と逸れた、いや意図的に輪から外れたような気もする。

 皆が誰かは解らないけど…とにかく皆という集団であったことは解っている。

 その集団に戻りたくて、駅に行かなければならないと駅を探している。

 夜の街、コンビニを通り過ぎ、まばらに歩く人を避ける様に走り回った。

 驚くほどに早く走れるし疲れも無い。

 ただ、やみくもに走り回った。

 古い木の壁にポスターが貼ってある。

 誰だか解らないが有名な女優が創作した美術品が展示してある美術館のポスター。

 気付けば、アチラコチラに貼ってある。

 そう言えば、地下道にもズラッと貼ってあったように思う。


 気の塀を右に曲がり、再び走りだす。

 置いて行かれないように…不安感で押しつぶされそうになる。

 商店街のアーケードを走る抜けると、くすんだ赤い扉が2つ並んでいる建物の前に立っていた。

 ココがさっきの美術館だと知る。

 閉館しているのは解っているのだが、左の扉から中へ進む。

 立方体の部屋、赤い部屋。

 全ての壁に扉があり、どこをどう進んだのか解らないが、いくつもの赤い部屋の扉を開けて奥へと入って行く。

 そのうち、ガラス張りの広い部屋へ辿り着く、夜のはずなのに窓の向こうは青空で広い庭に手入れされた芝生の中庭が見える。

 閉館しているので誰も居ない庭を見て、少し安心している。

(ここで待っていれば、朝になれば、誰かに道を尋ねられる)

 広い部屋のアチコチで、赤い服の少女が走り回っている。

 色んな場所へ現れては消え…現れては消える。

 2階へ続く長いエスカレーターがあり、少女は2階にも現れては消える。

(あぁ…コレがあの女優の作品なのか…)

 少女は立体映像で艦内の至る所に現れそして消える。

 触ろうと近づくとスカッと宙を切る私の手、それが触れられない少女だと知ると、ひどく空しく、悲しい気持ちになった。

 広い部屋の向こう側に赤い扉があるが、あそこを開ければ、また彷徨うだけだと知っている。

 でも、ココにいても皆と会うことは出来ないことも知っている。

 電車が来てしまうからだ。


 僕は、ふたたび、赤い部屋をいくつも進んで外に出る。

 深夜の暗い街。

 また駅を探して走り回る。

 そして美術館へ戻る。

 美術館へ入り、先ほどの部屋に辿りつく。

 中庭では3人、芝生の手入れをしている。

(閉館している美術館に勝手に入ってしまって怒られる)

 そう思うと、館長らしき初老の男性と目が合った。

 男性はガラスのドアの向こうから部屋へ入ってきて、私の方へ歩いてくる。

 私が駅の場所を聞くと、それならばそこの扉から左へ進んで2個目の部屋から外へでなさい、ソコが駅の前に繋がっていると教えてもらう。

「ほら、この庭から線路が見えるじゃないか」

 と笑われる。

 確かに自分の目の前、庭の向こう側に線路はあった。

 お礼を言って、その通りに進むが、外は暗い街のまま。

 駅は見当たらない。

 再びコンビニを通り抜け、街を走り回る。

 鉄くず屋を横目に見て、路地を曲がって…とにかく走る。

 夜が明け始めて…私は知る。


 もう間に合わないのだ。

 気の塀にもたれ掛って、朝日を浴びる。

 剥がれかけた古いポスターが風に揺れる。

 名前は知らないが、有名女優の美術展開催のポスター。


 ここから出られないのだと諦めると目が覚めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る